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第46話


「セリシアお姉ちゃんとアルテミアお姉ちゃんも早く早く!」


「ええ」


 振り返ったチナに手招かれて、セリシアとアルテミアもいそいそと後に続く。


「急に四人で押しかけてしまってすまんが、世話になる」


「いえいえ。アルバーニ様も申しておりました通り、セイ様のご活躍は風の噂でこの地にも届いておりました。セイ様が旅の途中で仲間を持たれたことも同様です。複数名の滞在を想定し、準備を整えてございます。ゆっくり寛いでいかれてください」


 玄関にひとり残った俺が脇に控えていた顔見知りの家令に告げたら、丁寧な答えが返された。


「さすがに抜かりないな。……これならば、アルバーニ様は俺が旅の子細を伝えるまでもなく『風の噂』とやらで全て把握しているのではないか」


「ははは、ご冗談を。アルバーニ様とて、千里眼はお持ちではない。それに、たしかにこの一年、アルバーニ様は教会の暗部に切り込むべく持ち得る人脈を駆使し、慎重に情報を集めてきました。しかし、次元獣に関する詳細は、セイ様が一年をかけて集積してくださった情報頼りでございます。セイ様がお越しになるのを、アルバーニ様も、そして私も、首を長くして待っておりました」


 ここで家令は一度言葉を区切り、少しの間を置いて再び口を開いた。


「セイ様、ついに時は満ちた。これからヴィルファイド王国は……いえ、エトワールは大きく変わる。そして、この変革をなすのはセイ様、あなただと確信しておりました」


「俺ひとりではなせん。さすがに過大評価だ」


 ピンと背筋が伸びた初老の家令・ベルゼルン。俺は彼の燕尾服の下に、無駄なく鍛え上げられた筋肉が隠れていることを知っている。


 屋敷を切り盛りする家令の姿は、表の顔。彼には、別の顔がある。


 この国には、"紅炎の鬼"の異名で呼ばれた伝説の勇者がいる。火属性のその男は、卓越した攻撃力と果敢な戦略で、数多の次元獣を倒してきた歴戦の勇者。――その"紅炎の鬼"とは、目の前にいるアルバーニ様の右腕・ベルゼルンだ。


「……だがベルゼルン、俺ひとりでは叶わなくとも、一丸となって挑めばなせる。変革は皆で成し遂げる」


「真の勇者は私ではない。真の勇者の名は、やはりあなたにこそ相応しい。……おっと、あちらはすっかり盛り上がっているようですな。玄関先で長々と足止めしてしまい、失礼しました。どうぞセイ様も、応接間の方で喉を潤してください」


 ずいぶんと盛り上がっているようで、楽しげな話し声や笑い声が応接間からここまで漏れてきていた。その声にベルゼルンは皺が刻まれた頬を緩め、俺を奥へと促した。


 応接間で夕刻から始まった茶会は大盛り上がりを見せ、そのまま夕食に縺れ込んだ。夕食を終えても、話は一向に尽きる様子がなかった。


 言葉達者なチナはもちろん、セリシアとアルテミアも自身の身の上から新魔創生で目覚めた能力のことなど、アルバーニ様相手にまるで女友達を相手にしているように打ち解けて饒舌だった。アルバーニ様自身も、彼女たちとの会話を心から楽しんでいるようだった。


 ただし、その内容はただ楽しいだけのものもあれば、教会の核心に切り込むようなものもあった。


 特に、チナが孤児院で聞いた『闇の器が見つかってひと安心だ。これで無事に器が全て揃った』という魔導士の言葉を伝えた時と、セリシアがグルンガ地方教会の聖女イライザがデラから祝福を受け、治癒の能力を開花させたという話をした時に、アルバーニ様の目が鋭くなったのを俺は見逃さなかった。


 彼女たちがひと通り話し終えると、今度は俺が旅の中で知り得た次元獣の出現傾向から、その個体の特徴と弱点、さらには聖魔法教会の『加護』についても知り得る情報を伝えた。アルバーニ様は興味深そうに、俺の一言一句を聞いていた。


 ただし俺がネズミから得たマリウス大魔導士と教祖の関係について話しても、アルバーニ様に驚いた様子はなかった。要は、デラ信仰の権力構図については、俺よりも教会周辺を重点的にあたっていたアルバーニ様の方が詳しいということだろう。


 やがて、幼いチナがこっくりこっくりと舟を漕ぎだし、後を追うように初めての乗馬で疲れたのだろうアルテミアと、こちらも慣れないチナとの相乗りで疲労が出たのだろうセリシアが、ふんわりと沈み込む極上の応接ソファに身を預け、寝息を立て始めた。


 それを横目に見て、アルバーニ様が俺に水を向ける。


「セイ、先ほど玄関先でベルゼルンとなにを話していた?」


「具体的なことはなにも。ただ、彼は『時は満ちた』とそう言っていました。……アルバーニ様、ここまであなた自身は多くを語っていない。だが、チナとセリシアが、デラによる単一属性の覚醒を示唆する話題に触れた時、あなたの目の色が変わった」


 アルバーニ様は真っ直ぐに俺を見つめていた。


「聞かせてください。この一年、あなたが知り得た教会の……いえ、デラのことを。そもそもデラというのは何者なのですか?」


 アルバーニ様はひと呼吸置いて、重く口を開いた。


「デラとは――」


 アルバーニ様の言葉は、まるで知らない異国の言語でも聞いているかのようだった。それくらい彼女から聞かされたのは、想像を遥かに超えるスケールの内容だった――。


 全てを聞き終えた時、俺の全身は小刻みに震えていた。その振動が俺の膝に凭れかかって眠っていたチナに伝わってしまったようで、小さく身じろぐ。


「……ん?」


 幾度か瞬き、チナがゆっくりと瞼を開く。


 水色の長い睫毛を割ってサファイアみたいな瞳が現れて、俺の姿を映す。すると、チナは安心しきったようにふにゃりと笑んだ。


「あれ? わたし、寝ちゃってた?」


 不思議なことに、チナの存在が俺の中で荒らぶる熱を静める。全身の震えも、目が合った瞬間に止まっていた。


 まるで透き通るサファイアの瞳が、悪感情を全て吸い込んでしまうかのようだった。


「ああ、連日の移動で疲れも出たんだろう。今日はもう客間で休もう。セリシアとアルテミアも起こしてやってくれるか」


「あ、うん!」


 平静を取り戻した俺が、起き抜けのチナの頭をサラリと撫でて伝えれば、彼女は俺の膝からピョンと下り、セリシアとアルテミアの肩をゆさゆさとゆすりだす。


「セイ。今伝えたのは、あくまで教会側の言い分だ。どんな思惑があってデラが教会に加担するのか、そこはデラ本人にしか知り得ない。しかし、どうあってもデラを担ぎ上げ、己の私利私欲に走る教祖を筆頭にした聖魔法教会上部との決戦は不可避だ。私たちは、前に進むしかない」


「もちろんです。聞かせていただいたように六つの器が揃った今、俺たちには一刻の猶予もありません」


 チナたちを横目に声を低くするアルバーニ様に、重く頷いて答える。


「戦略などの詳しい話は明日に」


「はい」


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