第44話
俺の背中に向かってアレックが雄叫びをあげ、奴の下品な声がギルド中に木霊した。思わず、踏み出しかけていた足が止まった。
……どうやら無事、意識を取り戻したらしいな。それにしても、他人の迷惑を考えぬ、なりふり構わぬ振る舞いは、初めて出会った三年前から微塵も成長がない。
……ふむ。ここまで清々しいほどの唯我独尊っぷりを見せられると、いっそ頭が下がる。もちろん、俺が裸の王様に付き合ってやる義理などないが。
「オイ!? 無視してんじゃねえぞ!!」
俺は構わずにスタスタと外に出ると、そのままパタンと扉を閉めた。
「あ、お兄ちゃん遅いよ! もう査定、出ちゃったわよ」
なんと、俺がほんの一瞬奴に気を取られていたうちに、査定は終了したらしい。
「すまんすまん。背後から漂う邪気に一瞬足を止められてしまってな。……それにしても、ずいぶんと早かったな」
ぷうっと頬を膨らませるチナの頭を撫でながら答えると、ギルドマスターに向き直って後半の台詞を告げた。
「これだけの次元獣を積まれたら、電卓を弾くまでもない。すまんが金庫の中にある分で負けといてくれ」
チナの先の言葉ではないが、色を付けるまでもなく金庫はスッカラカンになってしまったらしい。
……まぁ、無理もない。八体もの次元獣が一日で持ち込まれるなど、どこのギルドでも想定外だ。
「なに、それで十分だ」
本当は、金庫に少し残してやるべきかとも思ったが、今後のデラ一味との決戦には先立つ物も必要になってくる。本意ではないが、聖魔法教会内部に切り込むために、やむなく金品を撒く可能性もなしではない。他にも、戦闘への備えはもちろん、万が一教会周辺に物的被害が及べば、その修繕や補償の費用も必要になる。
「すまんな、セイ。恩に着る。この礼に、次の酒は俺の奢りだ」
ギルドマスターは軽い口調で言いながら、入口の扉の札を【open】から【close】に掛け替えた。金庫が空っぽになってしまったため、ギルドは営業終了を待たずに閉店となった。
「すぐに金を纏めるが、かなりの額だ。少し時間がかかる、お前さんたちも一旦中で待っていてくれ」
「ああ、そうさせてもらおう」
ギルドマスターが先頭になり、ギルドの中に戻ろうと扉の取っ手を掴む。
「ねぇ! 今の聞いた!?」
「聞いたわよ! ってか、金庫の中身全部ってセイたちどんだけの次元獣を持ち込んだわけ!?」
すると扉一枚隔てた向こう側から、姦しく言い合うパーティメンバーの声が、少しくぐもりつつ外の俺たちにも届いた。
「わわわ!? またリーダーが泡噴いて倒れたぞ!」
「なぁ。リーダーはもう、そこらへんに捨てて行かないか。なんかオイラ、リーダーに付いていく意味、見失ってきたし」
「それ、超賛成!!」
「それじゃ、どこに捨ててく?」
あろうことか、後半の方はアレック放置の算段だった。
――ギィイイイイ。
「お前さんたち、頼むからギルドの敷地内に捨てて行くのだけは勘弁してくれ」
ギルドマスターは扉を開け放つと、パーティメンバーをジトリと見つめて釘を刺す。
「や、やだ! 聞いてたの!?」
「聞こうとせずとも、聞こえてきたんだ。さぁ、今日はもう店終いだ。出ていってくれ」
ギルドマスターに言い放たれた面々は、しぶしぶアレックの首根っこを掴み、引き摺りながら出ていった。
面々がギルドの庭にうず高く積み上げられた次元獣を目にしてあげた悲鳴とも歓声ともつかぬ声を扉越しに聞いた。
……やれやれ。騒がしい連中だ。
そうしてギルド内で十五分ほど待てば、ギルドマスターが金貨がパンパンに詰まった革袋をいっぱいに積んだ台車を押して俺の元にやって来た。
「金庫内の全額だ。持っていってくれ」
「いきなりやって来て、搔っ攫っていくような真似をしてすまなかったな」
「なに、先だってアルバーニ様と会った時に『そろそろセイが訪ねてきそうだ』とおっしゃっていたんだ。よくよく考えれば、お前さんが手ぶらで来るはずもない。事前に金庫を満杯にしておくべきだった、それもこれも俺の読みの甘さだ」
ギルド内にまばらに残っていた客も、先ほど最後のひとりが手続きを終えて出ていき、今は俺たち以外いなかった。
俺は人目を気にせず次元操作を発動し、目の前の大金を一瞬で次元に収納した。
「はははっ、相変わらず便利な技だ。ところで、この後はアルバーニ様の屋敷に行くんだろう?」
「ああ、報告にあがる。……不思議なものだ。この地で冒険者登録をして旅を始めたのが一年前。なのにもう、ずいぶんと昔のことのようにも思える。同様に、アルバーニ様にお会いするのも、ずいぶんと久しぶりに感じてしまう」
「なんだなんだ? 久しぶりの再会に照れているのか?」
ギルドマスターの茶化すような物言いに、俺はヒョイと肩を竦めてみせた。
「……だが、そうだな。彼の方には、未熟だった頃のみっともない姿を何度も見られているからな。俺は少し、照れているのかもしれん」
「おいおい。そんな初恋相手を前にしたような反応されっと、逆にこっちが照れんだろうが」
空になった台車を返しながら答えたら、俺の反応がよほど予想外だったのかギルドマスターは驚いたように目を見開いて、早口で漏らした。
「……え? ねぇお兄ちゃん!」
すると、横にいたチナがクイックイッと俺の袖を引いた。
「どうしたチナ?」
「なんでアルバーニ様って人がお兄ちゃんの初恋相手になれちゃうの? まさかお兄ちゃんって、男の人が好きなの!?」
なっ!? いったい、なにがどうして俺は五歳の幼女からこんな質問を浴びせかけられている!?
後頭部をハンマーで一撃されたような衝撃に震えながら、なんとか気を取り直すと、やっとのことで口を開いた。
「待て待て、チナ! なにを勘違いしているのか知らんが、俺は断固として男が好きな趣味はない! それからアルバーニ様はたしかに美しい女性だが、別に俺の初恋の人というわけでは――」
「うそ? うそっ!? うそーーっっ!! アルバーニ様って女の人なの!?」
チナの絶叫が響き渡る。どうやらチナは、すっとアルバーニ様のことを男性と思い込んでいたらしい。
「あぁ、アルバーニ様は王国史上初の女性の筆頭侯爵だ。就任当時はずいぶんと騒がれたから、つい周知のものだと思い込んでいた。そうか、チナは知らなかったか。気が回らずにすまなかったな」
果たして、俺の言葉が聞こえているのか、いないのか。とにかく、チナは全身から猛烈な悲愴感を漂わせ、くるりと俺に背中を向けた。
「いやだ。ただでさえセリシアお姉ちゃんやアルテミアお姉ちゃん、強力過ぎるライバルがひしめいてるのに。これ以上ライバルが登場しちゃったら……ぅ、うっ、うえええっっん!」
「お、おい!? チナ?」
ブツブツと独り言ちた後、突然、泣き出したチナを俺は反射的に抱き上げて宥める。
「……実は、私も地方の教会であまり世間との交流を持たずに暮らしておりましたので、アルバーニ様が女性だとは知りませんでした。アルテミアさんはご存知だったんですか?」
「私はこれでも一応貴族子女だったし、知っていたわ。もっと言うと、セイさんの言葉にあった通りかなりの美人だともっぱらの評判よ」
「なんということでしょう。チナツちゃんが嘆くのも無理はありませんね。これは、ここにきてかなり強力なライバル登場ですわ」
「ええ。セイさんのようなタイプは侮れないのよ。飄々としているようで、ああいうタイプが実は結構モテるのよ」
チナを泣き止ませようと必死になっていた俺は、後ろで繰り広げられるセリシアとアルテミアの会話には気づかなかった。




