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第41話


 夕刻前。


 風呂を上がって旅支度を整え直した俺たちは、屋敷玄関で再び領主夫妻とマーリンの見送りを受けていた。


「どうか道中、お気をつけて」


 領主から深々としたお辞儀と共に丁寧な別れの言葉をもらう。


 見送りの光景だけを取って見れば、今朝と同じ。ただし、俺たちを送る夫妻の目には敬服と深い信頼が滲み、今朝とはまるで別人のようだった。


「あぁ、世話になったな」


「セリシアお姉ちゃん、次元獣の襲来を嬉しいなんて言ったらバチがあたっちゃうかもしれないけど、僕は約束が叶って嬉しかった。お姉ちゃんと一緒に温泉に入れて、すっごく楽しかった!」


「ええ。私もとっても楽しかったわ。ありがとう、マーリン様」


 両親の間からひょっこりと顔を出したマーリンが告げれば、セリシアも笑顔で答えた。


「それからアルテミア姉様」


「……ふふ、なんだか『姉様』だなんて呼ばれるとくすぐったいわ」


 監視塔で過ごしていたアルテミアは、実の姉弟でありながら、ほとんどマーリンとの交流がなかったのだという。


「これまでカエサル兄様から、塔で暮らす姉様のことはよく聞いてた。でも、本当はちゃんと会って話がしたかったよ。これでやっと姉様と屋敷で一緒に暮らせると思ったら、セイさんたちと一緒に行くんだって聞いて、本音を言うと寂しいんだ。……だけど、これが別れじゃないんだよね? またウェール領に、この屋敷に帰ってくるんだよね?」


「ええ。今はセイさんたちと行くわ。重力制御の能力をもっともっと磨いて、セイさんの役に立ちたいの。でも、全部終わったら帰ってくる。だってここが、私の家だもの!」


「うん! 僕、待ってるよ!」


 アルテミアとマーリンは固く抱き合い、その後ろでは領主夫妻が人目を憚らず号泣していた。


「こんな光景が見られようとは……。セイ様、チナツ様、セリシア様、全てあなた方のおかげだ。俺からも、心から感謝申し上げます」


「お前までやめてくれ」


 腰を直角に折って頭を下げるカエサルに苦笑しつつ、その背をポンポンと叩いて顔を上げさせる。


「そう言えばカエサル、風呂でマーリンが面白いことを言っていたぞ。彼は初めて入った温泉にいたく感動したようで、この感動を広く国中の人々にも伝えていきたいそうだ」


「え?」


 俺が耳元で囁けば、カエサルは意図が掴めぬ様子で小さく首を傾げた。


「国中の源泉湧出位置を調べ、各地で温泉リゾートの開発をするのだと張り切っていた。……そうなると、領主としてこの地に留まることは難しいかもしれんな」


 カエサルは呆気に取られたみたいに、俺とマーリンを交互に見つめていた。


「なに、領主夫妻はまだまだ元気だ。将来のことは、急がずゆっくり決めたらいい。それに、今後は領主夫妻も腰を据え、じっくり話し合うことができるだろうからな」


「……そうですね」


 カエサルは俺の言葉に少しの間を置いて、重く頷いた。


 そうして俺から視線を外すと、カエサルはアルテミアに向かってトンッと一歩踏み出した。


「アルテミア、セイ様たちが一緒だから道中の心配はしていない。だが、お前は塔の中での生活しか知らん。雨風や寒暖の差に十分注意して、くれぐれも健康には留意をするんだぞ」


「ええ、分かったわ。ありがとう、兄様」


 アルテミアはカエサルの忠告に笑顔で答え、固く握手を交わす。


「アルテミア、無事に帰ってくるのを待っている」


「どうか気を付けて。……なにを今さらと思うでしょう。ですがこの地から、あなたの無事を心から祈っています」


「姉様、いってらっしゃい!」


「ありがとう。お父様、お母様、マーリン。みんな、いってきます!」


 アルテミアは他の家族とも順番に別れの握手を交わすと、高らかに手を振りながら屋敷に背中を向けた。


 領主一家にとってここは新たなスタートになるのだろう。そして俺たちも、ここから新しいフェーズに進む。


 それぞれの思いを胸に、俺たちはウェール領を後にした――。




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