第40話
チナたちと合流し、俺たちは再び領主の屋敷へと戻った。
「おおお! 我が領を次元獣よりお守りいただき、感謝申し上げます! セイ様たちの速やかな討伐によって被害は最小限、その上、セリシア殿の治癒により負傷者はゼロ。それなのに儂ときたら、セイスやシンコを理由にセイ様とチナツ様に随分と無礼な態度を……っ、なんと詫びを申し上げたらよいかっ!」
興奮冷めやらない様子の領主は矢継ぎ早に言葉を重ね、最後はガバッと床に伏したかと思えば、平身低頭で己の振る舞いを詫びた。
「やめてくれ。あなたの思いはもう十分に伝わった。これ以上の礼も謝罪も不要だ」
打って変わったような領主の態度に苦笑しつつ、その肩をトンッと叩いて立ち上がるように促す。
「それから領主、肝心なことを忘れているぞ。あなたの娘、アルテミアが重力制御をなし、俺たちの空中攻撃を可能としたんだ。アルテミアがいなかったら、ここまでの早期討伐はなし得なかった」
「……まさか、娘がこんな能力を持っていようとは想像もしませんでした。これまで世間から隠すことにばかり必死で、儂は父親でありながら娘の本質をなにひとつ見てはいなかったようです」
セリシアに腕を取られて身を起こしながら、領主はしっかりと彼女の目を見て告げる。
領主の隣では、領主夫人が夫の言葉に賛同して頷きながら、その瞳を熱く潤ませていた。
「お父様、お母様……」
「アルテミア、儂はお前を誇らしく思う。そして『貰ってくれる男があるうちに』などと、手前勝手な結婚話を推し進めた自分が恥ずかしい。この結婚は、儂から先方に断りを入れる」
「え? 来月に迫った結婚話を破談になど、そんなことをしてはお父様の評判が――」
「そんなのは問題にならん。これはもう、決めたことだ」
領主はセリシアの言葉を遮り、きっぱりと言い切った。
「っ、お父様。……ありがとございます」
目に薄っすらと涙を滲ませて小さく感謝を伝えるアルテミアの頭を、領主が不器用な手つきでそっと撫でる。アルテミアの眦から膨らみきった涙がホロリと頬を伝っていった。
「それにしてもセイ様はなんと寛大でいらっしゃるのか。嘘か真かもしれぬ加護を付与しにやって来る教会の魔導士とはなんたる違いだ」
思わず本音が口を衝いて出た、そんな様子で領主が漏らした。
「今、教会の魔導士と言ったな?」
「えぇ。彼らは態度も横柄なら、金銭にも恐ろしいほど強欲だ。加護の対価についても寄付や心づけを際限なく要求するものだから、最終的には言い値の倍にもなっている。その上、今となっては加護の守りそのものが紛い物と知れ、まったくやり切れません。まぁ、冷静に考えれば『加護があれば次元獣に襲われない』というのもおかしな話で、所詮、気休めのまじないだったのだ。高い勉強代にはなりましたが、こうしてセイ様に救っていただけたことを思えばおつりがきますな」
領主は俺を見やり、感じ入った様子でこう口にした。
「領主、教会の加護について……いや、教会について知っていることがあれば教えて欲しい。奥で聞かせてもらえるか」
「もちろんでございます。とはいえ、王家と外戚にありその縁で教会の加護を付与していただくに至りましたが、儂とて教会そのものについてそう多くを知っているわけではありません」
「かまわん。今は少しでも情報が欲しい。……領主夫人、よかったら俺たちが話している間に、チナツたちを温泉に案内してやってくれんか。もちろん、約束していたマーリンも誘ってな」
俺の申し出に、領主夫人は一も二もなく頷いた。
「お兄ちゃんは入らないの?」
「話が終わったら、合流させてもらう」
「それじゃあ、セリシアお姉ちゃんたちと先に入って待ってるわ! 必ず来てね、約束よ!?」
「あぁ、約束だ」
夫人に伴われて温泉に向かうチナたちを玄関から見送り、俺は領主と共に奥の応接室に移動した。
そうして遅れること十分。俺もチナたちに合流し、久方ぶりの温泉に飛び込んだ。
「お兄ちゃん、こっちこっち!」
チナに呼ばれ、湯けむりを割って石組みの広い露天風呂の奥へとざぶざぶと進む。
領主の屋敷の温泉は、想像以上に広さがあった。脱衣所から続く内風呂には、複数の洗い場が設置され、奥の窓に面して十メートル四方のヒノキの湯舟が。さらに内風呂から外に繋がる扉を出て、渡り廊下を進むと、今俺たちが浸かっている石組みの露天風呂がある内庭の一角に出る。こちらは屋外ということもあり、ヒノキの内風呂以上に広々として開放的だった。
全員が薄い素材の肌着を身に着けて入浴していたが、すのこのような目張りがかかって、ほどよく周囲から遮られているのはよかった。
「意外と早かったのね!」
「そうだな」
嬉しそうなチナに、俺も笑顔で答える。
こんなに早くに温泉に合流できたのは、事前に申告していた通り、領主が教会についてそう多くの情報を持っていなかったためだ。だが、少ないながら有益な情報もあった。
……これらの情報を持って一度アルバーニ様と合流したら、オルベルに向かおう。
今回の次元獣襲来とその後に捕まえたネズミの話から、俺たちの動向が教祖らデラ一味に筒抜けになっていることが分かった。そして周到な彼らのこと、子飼いのネズミは当然あの一匹だけではないだろう。
そうなれば、今後俺たちが行く先々では次元獣襲来のリスクが発生する。
情報はもう十分に集まった。これ以上、リスクを犯して旅を続ける意味はない。
俺は両親の仇……デラを討つ――!
――パシャッ!
「っ!?」
俺が脳内に今後の道程を描き、決意を新たにしていたら、突然顔面に飛沫が浴びせかけられた。
手の甲で乱暴に目元を拭って目を開くと、チナが俺に両手のひらを向けてニンマリと笑っていた。
「ふふふっ、ボーっとしてるからよ!」
ほーう。理由はどうあれ、無抵抗の人間に湯を浴びせかけるとはいい度胸だ。
「やったなチナ!? よし、お返しだ!」
俺も手のひらでお湯を掬い上げ、チナに向かって浴びせる。
水礫は陽光に反射して、キラキラと眩しいほどに輝いた。
「きゃーっ!」
「うわぁっ!? セイさん、こっちにまでかかって……って、もーう! こうなったら、僕だって負けないぞ!」
盛大に巻き上げた水しぶきがチナの隣にいたマーリンにもかかってしまったようで、それがマーリンのスイッチを入れてしまった。
「おい、マーリン。お前はつい先日まで病人だったんだ、ほどほどにしておけ」
「病人って誰のこと? 僕はセリシアお姉ちゃんのおかげですっかり元気さ! ……みんな、セイさんに集中放水だ!」
「まぁ、面白そう!」
「微力ながら、私も加勢しますわ!」
なぜか、マーリンの言葉にアルテミアやセリシアまでが賛同した。
「待て!? 四対一はおかし……っ」
「「「「そーれっ!!!!」」」」
――バッシャァアアアアッッ。
「っ、うぷっ!!」
四人から一斉に湯を浴びせられ、一歩後ろにたたらを踏む。
「お前たち、やったな!?」
「きゃーっ!」
「わあぁっ!!」
午前中から入り始めていたというのに、賑やかな俺たちの声は太陽が一番高いところを過ぎてもまだ、やむ気配がなかった。




