第38話
「よかった、よかったよぉ! セリシアお姉ちゃんの再生快癒が凄すぎて、正直言うと焦ってたの。だけど、ここまでの旅でお兄ちゃんと一緒にコツコツ練習してきてよかった! わたしの錬金術が役に立てて、本当によかった!」
肩車しているチナの表情を見ることは叶わない。しかし彼女の心の吐露が、幼い胸がいっぱいの悩みや葛藤を抱えて苦悩していたことを、俺に痛いほど伝えてくる。
そんな彼女に、『練習熱心で偉いな』としか言ってやれなかった、道中の己の不甲斐なさが悔やまれた。
「そうだったのか。気づいてやれなくてすまなかったな」
「ううん! こうしてわたしもお兄ちゃんの役に立てたから! ……それからお兄ちゃん、錬金術の練習は約束通りお兄ちゃんとしてたけど、的あての練習はひとりでやってたのよ。だから、どんどん撃って次元獣をやっつけちゃうんだから!」
……恐れ入ったな。俺の頭上で一転し、晴れやかに言い切るチナに尊敬の念が募る。
たったの五歳とは思ぬ思考力と行動力に、俺はすっかり感服していた。だからといって幼いチナにばかり攻撃させているのは、俺の矜持が許さない。
魔法世界エトワール最強の冒険者は、セイスのセイ。俺だ――!
「セリシア、監視塔に上るチナにかけたのと同じ活性化の魔力を俺にもかけてくれ」
「え?」
突然呼び掛けれたセリシアは、俺の腰にしがみ付いたまま窺うように小さく身じろぎした。
「君の細胞活性化の魔力で身体能力を向上させ、一気に叩く!」
「分かりました!」
直後、着衣越しにセリシアと触れ合った部分から、ぽかぽかとした温もりが染み込んでくるのを感じた。
その温もりは触れ合う表層から体の芯へと広がっていき、血の流れにのるように再び全身の細部にまで巡っていく。
「いかがでしょう?」
施術を終えたセリシアが、ホゥッとひと息ついて尋ねた。全身の体温が上がり、体中に新鮮なパワーが漲っていた。
「完璧だセリシア! ありがとう!」
『グァアアアアアア――ッッ!!』
セリシアの魔力によって身体強化が叶ったまさにその時、残る大型と超大型の二体の次元獣が怒りの咆哮をあげる。そうかと思えば、対角にいた二体が俺たちを挟み討ちするように同時に瘴気を吐き出した。
同時攻撃とは、上等だ! これまでならば、二体の同時攻撃を真正面から受けるのを避け、一体分の瘴気の波動を飛行位置をずらして躱していただろう。
しかし今、俺はあえてその場にとどまって二体の次元獣が吐き出す瘴気の渦を受け止めた。
次元操作を体得したとはいえ、体は生身の人間。これまで一度に大量の瘴気を受けるのは、多少なり体に負荷がかかっていた。
それがどうだ!? セリシアの身体強化のおかげで、無理なくどんどん瘴気を吸い上げられた。
……さすがだな。俺は内心で、改めてセリシアの能力に唸った。
そうして二体の瘴気を吸収しきると、そのまま次元空間に蓄積した。
吸収した瘴気は、そのまま俺の攻撃魔力となる。これで魔力は潤沢に蓄えた。奴らを打ち倒すのに、一切の不足はない!
「お兄ちゃん、すごい! 次元獣の攻撃を全部吸い取っちゃった!」
頭上でチナが感嘆の声をあげた。
「チナ、お前の『カチコチ』を借りるぞ」
「え? もちろん、いいけど。だけど、あんなのどうするの?」
「まぁ見ていろ」
俺は不敵に笑むと、残る二体の次元獣のうち超大型の方に狙いを定め、奴の上空へと飛行する。そうして次元の狭間からチナが錬金術の練習過程で生み出した金属の大塊――通称・カチコチを引っぱり出して、眼下の超大型の次元獣に浴びせかけた。
超大型はその体格に見合うパワーを有するが、反面、俊敏さには劣る。
案の定、頭上から大量のカチコチを食らった次元獣は怯んで身動きが取れなくなっていた。
……そうなのだ。このカチコチは錬金術の練習中に出た失敗作と侮れない。自然界に存在するどんな鉱物よりも重く、硬い、新魔力の集合体だ。
「わー。次元獣がベコベコ……」
チナが漏らした言葉通り、次元獣は甲冑のように黒光りする体表のそこかしこに窪みを作り、痛ましい有様になっていた。
しかも、こいつの弱点は頭頂部。急所の脳天に大量のカチコチを食らった奴は動くことができず、巨体をビクビクと痙攣させていた。
「とどめだ」
俺がデコボコになった奴の頭頂部に次元魔力を打ち放てば、超大型次元獣は呆気なく地面に沈んだ。
巨体が倒れ、周囲に地響きと砂埃が上がる。さらに風に舞う砂埃に混じり、奴から真っ黒な瘴気が噴き出す。
俺は体格に見合った大量の瘴気を余さずに吸収すると、そのまま最後に残った有翼型の大型次元獣に狙いをつけて打ち放つ。
「チッ! 躱されたか!」
最後に残った大型次元獣は機敏な動きで飛び立って、すんでのところで俺の攻撃を躱した。
さらに、三体の仲間をやられたことで、相当殺気だっていた。俺を威嚇するように長大な尾っぽを振り回し、街の中央に建つ公会堂の一角を崩壊させた。
その時、ガラガラと崩れていく公会堂の奥の方に小さく蠢く人影を認める。
「……まずいな! 公会堂裏手の屋外休憩所に誰かがいるぞ!」
さらに目を凝らせば、立ち昇る土煙の向こうに赤ん坊を抱いてしゃがみ込む母親らしき女性の姿がしっかりと確認できた。休憩しに屋外に出たところを次元獣の襲撃に遭い、逃げ遅れてしまったようだった。
「え!? ほんとだ! ……お兄ちゃん、あの次元獣の弱点はどこ!?」
ワンテンポ遅れ、母子の姿を視界に捉えたチナが俺に問う。
「翼の付け根の、内側だ」
「……内側?」
この手のタイプは無作為に攻撃しても、翼で覆われてしまうから、倒すにはかなりやっかいな部類だった。
「ああ。倒すには、二重攻撃の構えが必要になる。最初の攻撃で翼を広げさせて急所を晒させ、次の攻撃で急所を打つしかない」
「ふーん、分かった! 翼を広げさせればいいんだね!? わたしに任せて!」
言うが早いか、チナは握り直した小型拳銃を大型次元獣に向かって構える。
なっ!? 次の瞬間、チナツは片翼に狙いを定め、集中砲弾を浴びせかけた。その数、実に十発!
通常のリボルバー銃とは異なり、弾倉部分には次元獣から回収した黒水晶をセットしてある。この黒水晶には、俺が次元操作で吸収し、蓄えた魔力を放出できる性質があった。要は、いちいち魔力を装填せずとも、多くの発砲が可能となったのだ。それにしても、彼女のこの応戦力は予想外だった。
さらにチナは母子に被害が及ばぬよう、事前に次元獣の動きを予測していたのだから驚きだ。
大型次元獣は、集中砲弾を食らった片翼をバサバサとはためかせてのたうった。しかし、咆哮をあげながら奴が向かう先は、休憩所と対角にあるステンドグラスの礼拝所の方向だった。
なるほど。光る物に寄っていく習性を利用したか……! この習性は次元獣らにとって本能的な行動だ。傷を負わされて理性を欠き、目に入ったステンドグラスに引き寄せられているようだった。
っと、いかん。感心している場合ではない。チナが作ってくれた好機を逃すわけにはいかん!
俺は翼がバサリと開かれた瞬間を見逃さず、急所である付け根部分に渾身の魔力を打ち込んだ。
有翼の大型次元獣も断末魔の叫びと共に地面に倒れ、そのまま二度と起き上がることはなかった。




