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第37話


「……まずいな。この領は次元獣への備えも、応戦する人員もいない。このままでは、領が壊滅してしまう」


 加護を過信していたことが、今は裏目に出ていた。次元獣に瘴気をぶつけられたところから、家屋がなす術なく倒壊していく。それに巻き込まれた人々の痛ましい悲鳴も響き渡っていた。


「あぁ、嘘でしょう。街が……、街の人たちが……。私はいったいどうしたら……っ」


 横に立って窓下を見下ろしていたアルテミアが震える唇で声にして、ガクリと力なく頽れる。


 俺はアルテミアが床に倒れる前に腕をしっかりと掴み、彼女と目線を合わせる。


「ここは君を塔に閉じ込めている両親が治める領だぞ。さらに君は他所へ嫁いで行く身だ。それでもこの領を、領民を助けたいか?」


「当たり前よ! 両親のこととか嫁いで出ていくからとか、そんなのは関係ない、ここは私の生まれ育った大切な故郷よ! 助けたいに決まっているじゃないの!!」


 試すような俺の物言いにアルテミアは不快感を滲ませ、語気を強めて叫んだ。


「ならばアルテミア、ここから飛んで助けに行くぞ」


「え、セイさんはそんなことができるの!? ならばどうか、どうか領を助けてください!!」


 アルテミアは先ほどとは一転し、期待の篭もった目を俺に向け、懇願した。


「いいや。飛ぶのは君だ」


「っ、馬鹿言わないで!? どうして私が飛べると思うの!? ……もういいわ! あなたを頼ろうとしたのが間違いだっ――」


「聞くんだ!!」


 掴んだままの俺の手を振り払おうとしながら喚き散らすアルテミアに、俺は声を大きくし一喝した。


「アルテミア、君は今朝チナとセリシアのふたりから聞いたはずだ。眠りながら宙に浮き上がっていたと」


 アルテミアは思い出したようにハッとした表情をした。


「で、でも! あれは……」


「あれはなんだと言うんだ? 君は無意識のうちにシンコの五つの魔力を掛け合わせ、新しい魔力を生み出しているんだ。君が開花させた能力は、重力制御。君自身と、君が触れた物の重力をゼロにできる。その能力で、俺たちと一緒に浮いてくれ!」


「本当に、そんな能力が私に……?」


 アルテミアは信じられないといった様子で、忙しなく瞬きを繰り返す。


「なぁアルテミア、俺の言葉が信じられなくても、友となったふたりの言葉なら信じられるのではないか。ふたりは君に嘘を吐いて物笑いのネタにするような人物なのか?」


「いいえ! チナツちゃんとセリシアさんはそんなことしない!」


 アルテミアは断言し、チナとセリシアを振り返る。


「アルテミアお姉ちゃん! わたしが断言するわ。アルテミアお姉ちゃんは、大空だって自由に飛べる!」


「ええ! アルテミアさん、あなたはたしかに飛んでいました。私もこの目でしっかりと見ています。だからどうか、自信を持って!」


「チナツちゃん、セリシアさん……。だけど私、飛んでいる体感がないの。あるのは、気持ちよく飛んでいる夢の残像だけ。どうやって飛んだらいいかも分からないのよ……」


「大丈夫だアルテミア! 俺の言う通りにするんだ」


 今は一刻すらも惜しまれた。言うが早いか、俺はアルテミアを横抱きにした。


「きゃっ」


「夢で飛んでいる時と同じだ。目を瞑り、その時の気持ちを思い出すんだ」


 アルテミアは疑心暗鬼なふうではあったが、俺の指示通り瞼を閉じた。直後、体から重みが消え、俺の足がふわりと宙に浮き上がる。


「「「飛べているぞ(わ)!」」」


 俺とチナ、セリシアは声を揃えた。


「本当!?」


「っ!」


 ところが、アルテミアがパチッと目を開いた瞬間、体に重力がかかり足は床に逆戻りした。


「……あら?」


「よし、今はこれで上出来だ! 細かな訓練は次元獣を片付けてからだ! アルテミア、推進力は俺が担う。君はひとまず目を瞑って、空を飛ぶ想像だけしていろ!」


「え? ええ!」


 アルテミアが再びキュッと瞼を閉じるのを確認し、後ろのチナとセリシアに指示を出す。


「チナは俺の肩に乗るんだ! セリシアは俺の腰に掴まれ! このまま窓から行くぞ!!」


「うんっ!」


「は、はい!」


 ふたりがしっかりと俺に掴まるのと同時に、ふわりと体が浮き上がった。俺たちは大窓から飛び出した。


「うわぁ~、すごい!」


「風を切って飛ぶなんて、まるで鳥にでもなったようですね」


「……なんで!? せっかく空を飛んでるのに、その景色を私だけ見られないって、なんかおかしいわよー!」


 初めての空中浮遊にあがった三者三様の呟きに苦笑を浮かべながら、意識を目の前の次元獣に向ける。


 ……よし、まずはあの灰色の中型からだ! あいつの弱点は、目だ!


 俺はアルテミアの体勢を変え、左腕一本で片腕抱きにすると、次元操作で推進力となる魔力を噴出させ、一体目の次元獣に狙いを定め急接近する。


 そこだ――!!


 急降下して死角から一気に魔力を打ち放つ。


 ――バシューンッ!!


『グァアアアア……ッッ』


 まさか空中から攻撃を受けるとは思ってもいない次元獣は、急所の目を打ち抜かれ、断末魔の叫びをあげながら呆気なく倒れた。


「お兄ちゃん!! 右よっ!!」


 安堵したのも束の間、チナの鋭い声が響く。


 ――ズガーンッ!! ズガーンッ!! ズガーンッ!! ズガーンッ!!


 俺が右に向き直るのと同時に、頭上のチナが右腕を伸ばし魔力砲を撃ち放つ。なんとチナは、前方に聳え立つ大型次元獣に向かって、右手で握ったリボルバー式小型拳銃から連続で四発をお見舞いした。


「あれの弱点は首の後ろ、だったよね? ちょうど後ろを向いてたから、今だって思ったの!」


 ……なんということだ! たしかに、倒れ込んだ次元獣はチナが孤児院で倒した個体と同じ種類だ。とはいえ、まさかチナが撃ち倒すとは思ってもみなかった俺は、頭上のチナを見上げてしばし愕然とした。


 なにより、チナが錬金術で生みだした素材がここまでの耐久性を有していようとは――!


 俺の魔力の連続発砲を物ともせぬ新素材。……これは、これまでの既成概念を打ち砕く凄まじい成果だ。


「でかしたぞ、チナ! お前の魔力は無敵だ!」


「え? 無敵って……撃った魔力はお兄ちゃんのだよ?」


 一拍の間を置いて俺が労いを告げれば、チナは怪訝そうに首を捻った。


「いいや。チナの技があれば俺の魔力を溜め、俺以外の者でも自在に使うことができる。これまでの戦闘体形を根幹から覆す大手柄だ」


 同じ物をセリシアとアルテミアにも持たせれば、護身にも役立つだろう。万が一他者に奪われても、俺がひと手目かけてストッパーを付加しておけば、意に反した使われ方をすることもない。


「だからお前の創生した新魔力――錬金術が無敵で間違いない」


 俺の言葉に、チナがキュッと俺の頭を掴む力を強くした。


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