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第36話


 朝食を終え、客間に戻って身支度を整えた俺たちは、玄関先で領主夫妻の見送りを受けていた。


「セリシア様、もっと長く当家に滞在してくださればよろしいのに」


「そうですわ。それに昨夜は、結局、温泉にも浸かっていただけなかったようですし。やはり今晩もう一泊して、ゆっくり温泉に浸かって行かれては?」


 ふたりの横にはすっかり元気になったマーリンもいて、夫人の言葉にうんうんと頷きながら、セリシアの滞在を熱望するように見つめていた。


「いえ。マーリン様もすっかり回復しておりますし、長く一所にいて噂が広まってしまっては先の移動に差し障りますから。私たちはこれでお暇させていただきます。温泉はまたの機会に」


 セリシアは領主夫妻からの再三の誘いを丁寧に辞した。


「そうですか。それは残念だ」


「どうか近方にお越しの際は、必ず当家にお立ち寄りくださいませ。お待ちしておりますわ」


「ありがとうございます」


 ここでマーリンが、セリシアに向かってトンッと一歩踏み出した。


「セリシアお姉ちゃん、約束だよ! それで、その時は絶対一緒に温泉に入ろうね!」


「え、ええ。今回は、一緒に温泉に入れなくてごめんなさい。次にお屋敷に寄らせてもらった時は、一緒に入りましょうね」


 マーリンの『約束』に、セリシアは一瞬だけ困惑の色を滲ませ、すぐに微笑んで答えた。


「では、セリシア様、セイ様、チナツ様。街道までお送りさせていただきます」


 俺たちは訪れた時と同じように、カエサルたち護衛隊員と共に屋敷を後にした。


 しばらく経ったところで、前を行くカエサルに訴える。


「すまんが、最後に監視塔に立ち寄らせてくれ。アルテミアにひと言別れを告げたい」


「承知しました」


 カエサルには既に、アルテミアの結婚への意思が固いことを伝えてあった。彼はたったひと言「そうでしたか」とだけ答え、静かに頭を下げた。


 カエサルらに馬を預け、塔には俺たちだけで上った。


「チナ、俺におぶされ」


「わーい。やったぁ」


 最初に上った時のように、長い階段の途中で疲れを見せ始めたチナを背負った。


「……昨日の夜はひとりで大変だったろう?」


「ううん! 楽ちんだった」


 ふと思い至って俺が尋ねれば、チナは軽い調子で答えた。


「もしかして、セリシアに背負ってもらったか?」


「違うよ~」


 首を傾げる俺に、セリシアが横から声をあげる。


「実は、途中でチナツちゃんの足の疲れを回復させました。その時に細胞を活性化させたら、その後は疲れ知らずのようで。私自身、これは新発見でした」


「なんと!? 事前に施しておくことで疲れにくい体をつくったか!」


「ええ。結果的にではありますが、そうなります」


「セリシアお姉ちゃんってば、すごーい!」


 これは、再生快癒の応用のようなもの。俺の背中で声を弾ませるチナにしても、錬金術をますます進化させている。ふたりの能力はどんどん磨かれており、これには俺も舌を巻かずにはいられなかった。


 ――コン、コンッ。


 そうこうしているうちに階段を上りきり、最上階のフロアに続く扉を叩く。


「セイとチナツ、セリシアだ。出発前の挨拶に寄らせてもらった」


「はーい」


 俺が名乗ると、すぐにアルテミアがパタパタと駆け寄ってきて、自ら扉を開けた。


「こんな塔の上にまで出立の挨拶に寄ってくれるなんて、本当に律儀なんだから」


 俺たちの訪問に、扉から顔を覗かせたアルテミアは嬉しそうだった。


「俺たちは君に挨拶もせず行ってしまうほど不義理ではないぞ」


「まぁ、ふふふっ。本当言うとね、セリシアさんとチナツちゃんは、私が結婚するって言い張ったから気を悪くしちゃったかなって。正直、不安に思っていたの。こうして、最後にまた会いに来てくれて嬉しいわ」


「えー、なにそれ!? そんなことあるわけないよ!」


「そうです! 結婚のお話とアルテミアさんと私たちの友好は、まったく別の問題です! そんなふうに思われていたとは心外です」


 チナに続き、セリシアも不満を隠そうとしなかった。


「い、いえ。誤解しないで! 決して、ふたりのことを疑っていたわけではないのよ!」


 アルテミアはそれに慌てた様子で言い募る。


 どうやら三人は、昨夜、俺のいぬ間に固い友好の絆を結んでいたらしい。この絆は、きっとアルテミアが嫁いだ後も絶えずに繋がっていくのだろうと、微笑ましい思いで見つめていた。


 ――ドガーンッ! ガッシャーンッ!!


 なんだ!? ドーンと突き上げるような衝撃と共になにかが倒壊したような音が響き渡る。高さのある塔は、地震の時みたいに大きく揺れた。


「きゃあっ!」


「チナツちゃん、掴まって!」


「な、なにが起こっているの!?」


 手を取り合って揺れを堪えるチナたち三人を横目に、俺は窓に向かって駆け出す。


 ――うわぁあああっ!! ――キャアアーッ!!


 俺が窓から眼下を覗くのと、人々の悲鳴が方々からあがるのは同時だった。


「まさか、何故次元獣がここにいる!?」


 階下の光景を認めた瞬間、カッと目を見開いて叫んでいた。


 ザッと見で、次元獣は四体。しかも四体全てが中型から大型の抜きんでた攻撃力を持つ強力な個体だ。


「なんですって!? 次元獣が!?」


 アルテミアはチナとセリシアと繋いでいた手を解いて、いまだ揺れの治まらない中を走って俺の横までやって来る。


 ウェール領主は王家とも所縁ある高位貴族で、加護を持つ他町村よりも手厚く守られているはずだ。そんな領に、何故複数体の次元獣が現れる!?


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