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第34話


 まさか、三人はギロリと俺を睨みつけ、声を揃えた。


 良かれと思っての行動に返ってきた三人からの予想外の反応に、俺は衝撃で岩のように固まった。


 その間も三人は矢継ぎ早に言葉の応酬を続けていたが、動揺冷めやらぬ俺に内容の仔細まで把握する余裕はなかった。


「アルテミアさんの頑固者! あなたが分かってくださるまで、絶対に引きません。いつまでだってここにいて、何度だって繰り返します!」


「わたしも!」


「どうぞご自由に。幸い、ここはスペースだけは広くありますもの。好きなだけ、滞在していただいて構いませんわ」


 俺の存在など無いもののように、三人は互いに顔を突き合わせ激しい舌戦を繰り広げる。


 俺はただただ圧倒され、そんな三人の様子を呆けたように眺めていた。


「では、そうさせていただきます!」


 突然、セリシアが俺を仰ぎ見る。


 ……なんだ? 決着(?)がついたのか?


 なんとか内心の動揺を治め、セリシアを見返して目線で先を促す。


「セイさん! そういうことですので、私とチナツちゃんは今晩ここに泊まらせていただきます!」


「……あ、あぁ。分かった」


 俺は二、三度瞬きを繰り返した後、こんなふうに間が抜けた返事をするのが精一杯だった。


「そうと決まれば、下から毛布を持ってこなくっちゃ!」


「チナツちゃん、毛布は必要ありませんわ」


 意気揚々と声をあげるチナに、アルテミアが待ったをかける。


「……ほら、ここには寝具の替えも多く置いてあるの」


 スッと立ち上がったアルテミアが、フロアの端に設置された大きな収納棚を開ければ、中には寝具やリネン類が潤沢に収納されていた。


「これを敷いて、今夜は三人で並んで寝ましょう」


「わぁーい!」


「まぁ、素敵。しかもここなら、きっと満天の星々が見られるのでは?」


「ええ! ここは色々窮屈で不便だけど、景観だけは他に負けないわ。もちろん、星々が煌く空はその筆頭よ」


 なにがどうしてこうなったのかは分からない。しかし、一発触発の様相が嘘のように、今は三人が満面の笑みを浮かべて楽しそうにしていた。






 その後、俺たちは一旦塔を下り、領主らと夕食を共にした。


 夕食を終えて客間に戻ると、チナは嬉々として寝間着などを纏めはじめた。


「なぁチナ、本当に行くのか?」


 小さな背中に問いかける。


「もちろん! セリシアお姉ちゃんとアルテミアお姉ちゃんと約束したんだから!」


「……だが、ちゃんと眠れるのか? 寂しくはないか?」


 これまで幼いチナは、宿屋でも野宿でも常に俺の傍らで眠りについていた。その彼女が、果たして俺の目の届かぬ場所で眠れるのか……。


「えー? 変なお兄ちゃん、もちろんよ……あっ、分かったー!」


 心配で仕方なくついつい質問を重ねてしまう俺に、振り返ったチナは怪訝そうに答え、途中でなにかに気づいたみたいに叫んだ。


「わたしがいないと、お兄ちゃんが寂しくって寝られないのね? そうなんでしょう!?」


 なっ!? まさか、こんな解釈をされようとは思ってもみなかった俺は、咄嗟に言葉が出なかった。


 すると、その様子になにを思ったか、ニコニコ顔のチナが荷物を纏める手をとめて、トコトコと俺の元にやって来る。


 チナの「屈んで」のジェスチャーを受け、俺が腰を低く落とせば、彼女がキュッと俺に抱き付いた。


「ふふふっ。お兄ちゃん、ひと晩だけのことよ。いい子だから、今夜だけ我慢してねんねして」


 チナはいつも俺がするように、小さな手を俺の頭にのせると、ナデナデと往復させた。


「それから、これは特別よ。パパとママがしてくれた、よく眠れるおまじないよ」


 ――チュッ。


 ふんわりとした温もりが、額に落ちる。


 幼い心遣いが胸にじんわりと染みていく。同時に、彼女の言い分もなまじ間違いではないのだと気づかされる。


 ……どうやら俺こそが、チナの健やかな寝息を聞きながら眠りにつくことに馴染みきっていたのかもしれんな。


「ありがとう、チナ。おまじないのおかげで、ひとりでも眠れそうだ」


 俺の答えにチナは満足気に微笑んだ。


 ――コン、コン。


「チナツちゃん、準備できたかしら?」


 直後、セリシアがチナを迎えにやって来た。


「あ、セリシアお姉ちゃん! 今行く!」


 チナは元気よく飛び出して、セリシアと足取り軽く塔へと向かっていく。


 俺もふたりの後ろに続き、最上階を目指して上っていくふたりの姿を階段の下から見送った。


「おやすみなさいお兄ちゃん!」


「セイさん、おやすみなさい」


「あぁ、おやすみ。三人ではしゃぎするなよ」


「はーい!」


 喉元まで「俺も護衛として同行する」と出かかったが、男が女子会に押しかける無粋を自覚して、呑み込んだ。


 なにより護衛部隊が隈なく領内の守りを固めているのだから、俺が護衛を買って出るというのもおかしな話だ。カエサルたち護衛隊員にも失礼にあたる。


 結局、反響するふたりの足音が聞こえなくなってから、俺はひとり屋敷へと取って返した。



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