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第33話



 アルテミアの居住スペースは、気が遠くなるくらい階段を上って辿り着いた塔の最上階のフロアが丸々あてられていた。カエサルの言葉通り古びてはいたが、年頃の娘が好みそうな調度で整えられていて、居心地はよさそうだった。元来監視を目的として建てられただけあって、円錐形の塔内360度ぐるりと等間隔に窓が設えられており、眼下の景色が一望できるのもよかった。もちろん、自ら望んでここで暮らしたいのかと聞かれれば、それはまったくの別問題だが。


 そして初対面したアルテミアは、何故か、俺たちの突然の訪問に驚かなかった。


「まるでわたしたちが来るのが分かっていたみたい!」


「そうよ。私は自由にここを出るわけにはいかないから、見下ろす景色が全て。あなたたちがやって来ることは、窓から見て知っていたもの」


 薄っすら微笑みを浮かべてこう口にするアルテミアは、流れるような銀の髪に新緑を思わせる鮮やかなグリーンの瞳が印象的な美しい少女だ。しかし、その美しさは大輪に咲き誇った花のようなそれではなく、蕾を思わせる楚々とした美しさ。初々しいこの少女が、来月には還暦も近い男の妻になる現実は、生理的に受け入れ難かった。


「この塔に家族と使用人以外の人が訪ねてきたのは初めてよ、嬉しいわ!」


 さらに、外部との接触を極限まで避けて過ごしてきたからか、高位貴族の姫君にしては言動が率直というか……やや優美さに欠く印象を受けた。


「改めてアルテミア姫、突然訪ねてきた無礼をお許しください。俺はセイ、冒険者を生業として次元獣を倒しながら各地を旅しています」


「わたしはチナツです」


「セリシアと申します」


「あら、だったらあなたたちは領の外のことをいっぱい知っているのね。よかったら、私に自由な外の世界のことを色々教えてくださいな。もちろん、あなたたち自身についても。……あ、私のことはアルテミアとだけ呼んでちょうだい。姫だなんて呼ばれると落ち着かなくていけないもの。それから、畏まった態度も不要よ。この塔内にあっては、まどろっこしいだけだもの」


 アルテミアに招き入れられ、俺たちはフロアの一角に設えられた毛足の長い絨毯が敷かれたスペースに直接腰を下ろした。


「ほぅ。東方の国ならいざしらず、この国でこんなふうに床に直接座って寛ぐというのは珍しいな」


「いいでしょう? 書物を読むことも、私の日々の慰めなのよ。東方の国の生活習慣について書かれた本を見て、いいなって思ったの。屋敷でやったらお行儀が悪いって批判されてしまいそうだけれど、ここは私だけのお城だもの。私がしたいように自由にするのよ」


 ……果たして、彼女は気づいているのだろうか。ここまでに、三度も『自由』という単語を口にしていることに。


「そうねぇ、まずはあなたたちがこれまで旅してきた場所とそこであった出来事を教えてちょうだい。ここに地図があるわ!」


 アルテミアが広げた大判の地図を四人で囲む。俺はこれまで旅してきた場所を指差して、その土地であったこと掻い摘んで説明していく。


 俺の話にアルテミアだけでなく、チナとセリシアも目を輝かせて聞き入った。


「――そうしてグルンガ地方教会を出て、ここに至るというわけだ」


「なんて素敵なのかしら。私も鳥のように大空を羽ばたいて、自由にいろんなところに行ってみたいわ」


 俺が地図を辿り、最後にトンッとウェール領を示したら、アルテミアは胸の前で両手を組んで窓の外に目線を向け、ホゥッと熱い吐息を零す。


「ならば、自由に行きたいところに行けばいい」


「え?」


「鳥のようにというのは無理かもしれん。だが、君は自分の足で行きたいところに行ける。さっき『見下ろす景色が全て』と言ったな? それは、君自身がそう錯覚してしまっているだけだ。君の世界は、この塔の外にだって無限に広がっている」


 俺の言葉が余程に予想外だったのか、アルテミアはパチパチと目を瞬いて俺を見つめていた。


「……不思議ね。あなたが言うと、まるで自分が自由なのだと、本当にそんなふうに思えてくるわ」


「おかしなことを。事実、君は自由だ」


 アルテミアは眩しい物でも見るように目を細くした。けれど次の瞬間には、スッと瞼を閉じてしまう。


 再び瞼を開けた時、彼女の瞳から先ほどまでの煌きはなくなっていた。諦めることに慣れてしまった、寂しい目だと思った。


「ねぇセイさん、あなたはひとつ根本的な部分を見落としている。私はシンコなのよ。シンコの私に自由などないわ」


 ゆっくりと開かれた唇から紡がれる台詞も、それを口にする能面のような彼女の表情も全てを諦観しているかのようだった。


 シンコだからと諦め、端から期待しないことで、アルテミアは十五年間心を守ってきたのだろう。それをポッと出て来た俺が、どんなに言ったところで彼女には響かない。


 そうして彼女が己の意志で考えを改めようとしない限り、虚構の檻に囚われたまま本当の意味での自由はない。


 ……さて、どうしたものか。


「どうして!? わたしとセリシアお姉ちゃんもシンコだし、お兄ちゃんはセイスよ。だけど、わたしたちは三人で自由に旅をしているよ?」


「今、セイさんが言っていたじゃない。チナツちゃんは錬金術を身に着けたって。セリシアさんは再生快癒、そしてセイさんは次元操作。なんの力も持たない私と、チナツちゃんたち三人を同列に語るのはおかしいわ」


「っ、そんなことない! アルテミアお姉ちゃんの馬鹿! 分からずや!」


 チナは叫ぶと、あろうことか小さな拳でポカポカとアルテミアの膝を叩きだす。


「お、おい! チナ、いい加減にしないか」


 チナのまさかの行動にギョッとして、慌てて小さな肩を掴んで止める。


「……いいえ、セイさん。叩くという行動はともかく、私も今回はチナツちゃんの言い分に賛成です」


 なっ!? セリシアからチナを擁護する声があがったことにも、驚きが隠せない。


「アルテミアさん、私も両親の死後は寄る辺もなく、ずっと『シンコだから仕方ないのだ』と自分に言い聞かせて堪え忍んできました。ですから、あなたの思いはよく分かります。けれど、私に言わせればそんなのは甘えです!」


「待ってちょうだい! 今のはさすがに聞き捨てならないわ。どうして初対面のあなたにそこまで言われなくてはならないの!?」


 ピシャリと言い放つセリシアに、アルテミアも憤慨を隠さなかった。塔内に半ば軟禁のような形で暮らしているとはいえ、そこは領主の姫。彼女に対し、こうも率直に物を言う者などいないのだろう。


「そんなの、アルテミアお姉ちゃんが分からないことばっかり言うからじゃない!」


「お黙りなさい!」


 輪になって火花を燃やす三人は、今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな勢いだ。三人の様相にハラハラしながら、俺はこの場を穏便に取り持つべく声をあげる。


「おい、三人ともいい加減にしないか」


「「「セイさん(お兄ちゃん)は黙っていて!」」」


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