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第32話


 俺たちは、カエサルの案内で客間へ向かう廊下を進んでいた。


 堅牢な石組みの建築は決して華美ではないが、なんともいえぬ趣があった。言うなれば、それは先祖代々繋いできた歴史の重みということになるのだろう。


 代々この領と領主館を守り繋いできた古人の息吹が感じられるようだった。


「この屋敷は随分と古い時代の物のようだな」


 俺は重厚な造りの廊下をぐるりと見回しながら、カエサルに水を向けた。


「ええ。増改築を繰り返しておりますが、屋敷の基幹の部分は千年も前に建造されているそうです。古くからある部分は水回りなどで不便な点も多いのですが、それもまたこの家の歴史と思いうまく付き合っております。……あ、皆様にお入りいただく温泉についてはご安心ください! あれは祖父の代に造ったものですので、状態もよく使い勝手もよくなっております」


「ははは、それはありがたいな。……ところで、先ほど果樹園から見た監視塔。あれも千年とはいかないまでもかなり古いのだろう? 素人の俺が言うのは心苦しいのだが、若干傾斜しているようにも見えた。あれは取り壊しておいた方が安全かもしれん。今はもう誰も使っていないのだろう?」


 俺が『監視塔』の一語を口にした瞬間、カエサルの表情が目に見えて強張ったのが分かった。


「先ほども思ったのだが、もしかしてあの監視塔にはなにかあるのか?」


「……セイ様、あなた方一行にだから打ち明けます。俺の話を聞いていただけますか」


 折よく、俺たちが一夜を過ごす客間の扉の前に到着したところだった。


「もちろんだ。続きは中で聞かせてもらおう」


 俺たちは客間の手前にある応接セットに腰を下ろした。俺を真ん中にして長ソファの左右にチナとセリシアが座り、小さな卓を挟んだ向かいのソファにはカエサルがひとりで座った。


「俺は先ほど、『この家の長男で、マーリンの兄だ』と言いましたね」


 カエサルは膝の上で緩く手を組んで、重く口を開いた。


「ああ。そうだったな」


「けれど、俺にはもうひとり『きょうだい』がいるのです。そして、その『きょうだい』――もうじき十六歳になる妹はあの監視塔でひとり家族や使用人たちからも隠れるように暮らしています」


 俺が予想外の切り出し方を怪訝に感じつつ同意すれば、カエサルはさらに衝撃的な事実を告げた。


 あの監視塔に人が暮らしているのか!? しかも、カエサルの妹ならば領主の姫君。古びれて傾きかけたあの塔で、うら若い姫君がひとりで暮らしているとは、到底信じられなかった。


「どうしてそんな事態になっている? ……率直に聞くが、それは本人の意思に反した監禁などではないのだろうな?」


「この決定をしたのは父ですが、妹のアルテミア自身、塔での暮らしを了承しています。それに、衣食をはじめ妹の身の回りは不足なく整えられていますので、一般的な意味での『監禁』には当たらないかと」


 カエサルは一旦言葉を区切ると、しばしの間を置いて再び唇を開いた。


「ですが、俺自身ドスを理由に後継者を辞退した身です。領主の娘でありながらシンコとして生まれたアルテミアは、両親が嘆き悲しみ、そして世間の目からなんとかしてその存在を隠そうと躍起になっている姿を幼少期から見てきています。父から『塔に移れ』と言われれてしまえば、あの子に反論の選択肢がないのは分かりきっています」


「お姫様はシンコなの!? じゃあ、私やセリシアお姉ちゃんと同じよ!」


 チナは、お姫様との共通点に喜びの声をあげた。


「セリシア様は尊き治癒の力を、チナツ様とてその年齢で凄腕の冒険者であるセイ様の右腕なのだと聞き及んでおります。市井でお力を発揮しておられるおふた方とアルテミアを同列には語れません。そもそも、アルテミアにはそのような力はございませんし……」


「えー? 同じシンコなのに……」


 カエサルの答えに、チナは分からないというようにコテンと首を傾げていた。しかし、俺にはカエサルの言わんとしていることがよく理解できた。


 カエサルが口にした『市井』という単語から始まる下り……。それは暗に『貴族社会では、事はそう簡単ではない』と示しているのだ。


 ウノを頂点とした階級ピラミッドは国内外に広く浸透しているが、貴族社会において一層顕著だ。ドスのカエサルですら後継者を辞退した状況からも分かるように、ヴィルファイド王国の上位貴族はほぼウノで占められており、ドス以下の者が貴族当主となれば社交界での嘲笑や冷遇は避けられない。


 そんな魔力数の階級至上が浸透しきった貴族社会にシンコとして生まれたアルテミアは、チナやセリシアの比ではない肩身の狭さであったろう。


 俺は納得いかない様子のチナの頭をポンポンッと撫でて慰めると、真っ直ぐにカエサルを見据えた。


「俺にそれを告げながら、君は『監禁ではない』という。ならば、俺に助けを求めるのもおかしな話。……君は、俺になにを望む?」


「実は、俺自身どうするのが正解なのか分からないのです。ただひとつ、アルテミアは『自分はシンコだから』と幼少期から全てを諦め、受け入れてきました。来月、十六歳の誕生日を迎えたら、あの子は四十も年の離れた下級貴族に後妻として嫁ぐことが決まっています。もちろん、アルテミア自身も了承した結婚話です。ですが、いくらまともな縁談がないからといって、父よりも年上の男に望んで嫁ぎたい娘がいるでしょうか」


 これには、幼いチナよりもセリシアが大きく反応した。声こそ出さなかったが、彼女は眉間に深く皺を刻み、堪えるように膝の上で両手をきつく握り締めた。


「アルテミアが望めば、俺は両親に破門されたっていい。なんとしたって、この縁談を破談にしてみせます。……ですが、俺が何度尋ねてもあの子は、決して心の内を明かしません。『私には若さしかないのだから、もらってくれる人がいるうちに』などと冗談混じりに笑っていますが、そんなのはこの家に残ることで将来領主を継ぐマーリンの負担になることを恐れての発言だと分かりきっています。なんとなくですが、あなた方にならアルテミアは心を開くのではないかと、そんな気がしています。現時点で俺が望むのは、あの子と腹を割って話をしてもらいたいと、この一点です。その上でアルテミアがどんな結論を下すのか、それはあの子次第です」


 真っ直ぐに俺を見返して、カエサルはこんなふうに締めくくった。


 ……正直な男だ。


「塔に鍵などは?」


 カエサルはこの質問に、首を横に振る。


「そうか。すぐに向かいたいところだが……」


「でも、領主様がお茶とお菓子を客間に運ばせるって言ってたよ!」


 チナがニコニコと訴える。その目は期待感にキラキラと輝いており、思わず苦笑が浮かぶ。


 とはいえ、たしかに俺たちが到着早々、客間を不在にしたとあっては大ごとになってしまうか……。


「急を要するものではありませんから、どうかまずはお茶で一服されてください。それに今はまだ日も高く、人目にもつきやすいですし」


「なるほど。では、夕刻あたりに折を見て訪ねてみよう。案内はいらん、場所は分かっているから俺たちだけで十分だ。あまり大人数で動いても、目立つだろうからな」


「お気遣い、感謝いたします」


 ――コンッ、コンッ。


 カエサルが俺たちに深々と頭を下げて席を立つのと同時に、扉が外から叩かれた。彼と入れ替わるように茶道具一式を手にした使用人たちが入室し、卓に香り立つ紅色の紅茶と溢れんばかりの菓子を並べはじめた。


 給仕を断った三人だけの茶会は、肩肘張らない楽しいものだった。


 俺たちは紅茶と多種多様な菓子に舌鼓を打ちながら、久しぶりに寛いだ時間を満喫した。


 そうして卓の上の皿が粗方空になり窓の外を一瞥した俺は、カップに残っていた最後のひと口を飲み干すと、カップをトンッとソーサーに置いた。


「さて、そろそろ行ってみるか」


「うん」


「はい」


 俺がスッと腰を浮かせれば、チナとセリシアも揃ってカップを置いて席を立った。



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