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第30話


 ……ほう、古い時代の監視塔か。


 前方に仰ぎ見る領主の屋敷は重厚な石造りで、ひと目でかなりの年代物としれた。しかも屋敷の裏手には、これまたかなり年季が入った監視塔まで残っていた。


「今の時代に監視塔を残したままにしているとは珍しい」


 十五年前に国家主導で領境を明確に定め、登記を行って領地とそこからの税収管理をするようになってから、近隣領との小競り合いは劇的に減った。それに伴い、近隣領の監視を目的にした通称監視塔は不要となり、取り壊す領がほとんどだった。


「……あ、いや。そうですね、たしかに少し珍しいかもしれませんね……」


 なぜかカエサルは、物凄く歯切れ悪く答えた。


「さ、さぁ! こちらからお入りくださいませ!」


 そうして柵で囲われた果樹園の入り口に差し掛かったのをこれ幸いというように、俺たちを中へ招き入れた。


 カエサルの挙動を若干訝しみながらも、この時はさほど気にせず案内されるまま果樹園を進んでいった。


 果樹の間を突っ切って屋敷の庭に出れば、玄関は目前だった。


 先導していたカエサルは玄関に立つふたつの人影を認めるや、驚きの声をあげた。


「あ、あちらにおられるのが領主ご夫妻でございます」


 通常、領主夫妻が自ら玄関先に立って客人を出迎えることは稀だ。そのことからも、セリシアに対する期待の大きさが窺えた。


「おお、あなたが聖女様ですな! 姿絵で拝見したとおり、なんとも神秘的な佇まいでいらっしゃる!」


 姿絵などで事前に情報を得ていた領主は、手放しでセリシアを誉めそやした。


「本当に、シンコというのが信じられないほどお美しくて……いえ。聖女様は本来、ウノとして生まれるべきところ、神様の手違いでシンコとして生まれついてしまったというだけね。天はちゃんと見ていて、本来のあなたに相応しい力を開花させたのだわ!」


「そうだな! 儂も聖女様がシンコと聞いた時は大層驚きましたが、聖女様だけは既存の物差しでは測ってはならんのだ。属性すら凌駕した稀有な存在であられる!」


「え……」


 興奮気味にまくし立てる夫妻の勢いに、セリシアはすっかり押されてしまっていた。


「あら、あなた。いつまでも聖女様を玄関に立たせていては失礼ですわ。まずは応接間にてウェルカムティーでひと息ついていただきませんと」


「おぉおぉ、そうじゃったな! ささっ、聖女様。どうぞお入りくださいませ。詳しい話は、そちらで」


 ……治療を乞う立場でありながら姦しくまくし立て、人の話をまったく聞かぬ唯我独尊の様は、まさに高位貴族といったところか。俺はやれやれと若干の呆れを滲ませて夫婦を見つめていた。


 その時、セリシアの後ろに続く俺とチナに、はじめて領主が目を向けた。どうやら領主は、興奮のあまりここまで俺たちの存在に気づいていなかったらしい。


「ん? その者らは……」


 胡乱気に俺の頭から舐めるように見下ろしていき、左手の甲に目を留めた瞬間、領主はビクリと肩を跳ねさせて叫んだ。


「っ!! そなた、下賤なセイスか!! 連れの小娘もシンコではないか……! なぜセイスがここにいる!? セイスの分際で儂の敷居を跨ごうなど――」


「お待ちください! こちらのセイさんとチナツちゃんは私の連れで、恩人でもあります! このふたりが屋敷に上がることを許されないのなら、私もお屋敷に上がることはできません」


「な、なんと……セイスのこの者が恩人と? それは、正気でおっしゃっているのですか……」


「もちろん正気です! 重ねてになりますが、ふたりに退去を求めるのなら、私もこの場を去らせていただきます」


 凛と背筋を伸ばし、一歩も譲らずに言い放つセリシアに、領主は引き結んだ口の端をヒクヒクと震わせながらも即座に頭を下げた。


「と、とんでもない。聖女様の恩人とは露知らず、ご無礼をお許しください。もちろん、皆様ご一緒にお入りいただいてかまいません。ですので、なにとぞ聖女様には息子の治療をお願いしたく」


 ……ほう。頭でっかちのウノの高位貴族が、息子の治療のためとはいえ俺たちに頭を下げたか。


 領主の頭頂部を見るともなしに眺めながら、ふと横に立ったカエサルがひどく落ち着かない様子で俺たちを交互に見ているのに気づき、少し不思議に思った。


 ……領主の行動に罪悪感でも覚えているのだろうか。護衛部隊の隊長というだけでこの家の者でもないのに、随分と義理堅いことだ。


「領主様、頭を上げてください。もちろん、息子さんの治療もさせていただきます」


「ありがとうございます!」


「それから、どうか私のことはセリシアとお呼びください」


「承知いたしました、セリシア様。で、ではどうぞ皆様、お入りくださいませ」


 ひと悶着あったものの、俺とチナもセリシアに続いて屋敷に上がる。


 その際、カエサルが俺の耳もとで「父が大変失礼を申しました」と低く謝罪を口にした。


 ……父? なにかの聞き間違えか?


 先ほどの失態を取り戻そうとでもするようにセリシアの左右を固め、歓待するのに必死の領主夫妻は、後ろの俺たちなど気にも留めていなかった。


 そんな領主夫妻を余所に、カエサルは聞き間違いかと訝しむ俺に苦笑して、ウェール領主一家の秘密をそっと打ち明けた。


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