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第3話


「申し訳ありません。自分はこの後、装備の磨き直しと夕食の支度、どちらを先にすればよろしいですか?」


 俺は自分自身に言い聞かせ、喉元まで出かかった悪態を呑み込むと、平静を装って今後の作業順序について問う。


「っ、飯はお前が作れ!」


 淡々とした態度の俺に、アレックは真っ赤な顔で叫ぶ。


 ギルドでパーティへの同行を決めた時、ひょろりとずんぐりの二人がコソコソと話していた通り、アレックは飯の味に煩い。そしてなんだかんだ言いながら、あの二人が作った物よりも俺の料理を気に入っているらしかった。


 まったくもって、やれやれである。


「承知しました」


「チッ!! この出来損ないのセイスが! ……ハッ、お前の両親が死んだのも当然だな!」


「それはどういう意味ですか?」


 アレックの捨て台詞の中に出てきた両親の名に、気付いた時には声が出てしまっていた。


「そんなのも分からないとは、やはりお前はクズだ」


 アレックがピタリと足を止め、俺を振り返る。ふたりの目線がぶつかった。


 奴の口もとがニンマリと弧を描き、目が蛇のように細くなる。


 ぞわりと身の毛が逆立つような、厭らしい笑みだった。俺は奴の薄い唇が開かれるのをスローモーションみたいに見つめていた。


「セイスのお前なんかをこの世に生み出したから、バチがあたって死んだに決まってんだろうが」


 耳にした瞬間、目の前が怒りで真っ赤に染まる。脳内には、キーンという反響音が響いていた。


「……ふざけるな」


 口内で呟き、両の拳を握りしめる。噛みしめた奥歯は、ギリギリと軋みをあげた。


「なんだぁ、聞こえねえなぁ? セイスのクズがなんか言ってるぜ」


 俺自身への侮辱や嫌がらせはいくらだって耐えられた。だが、我慢はもう限界だった。


「お前に――」


 ――ドドーッン! ガラガラガラ!


「うわぁああ!」


「きゃああ!」


 両親を侮辱され耐えかねた俺が口を開くのと同時に、なにかが壊れ、崩れるような大きな音と悲鳴が周囲に響き渡る。


 なんだ!? 音のあがった方向を見ると、立ち上る土煙の奥に禍々しい光を放つ黒い巨体が咆哮をあげていた。


 あの黒い巨体は……次元獣だ!!


 次元獣を認め、緊張が走り抜ける。


「勇者様!! お助けください!」


 その時、俺たちの元に初老の男が慌てた様子で駆け込んできた。


 俺とアレック、近くにいたパーティのメンバーも一斉に男に視線を向けた。


「見ての通り次元獣が現れて……、私はこの町の町長をしております。礼金は言い値で用意をさせていただきます! どうか町を次元獣から助けてください!」


「だ、だが……」


 町長は必死の形相で助けを求めるが、対するアレックの歯切れは悪い。


 その間も、次元獣は恐ろしげな咆哮と共に尾っぽを振り回す。尾っぽのひと振りで二階建ての屋敷が粉砕し、ガラガラと崩れ落ちていくのがここからも見て取れた。


「っ、勇者様! これ以上次元獣に踏み荒らされては町がひとたまりもありません! どうかお助けを……!」


 なんてことだ! 尾っぽのひと振りで二階建ての住居を粉々にしてしまうとは……!


 大きさもさることながら尋常ではない威力だ。もはや一刻の猶予もない!


 俺は慌ててアレック以下、面々の装備を準備するべく踏み出した。ところが、肝心のアレックはまったく動こうとしない。


「アレック様!? 次元獣を倒しに行かないのですか? 早く行かねば被害が拡大してしまいます!」


 先ほどの怒りは一旦脇に置き、アレックに発破をかける。


「勇者様、どうかお早く! 町が壊滅させられてしまいます!」


「……助けてやりたいのはやまやまだが、俺たちは次の街で外せない約束がある」


 俺と町長が急かすと、アレックはバツが悪そうに視線を横に逸らし、早口に告げた。


「え!? そんな約束……いえ、今はどんな用事よりも次元獣討伐を優先すべきです! 事は人命に関わります!」


 そんな約束があるなど、俺はひと言も聞いていなかった。


 ともあれ、この状況下でなにより優先すべきは、次元獣を一刻も早く倒し、町の被害を最小限に抑えること。それこそが冒険者たるものの使命だ。


「アレック様、こちらを!」


 俺は渋るアレックに向かって愛用の武器・真空の剣を掴み上げて突き出した。俺はこの一週間、アレックたちがいつ次元獣と出くわしても最高の状態で戦えるように、祖父から引き継いだ技で精魂込めて武具の手入れをしてきた。


 この剣も、俺がパーティに来た一週間前には刃こぼれができて、お世辞にもいい状態ではなかった。それが今は、連日の手入れによって輝きを取り戻している。


 これなら次元獣との戦闘でも、最大限の力を発揮できるはずだ。


「……煩い! 二度言わせるな! 其方らの町など知ったことか!」


 なっ!? あろうことか、アレックは剣を差し出す俺の腕ごと振り払い、町長にも背中を向けてしまう。


「ゆ、勇者様……!?」


「アレック! 彼らを見捨てるのか!? 次の約束などないではないか! これだけの装備と武具を備えていれば、大型次元獣にも打ち勝つことは可能だ! 砦となるべき勇者が逃げてしまっては、町民はどうしたらいいのだ!?」


 追い縋って声を張れば、アレックが憎々しげに俺を睨みつける。その表情は憤怒に歪み、唇は怒りに戦慄いていた。


「ふざけるなこのクソが!! セイスのお前が俺を呼び捨てにするとは、どういうつもりだ!?」


「ッ、グァッッ!!」


 アレックが拳を突き出し、俺の顔面に直撃する。俺は力を殺せぬまま、後ろに吹っ飛んだ。


 後ろの支柱にしたたかに頭をぶつけ、意識が飛びかける。そうこうしている内にも、アレックは容赦なく俺に馬乗りになって、上から力任せに拳を振り下ろす。


「セイスのお前を引き入れてやった恩を踏みにじりやがって! 俺を誰だと思っている!?」


「ゥ、グァッ!!」


「風の筆頭侯爵が子息、アレック・ヴェルビント様だぞ!」


「ァガッ!!」


 口の中が切れ、むわっと漂う鉄臭い匂いに噎せそうになった。


「気に食わねえんだよ! セイスのくせにいつもいつも、偉そうに口答えしやがって!!」


 殴られ過ぎて意識がもうろうとしてくる。


 なにかに取り付かれたように俺を殴り続けるアレックを、なす術なくぼんやりと見つめる。常軌を逸したその姿から、勇者の面影は欠片も見つけ出せなかった。


 ……あぁ、こいつは既に勇者ですらない。期待するだけ、無駄なのだ。


 さっきは一瞬だけ『しまった、言い過ぎたか』とも思ったが、どんなに俺が説得したところで、このプライドが高いだけの臆病者が大型次元獣の元に向かうことはないと諦めもついた。


 アレックは気が済むだけ殴った後、血で汚れ、顔中が腫れあがった俺から退いた。


「お前は追放だ!!」


 アレックは最後に俺の腹を蹴り飛ばすと、悪鬼のような形相で地団太を踏み、ツバを散らしながらまくし立てた。


 あんなに入りたかったはずの冒険者のパーティ。しかしパーティから追放を言い渡されても、俺に後悔や未練といった感情は皆無だった。


 ……こんなパーティは、俺の方から願い下げだ。


「セイスのクズが二度と俺に顔を見せるな! ……お前たち、さっさと支度をしろ! 次の街に向かう!」


 アレックは俺に吐き捨てると、俺以外の面々に指示をする。


「ちょっと、アレック~」


「あんっ。アレックったら、待って!」


「わわわっ、荷物がまだ……」


「お、おい。そっちは俺が持つ。お前はあっちのを持ってくれ」


 パーティのメンバーは俺と町長をその場に残し、取る物もとりあえず慌ただしくアレックの後に続いた。


 ……今はアレックの生家も権勢を揮い、奴自身プラチナのエンブレムを誇らしげに掲げている。しかし、真の実力が伴わぬ勇者の末路など知れている。


「君! 大丈夫かね!?」


「……っ、はい。俺なら平気です」


 俺に駆け寄り、心配そうに尋ねてくる町長に、なんとか答えを返す。


「そうか。情けない勇者もいたものだ。しかし、このままでは町が……。あぁ、どうしたらいいんだ」


「町長! たぶんこの近くに別の勇者のパーティがいると思う!」


 俺は痛みを堪えて起き上がると、力なく項垂れる町長の肩を叩いて告げた。


 おそらく、近くにアレックが悶着を起こしたであろう、別の勇者のパーティがいるはずだ……!


「そうなのか!?」


「俺、探してくるよ!」


 言うが早いか、俺は一目散に駆け出した。勇者らを探して飛び出した直後、俺は幸運にもそのパーティと行き合うこちができた。


 俺は彼らに事情を説明して助けを求めた。話を聞いた勇者らは一も二もなく頷いて町長の先導で町へと駆けていく。


 後に続こうとする俺に、そのパーティの勇者は「君は来るな! セイスの君が来ても足手まといにしかならん!」と言い放った。


 真っ当すぎる発言に、俺は返す言葉もなく足を止め、ひとりその場にとどまった。


「……俺は無力だな」


 ポツリと零した独り言は聞く者なく、広い空に溶けた。


 同時に、俺は理解していた。


 俺はずっと次元獣を倒すため、パーティへの所属にこだわってきた。しかし、力量が伴わぬのに無理矢理パーティに所属することに意味はないのだ。


 結局、俺は故郷の村に戻った。道中、風の噂で勇者の活躍によって町がギリギリで壊滅を免れたことを知った。


 その事実は、俺の心をほんの少し明るくした。


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