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第29話


 宿を発って一週間が経った。


 移動手段に馬を用いたことで、俺たちの進行スピードは各段に速まっていた。


 しかし、噂話というのもまた馬脚にも劣らぬ速度で広まっていくことを、俺は驚きを持って体感していた。


「どこもセリシアお姉ちゃんの話題で持ちきりね」


 チナも、道行く先々から聞こえてくる真の聖女に関する話題に驚きを隠せない様子で、手綱を握る俺の両腕の間から呟く。


「ええ、まさか私の姿絵まで出回っているなんて。……正直、少し恐ろしさも感じてしまいます」


 並走するセリシアは戸惑い混じりに答えた。


「富権力に関わらず、民草を無償で癒した。このインパクトは、どうやら俺たちが考える以上に大きかったようだ」


 ひとまずギルドのある大きな町を目指していた俺たちだったが、予想外に知れ渡った真の聖女の噂によって迂回を余儀なくされていた。セリシアの再生快癒の奇跡を求め、多くの人がやって来たためだ。


 実は、宿を出発した直後に、セリシアはひとりの赤ん坊に再生快癒を施している。俺たちの足取りを追い、真っ先に助けを求めてきただけあって症状が重篤だったこともあり、その場で母親の腕に抱かれた赤ん坊を治療した。


 すると、目にした人々がほんの小さな切り傷や風邪症状の治療を求めて列成してしまったのだ。


 それ以降、俺たちはできる限り人の往来を避けて進み、夜も宿への宿泊をせずに野宿で過ごしていた。道中にふたつあったギルドを有する町にも立ち寄らず、今に至る。


 蛇足だが一週間の移動中、二回ほど次元獣と遭遇したが、どちらも小型だったため難無く討伐を果たしている。別次元に収納しているため急ぎではないが、こちらもギルドに行き次第換金しておきたかった。


「……そのようです。この調子だと隣町のギルドにも立ち寄るのは難しそうですね。……すみません」


 先ほども、街外れで農夫らが畑仕事をしながら真の聖女についてああでもない、こうでもないと話しているのを耳にしたばかり。


 セリシアの言うように、次のギルドも避けるのが無難だろう。


 ちなみに、現在、俺たちがいるのは地方有数の大都市・ウェールの街の外れ。ウェール領主の直轄地でもあるこの街は、王都オルベルに肩を並べるほど栄えている。そうしてウェール家といえば数代前には王家の姫も降嫁し、オルベルにも名を馳せる名門中の名門でもある。


 ただし、この街が近隣の町村と比べて突出して豊かなのは、次元獣の襲来がないことも理由のひとつなのだと、今の俺は認識していた。事実、ウェールの街から西に進んだ先にある隣町は、町民一丸となって綿栽培から機織りまでを行う織物の町として有名な町だが、度重なる次元獣出現への対策・守備隊の雇用などで財政は破綻寸前なのだという。


「なに、セリシアが謝ることはない。織物の町でなくとも、全土にギルドはある。また次に進めばいいだけのことだ。むしろ、君の力がそれだけ得難い力だということだ、誇っていい」


「セイさん……」


 セリシアは感じ入ったように目を細め、馬上の俺を横から見つめていた。


「さて、そうと決まれば進路を少し南に変えるぞ。たしか、西南に進んだ先にもギルドを有する町があったはずだ」


 緩めていた馬脚を上げようと、手綱を引こうとしたその時――。


「もし! お待ちくださいませ!!」


 背ろから制止の声をかけられた。


 振り返ると、揃いの隊服に身を包んだ騎馬の一個隊が列を成していた。


「何用だ?」


 俺の誰何に隊列の中央でリーダーと思しき男が無駄のない所作で馬から下り、俺の……いや、俺の隣のセリシアの前まで進み出た。


「突然のご無礼をお許しください。私はウェール領主付きの護衛部隊長・カエサルと申します。この度は、我が主の願いを聞き入れていただきたく、参った次第です。そちらにおわすのは、奇跡の治癒能力を持ち、真の聖女と謳われるセリシア様とお見受けいたします。どうか不治の病に苦しむ領主様の末のご子息をお助けくださいませ! 薬師らに匙を投げられ、この上は聖女様だけが頼りでございます! なにとぞ、お願いいたします!」


 カエサルはセリシアに向かい、頭を下げて懇願した。


「……不治の病?」


「左様でございます! 七歳の末のご子息・マーリン様は生まれつき心臓の機能が弱く、成長と共に症状は悪化の一途を辿っております。薬師にはもういくらも生きられないだろうと言われております。しかし、マーリン様はこの瞬間も生きようと必死なのです。ご自身が切れ切れの苦しい呼吸を繰り返しているというのに、枕辺で泣き明かす両親を、逆に『大丈夫だ』と力づけておられます」


 セリシアがカエサルの語った一語に反応し反復すれば、彼はさらに言葉を重ねた。


 馬上のセリシアが、手綱を握る拳をギュッと握り締める。そうしてセリシアは、ゆっくりと隣の俺に首を巡らせた。


 セリシアと俺の目線がぶつかる。


「セイさん……」


 その眼差しの強さに、俺は彼女がみなまで言う前に大きく頷いた。


「領主の屋敷に立ち寄っていこう」


「ありがとうございます! ……カエサルさん、領主様のお屋敷に案内してください」


 セリシアは俺に感謝を告げ、カエサルに向き直った。


「おお!! 領主様もお喜びになります! 聖女様、ありがとう存じます」


「あの、私のことはセリシアとお呼びください。それから、注目を集めるのは避けたく、お屋敷までできるだけ人目に付かずに移動をしたいのですが」


「承知いたしました、セリシア様。屋敷は敷地南にある果樹園と庭で繋がっております、そちらからまいりましょう。こちらでございます」


 カエサルは素早く馬に跨り、俺たちの一歩前へと進み出る。


「ねぇねぇ隊長さん、領主様のお屋敷には大きなお風呂、ある?」


「はい! ここウェール領には源泉が湧いており、屋敷には専用の温泉と温水プールがございます。皆さまで使っていただけるよう、主に伝えましょう」


 チナが馬上から聞けば、カエサルが答えた。


「本当!? やったぁ!」


 俺たちは行き先を領主の屋敷に変更し、先導するカエサルに続いた。


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