第28話
「新魔創生……?」
耳慣れない単語に、セリシアとチナが首を捻りながらたどたどしく反復する。
「複数の魔力を掛け合わせ、既存の六属性とは別の新たな魔力を生み出すことだ。俺の次元操作、チナの錬金術、そしてセリシアの再生快癒は全てこれに相当する。この新魔力の存在こそ、聖魔法教会が世に伏せておきたいタブーなのだ」
「けれど、より大きな魔力を得ることは、次元獣などの被害抑制にも繋がる慶事ではありませんか? どうしてこれが、秘しておきたいタブーなのでしょう」
「うん! わたしもお兄ちゃんの次元操作で次元獣から助けてもらったもの! みんなのためになる力だわ!」
「社会全体でみれば、たしかに有益となろう。だが、国内外に最強の魔力保有を謳い、階級ピラミッドの頂点で胡坐をかくウノの教会幹部たちはそうは考えなかった」
俺の言葉で二人はピンときたようだった。
「これが明るみになれば、単一属性のウノをピラミッドの頂点とする階級社会が覆る。しかも、教会の有する特権が脆くも崩れるだけでなく、最下層と蔑んできたセイスが最強の力を有するのだ。教会としては、この秘密を知った両親をなんとしても葬り去る必要があったのだろう」
「……そんなの、ひどすぎる」
目に涙を溜め、唇を噛みしめるチナの頭をポンポンッと撫でて慰める。
「セイさんは、どのようにこの事実を知ったのですか?」
「両親が残した日記からだ。両親は共にトレスだったが、たまたまふたりで六属性が揃う組み合わせだった。死亡の前夜に父の筆で綴られた【明日、再び六属性の新魔創生に挑む。大分感覚は掴めてきている。きっと明日こそ成功する――】という一文が、日記の最後だった。新魔創生の実証実験の成功を確信しながらも、両親は万が一の事態もまた想定していたのかもしれない。彼らの日記は、単なる日常の記録というには不可解なほど詳細だった」
「下働きとして長く教会にいましたから、私も魔導士たちのある種異様なほどの特権意識はよく知っています。彼らの特権意識は凄まじく、そして、それを侵されることにはひどく敏感です。彼らなら、やりかねない。……いえ、彼らは間違いなくやったのでしょう。けれど、魔力によって民草の生活をよりよく導くのが、本来の教会の在り様です。これでは教会の存在意義とはなんなのでしょう……」
セリシアは膝上で拳を握りしめて、やるせなさを滲ませる。
「……ねぇお兄ちゃん、わたし、なんだがスッキリした」
俯いていたチナが、顔をあげてこんな台詞を口にした。
「孤児院ではずっと、先生たちから『教会のおかげで私たちの生活が成り立っている。教会への感謝を忘れるな』って言われてきたの。だけど、たまに視察にやって来る教会の人たちは態度も横柄で怖かった。孤児院がいっとう大切に預かっていたウノの子も、シンコのわたしを特にバカにしていじわるばかりしてきた」
チナは真っ直ぐに俺を見つめ、更に言葉を続ける。
「そんな教会っていらないよね!? 偉ぶって、肝心の魔力だって貧しい人たちには出し渋って。その上、ずっと見下してきた属性数を多く持つ人たちがもっと強い魔力を使えるとなったらそれを隠して。……そんな教会、わたしはいらない!」
チナの率直な物言いに、思わず目を瞠る。
……なるほど。教会がいらない、か。
俺はこれまで両親の仇を取ることを目標にしており、その達成後について具体的に考えたことはなかったが……。
たしかに、腐敗しきった今の教会組織はチナの言うように失くしてしまってもいいのかもしれん。そうして、真に社会のためを思い、魔力の研鑽と研究に励む魔導士らによる新しい組織として作り直す――。
「チナ、やはりお前は賢い」
「え?」
「未来の展望は明るいぞ」
「わわわっ!?」
水色の髪をワシャワシャとかき混ぜながら白い歯をこぼす俺を、チナはもちろんセリシアも不思議そうに見つめていた。
ここで一旦会話は途切れ、俺たちは少し冷めてしまった夕食を口に運んだ。
「あの、ひとつお伝えしておきたいことが」
粗方食べ終えたタイミングで、思い出したようにセリシアが声をあげた。
「教会の中にもまた、階級のピラミッドは存在します。教会の頂点にいるのは、ご存知の通り教祖様です。しかし、教祖様の上にもっと強力な権力者が存在するのかもしれません」
「もしかして、それは『デラ様』か?」
「ご存知なのですか!?」
「いや、分かっているのは名前だけだ。それが何者かは分らん。もし、君がデラについて知っているなら教えてほしい」
加護と同様に、デラについても、両親の日記に記載はなかった。
教会所属とはいえ、両親は下級魔導士だ。それらについて知る立場になかったのか。あるいは、当時はまだ加護もデラも存在しなかったのか。幾度となく考えを巡らせてきたが、いまだ答えには行き着けていない。
「いえ、私も詳細については分からないのです。ただ、イライザ様のことを聖女様とお呼びするようになったのは、イライザ様が治癒の力を備えてからのことで、比較的最近のことなんです」
「それについては夕食に招かれた時に、イライザ本人から治癒の力は生まれつきのものではないと聞いている」
「そうでしたか。シンコの私は下働き、イライザ様は魔導士候補と立場は違いましたが、共に両親を亡くし同時期にグルンガ地方教会に引き取られました。当時のイライザ様は私にも親切で、身の回りの品を何も持たない私に自身のリボンを譲ってくれたこともあったんです……。ただ、治癒に関しては今のような力はなく光属性の魔力を注ぎ回復力の促進を図るのがせいぜいでした。ところが十五歳になったばかりのある日、教会長と共にオルベルの聖魔法教会を訪問したイライザ様は、現在の治癒の力を備えて帰ってきました。この時からイライザ様は、別人のように変わりました」
俺は、イライザがセリシアに暴力を揮っているのを実際に目にしている。そのイライザが『親切だった』というのは、にわかには信じられなかった。
「意外ですよね。ですが実際に、それまでイライザ様はウノである事実を誇りにはしていましたが、特権意識はさほどお強くなかったのです。少なくとも、シンコを理由に私を蔑むようなことはありませんでした。それが、オルベルの聖魔法教会から戻って以降は事ある毎に私がシンコという事実を嘲笑するようになりました」
「イライザがオルベルの聖魔法教会で『デラ』から祝福を受け、治癒の力を授かったことで特権意識に目覚めたのは間違いないな。……だが、見方を変えればデラ一味としても強大な力を授けることはリスクだ。だから、勝手な使い方をされぬよう、徹底した意識改革を施したと考えるのが妥当だろう」
「ふーん。でも、あの聖女様、高笑いでセリシアお姉ちゃんを叩いていたよ?」
「……まぁ、そうだな。教会の意識改革に加え、彼女がもともと苛烈な性質を持ち合わせていたのは否定できんな」
チナの率直かつ的確な指摘に、反論の余地なく頷く。
「よし、明日も早い。そろそろ休むとするか」
こうして、この日は夕食を終えるとそれぞれ客間に戻り、明日に備えて早々に床についた。




