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第24話


 その直後、玄関から大量の荷物を抱えたセリシアが転がるように飛び出してくる。


「ウッズおじさん! しっかりしてください」


「セリシア……」


 セリシアは男と顔見知りのようで、一直線に地面に力なく膝を突いて項垂れる男の元に向かった。


「お気持ちはわかります。しかし、今は肩を落としている場合ではありません!」


 腕をグッと取ると、セリシアはその目を真っ直ぐに見つめて叱咤する。


「大至急、負傷者の元に案内してください! こうしている間にも、患者さんはやけどで苦しんでいます。聖女様がいなくとも、今ある人手と薬でできる限りの処置をしましょう!」


 セリシアの言葉を受け、男……ウッズはハッとしたように目を見開いた。


「そうだなセリシア、あんたの言う通りだ! 火事は……負傷者はこっちだ!!」


 ウッズはスックと立ち上がり、先頭になって駆け出した。セリシアもそれに続く。


「俺も行こう! セリシア、荷物をこちらに!」


「待てセリシア、勝手は許さんぞ! ……セイ様も、どうかお戻りください!」


 セリシアが抱えた大量の荷物を取り上げると、背中に掛かるフレンネルの制止を無視して門を飛び出した。




 ウッズは教会を出てすぐに、大通りを曲がり細い横道に入った。


「あそこです!」


「あの煙か……!」


 ウッズが示したのは、昨日、セリシアが少年の治療をしてやっていた場所の近くだった。既に火は消し止められていたが、隣接する三軒ほどが黒焦げになっており、いまだ煙を燻らせていた。


 火元は三軒の真ん中に建つ木造家屋のようだった。


「……この匂い、油か?」


「料理屋の揚げ油に、火が回っちまったんです! 料理屋の夫婦と、仕込みを手伝ってたうちの家内が大やけどを負ってます。他にも、何人かがやけどを……!」


 俺の問いにウッズが涙ながらに答えた。


「ウッズ!」


 その時、人だかりの中にいた女性が俺たちの姿を認め声をあげた。


「すまん、やはり聖女様は来てはくれなかった。だが、代わりにセリシアが――」


「そんなんはいい、それより早くこっちへ! あんたの奥さんが、ずっとうわ言であんたを呼んでる!」


 女性はウッズの言葉を割って、叫ぶように口にした。


「なんだって!」


 ウッズが転がるように走りだす。俺もウッズに続き、女性が手招きする方へ走っていく。


「……っ!」


 隣のセリシアが息を呑んだのが気配で分かった。俺も、一瞬呼吸が止まった。


 それくらい目の前には、厳しい現実が広がっていた。


「メアリ……! しっかりしろ!!」


 道端に敷かれた毛布の上に、数人の負傷者が寝かされていた。ウッズが真っ直ぐに駆け寄ったのは、負傷者の中でも特段重篤な女性のところ。ウッズは必死で呼びかけるが、女性はもう苦し気な息を漏らすばかりでまともな言葉を紡がない。


 瞼にもやけどを負っていて、その瞳が開かれることもない。


 他の負傷者の枕辺でも、同じような光景がみられた。料理屋の主人と思しき男に、老婆が縋って泣いていた。


 俺はその光景を食い入るように眺めながら、踏み出すことができなかった。


 ……セリシアの調薬は、間違いなく効き目がいい。しかし、軟膏と湿布薬では、死に瀕した重度熱傷者の救命には役立たない。


 迫りくる死の足音に、人々は絶望していた。俺もなす術なく腕に抱えた荷物を握り締め、無力感にギリギリと奥歯を噛みしめた。


 その時、ウッズの呼びかけに答えるように、メアリの指がピクリと動く。


「メアリ!」


「あぁ。……あな……た。最期に会えて、よかっ……」


 掠れ掠れにメアリが声を発するが、最後まで言い切る前に言葉は不明瞭に途切れる。彼女の命の灯が、今まさに消えゆかんとしていた。


「っ、逝かないでくれ!」


 ウッズが悲痛に叫び、周囲からはすすり泣く声があがった。


「どうか俺ひとり置いて逝ってくれるな……なぁ、メアリ?」


 ウッズの眦から零れた涙が、頬を伝ってパタンとメアリの額に落ちる。


「……もう、諦めろ」


 人の輪の中から老婆が一歩進み出て、ポツリと口にする。


 皆の視線が老婆に集まる。老婆の手には、握りこぶしほどのサイズの瓶が握られていた。


「これだけのやけどを負って、聖女様にも見捨てられ、もう全員助かりゃしない。ここにいる負傷者は皆、これが寿命だったんだ。……やけどで死んでいくのは大変な苦痛だよ。せめてこれ以上苦しまぬよう、ひと思いにあの世に送ってやるのが人の情けってもんだ」


 老婆の言葉に周囲はシンッと静まり返り、負傷者の苦し気な呼吸音だけが響いていた。


 老婆は、手前に横たえられていた重傷者の夫人の元に行くとしゃがみ込んで、瓶の中身を飲ませようと口を開く。


「おい、なにをしている!?」


 老婆が明確な意思を持って、夫人の命を絶とうとしているのは明らかだ。それなのに声をあげたのは俺だけで、夫人の親族と思しき者達は老婆のなすがまま止めようとはしない。


「やめるんだ!」


「……死なせない!」


 俺が老婆の腕を取るのと、セリシアが鋭く言い放つのは同時だった。


「これが寿命だなんて、そんなことない! 私が皆を死なせない……!」


 振り返ると、セリシアが全身に光の粉を纏わせてキラキラと発光していた。


 これは、光の魔力か!? それも通常の魔力の放出ではあり得ない、……まさか新魔創生をなし得たか!!


「どうか助かって……!」


 セリシアは横たわる重傷者らの前へ進み出て、固く両手を組み合わせる。直後、彼女の全身を包む光がふわりと広がる。全員が固唾を呑んで、セリシアの一挙手一投足を見守った。


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