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第23話


 ……イライザが口にしかけた『デラ様』というのは何者だ?


 あの口振りだと『祝福』というのによって治癒の能力が発現したかのようだ。


 頭の中で考えを巡らせながら客間に戻り、扉を閉める。


 扉が完全に閉まり切ったところで、チナが俺の袖を引いた。


「どうした?」


「お兄ちゃん、私、孤児院にいた時に『デラ様』って聞いたことがある」


「なんだって! それはいつだ? 詳しく教えてくれ」


 チナの口からその名前が飛び出したことに驚きは隠せない。


「聞いたのは、二週間くらい前よ。うちの孤児院には一人だけウノの子がいたんだけど、その子はウノの中でも比較的強い闇の魔力を持っていたみたいなの。その子の近況を確認しに、定期的に教会の人が来てた。その日は珍しく二人組でやって来ていて、院長との面会を終えて門を出た後『あの様子なら、問題なくデラ様の祝福を受ける器となれるだろう』って話しながら帰っていった」


 ……器? なるほど。ここの聖女もその器に選ばれ、デラ様の祝福によって癒しの魔力を発現させるに至ったのだ。


 デラ様というのが何者かは分からんが、後付けで魔力を付加、あるいは、増幅させることのできる存在がいる。そしてそれを可能にするのは、考えるまでもなく人の範疇を超えたなにかだ。


「あ、あとね。『闇の器が見つかってひと安心だ。これで無事に器が全て揃った』って言ってた」


「……チナ、これを俺以外の誰かに話したか?」


「ううん。お兄ちゃんにしか話してないよ」


 最後の器に闇の魔力が注がれた時、いったいなにが起こる? 教会はその六名に、なにをさせようとしている?


「そうか、今後もこの件は絶対に口外してはだめだ。それから、お前がその会話を聞いていたことは、その二人に気づかれていないか?」


「それは大丈夫! たまたま通り沿いの生垣の下で遊んでて聞いたんだけど、二人は気付いた素振りすらなかったもん」


 往来に人がいないことで油断したのだろうが、子供は時に思いもよらない行動を取る。思わぬ場所にいることも、またしかり。


「はははっ。生垣の下か、それはいいところに隠れていたな」


「ふふっ。いいでしょう?」


 その後はチナとたわいもない話をしていたが、彼女が小さくあくびを噛み殺すのを目にし、早々に床についた。健やかなチナの寝息を聞きながら、俺もいつの間にか眠っていた。


◇◇◇


 事件は、翌日の早朝に起こった。


 ――ガシャン。ガシャン。


 ……なんだ? 最初は夢うつつの中で、門戸を叩いていると思しき音を聞いた。


 幾らもせず、音は一旦止んだ。


 ――ガシャン! ガシャンッ!


「そんなっ! お待ちくださいませ! どうかお助け下さい!」


 次いであがった閉ざされた門戸を強く叩く音と悲痛な叫び声で、俺は完全に目覚めた。


 いったいなにごとだ!? 折よく客間は中庭に面し、窓からは正門が見下ろせる。俺は寝台から飛び起きると、大股で窓に向かいカーテンを開け放つ。


 なっ!? 目にした瞬間、即座にただならぬ事態を悟った。東から薄っすらと白み始めた空の下、必死に門を掴んで乞う男の着衣はところどころ焼け焦げ、剥き出しになった肌の一部が熱傷でただれているのが確認できた。


「……ん? お兄ちゃん、なあに?」


「チナ! どうやら街で火災が発生している。俺は行くが、お前はこのまま部屋にいるんだ」


「えっ」


 瞼を擦りながら起き出してきたチナに言い置き、俺はマントを掴んで客間から駆け出した。


「何度言われても同じこと。どんなに懇願されたところで我々に火消しは出来ぬ。他をあたれ」


 玄関の扉を押し開けると、必死の形相で門の格子に縋る訪問者をフレンネルがけんもほろろに追い返そうとしているのが目に飛び込んできた。


「消火作業は街の者が協力しております! そうではなく、お願いしたいのは重傷者の治療でございます!! 現場では家内をはじめ、複数名が大やけどを負って、動かすも出来ぬ状況でございます。今回ばかりはどうか、聖女様の癒しの魔力を使っていただきたいのです!」


「しつこいぞ」


「……っ、聖女様!! そちらで聞いておられるのでしょう! どうか、此度だけはお願いいたします!」


「馬鹿を言うな。聖女様は近隣領主様の腰痛の治療のために発たれるところなのだ。そのように掴んでいては門が開けられんだろうが、さっさとそこを退け!」


 驚くべきことに門と目と鼻の先の庭に、聖女イライザが乗った馬車が停車していた。車窓からは、煩わしそうにそっぽを向く彼女の横顔が見て取れた。


「聖女様! どうか――」


「あぁ、煩い」


 さらに言い募る男に、ついにイライザが口を開いた。


「汚い貧乏人に言葉を許した覚えはない。その上、私に癒しを所望するなどなんという思い上がりか。ドブを這うネズミが一匹や二匹焼け死んだからなんだというのだ? 早くそこをどけ、領主様との約束に遅れたらどうしてくれる」


 しかし、その発言は到底"聖女"が語ったとは思えない、聞くに堪えないものだった。


 男の戦慄く両手が格子から離れ、ガクリと地面に膝を突く。


 門から男が離れたタイミングでフレンネルが即座に門を開き、御者に発車を指示を出す。


「早く馬車をお出ししろ」


「ハッ!」


 御者が馬車を発進させるより一瞬早く、俺は馬車に駆け寄っていき、車窓越しのイライザに声を張った。


「聖女様!」


「あら、セイ様? 申し訳ありません、煩くして起こしてしまいましたわね。まだ朝も早いですわ。もう静かになりましたから、お部屋に戻ってお休みくださいませ」


「私からもお願いいたします。此度ばかりは領主様へは事情を説明し、街の負傷者の治療にあたっていただけませんか。重傷のやけどとなれば、薬師の手には余る。差し出がましくも、腰痛の治療とは違い、事は命に関わります。聖女様のお力がこれほど必要とされる場面はありません」


「まぁ、セイ様までなにをおっしゃっているやら。ここで治療の内容は問題になりませんわ。だって、ネズミと領主様を同じ天秤で量ることがそもそもあり得ませんでしょう。セイ様は前提からして間違っておりますわ。……あら、いけない。時間が押しておりますから、もう行かせていただきますね」


 言うが早いかイライザは御者に発車の合図を送り、あまりの言い草に言葉を失くして立ち尽くす俺の横を颯爽と走り抜けていった。


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