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第20話


 客間に入るや、扉をピタリと閉めきって鍵をかける。


「セリシア、頬を打たれたのだな!? 見せてみろ!」


 すぐにセリシアに向き直り、頤に右手をあててクイッと上を向かせる。


「っ!」


 ふたりの目線が間近に絡むと、セリシアは大仰なほど体をビクンと跳ねさて体を硬直させる。目にした俺は、顎に添えた指の力を緩めた。


 そんなに強く掴んだつもりはなかったが、もしかすると口もとの傷に響いたのかもしれない。


「すまん。傷が痛んだか?」


「い、いえ……っ。大丈夫です! 傷も大したことはありませんので、どうかお気になさらず」


 セリシアは伏し目がちに床へと視線を落とし、早口に言い募る。しかし『大丈夫』という言葉とは裏腹に、上向かせて固定したままの頬はひと目でそれと分かるくらい赤くなっているし、滲んだ血こそ拭い取られていたが口の端に走った傷口は今もしっかりと見て取れる。


「そう深くはなさそうだが、念のためこれを貼っておくといい。……どれ」


「えっ……?」


 俺は荷袋から医療キットを取り出すと、消毒液を含ませた絆創膏を取り出して、手早く彼女の頬に貼る。


 セリシアは驚いたようにパッと目線を上げて、自身の指先でツツツッと口もとに触れる。絆創膏の感触を確認した彼女は、恐縮しきりで頭を下げた。


「すみません! 私などに、畏れ多いことです!」


「やめてくれ。君にそんなふうに畏まった態度を取られると落ち着かない。先ほどは聖女やフレンネルの手前、やむなくあんな横柄な対応をしたが決して本意ではなかった。実を言うと、俺は路地裏で会う前に、小間物屋で君を見ているんだ」


「小間物屋のおじちゃんとおばちゃん、セリシアお姉ちゃんのことすっごく褒めてた! それで本物の聖女様より聖女様に相応しいって言ってたけど、私もそう思う。派手で怖いあの聖女様より、セリシアお姉ちゃんの方がずっと聖女様みたいだもの!」


 ここでチナが嬉々とした声をあげた。耳にしたセリシアはパチパチと目を瞬いて、答えに困った様子だった。


「小間物屋の夫婦から、君が手製の軟膏や湿布薬、果ては咳止めまで調薬していると聞き、一度話をしたいと思ったんだ。それで教会の下働きをしているという君を追って来たわけだが……」


 俺は一旦言葉を途切れさせると、しっかりとセリシアの目を見て再び口を開く。


「なぁセリシア、君はこの教会でずっとこんな扱いを受けているのか? 住み込みの下働きは、賃金などの労働条件で待遇が劣る傾向がある。とはいえ、殴られたり暴言を吐かれたりというのは普通じゃない。待遇改善を申し出て、それで改善が見込めなければ早急に他の働き口を探した方がいい」


「……いえ。教会には両親亡き後、引き取ってもらった恩があります。それに私はシンコですから、働き口は限られます。ここでの扱いが不当とは思いません」


「君さえよければ俺たちと一緒に来ないか。この場ではあえて俺たちの旅の目的については伏せるが、君は薬草の知識とその調薬に造詣が深い。俺たちと共に旅をしながら、その技にもっと磨きをかけていくこともできる」


「とんでもないことです。私の持つ薬剤の知識は今は亡き街の薬師から授かったものが全てで、特段秀でたものではありません。ご一緒しても、足手まといにしかなりません。それに今は、これでも街唯一の薬師を兼ねております。私がいなくなってしまっては、多少なり困る人たちも出てきます。セイ様のお気持ちだけ、ありがたくちょうだいいたします」


 固辞するセリシアを前に、これ以上同行を持ち掛けることはしなかった。


「そうか。もし、気が変わったら言ってくれ。俺たちはいつでも歓迎する。それから、ひとつ確認させてくれ。君は『街の薬師から授かったものが全て』と言ったが、君が調合した薬の効果はその薬師のものと同じか?」


「……少し、効果が強く出ているように感じます。ただ、薬効というのは患者の状態によって変わってきますから、薬がうまく利いたケースがたまたま複数件認められただけです」


「なるほど」


 彼女の弁解は俺を納得させるに足るものではなかったが、セリシアを困らせるのは本意でなく頷くにとどめた。


「もう! セリシアお姉ちゃんてば、ほんとに人がいいんだから」


 チナがぷぅっと頬を膨らませながら零した呟きに、声には出さずとも内心で同意する。


 セリシアはこれに曖昧に微笑んで、腰を屈めてチナと目線の高さを合わせた。


「チナツちゃんはいいわね。私は両親を亡くしてしまったし、もともと一人っ子で兄弟もいなかった。こんなに頼もしいお兄さんがいて、羨ましいわ」


「だったら私もセリシアお姉ちゃんと同じだよ」


「え?」


 セリシアは小さく首を傾げた。


「お兄ちゃん、本当のお兄ちゃんじゃないんだ」


「そうだったの……。『お兄ちゃん』と呼んでいたからてっきり、兄妹なんだと思っていたわ。ごめんなさい、私の勘違いだったわね」


「ううん、全然! 私、お兄ちゃんのこと兄妹とか関係なく大好きだし、兄妹に見えたなら嬉しい!」


「こう見えて、チナと出会ったのも一緒に旅を始めたのもつい最近のことなんだ。だが、なかなかどうして。これが不思議とうまくやれている」


 俺への好意を隠そうとしないチナの素直な言動は好ましく、彼女の水色の頭をクシャリと撫ながら、セリシアに補足する。


「まぁ、とてもそうは見えませんでした。てっきり、おふたりはずっと以前から一緒にいらっしゃるのだとばかり」


「俺たちは共に弾かれ者で、似たもの同士。気が合わないわけがない。そしてそれはセリシア、君にも当て嵌まる」


「おふたりが弾かれ者? それに、私にも……とは一体どういう意味でしょう?」


「君はさっき『シンコだから』と己を卑下した物言いをしていたな。だが、チナツもシンコだ。そして、俺に至ってはセイスだ」


 セリシアは信じられないというように、目を真ん丸に見開いた。


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