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第2話


「なんだって?」


 どうやら俺は、自分が考えていた以上に祖父や村のみんなに守られていたらしい。村を出たことではじめて、俺は自分がどんなに恵まれた環境にいたのかを思い知っていた。


「俺の祖父は、武具や装備の製作や修繕を仕事にしていたんです。祖父には及ばないけど、武具や装備の手入れには自信があります。食事もあり物の材料でなんだって作ります」


「はははっ、面白い坊やだ。たしかに大規模なパーティになると、お前の言うように下働きを連れているところもあるな。とはいえ、その下働きにセイスを使っているパーティは稀だろうがな。……だが坊主、なんだってそんなにパーティへの同行に拘るんだ? 祖父の仕事を手伝っていた方が穏やかに日々を過ごせるだろうに」


「次元獣に殺された両親の仇が取りたいんです」


「仇? ……両親は次元獣にやられたか?」


 俺の言葉にスタッフの表情が引き締まる。


「俺はセイスで魔力はてんで弱いから、直接次元獣を倒すことはできないけど、次元獣を倒す勇者たちを後方から支援することはできます。パーティに所属して、ほんの少しでも次元獣被害に苦しむ人たちのために働きたいんです」


「……ほう、なかなか気骨のある坊やだ。よし、いいだろう。そこまで決意が固いなら、俺が求職願いを貼りだしてやろう」


「本当ですか!?」


「おいおい、喜ぶのはまだ早い。セイスのお前さんを雇いたいパーティが名乗り出るかは別問題だ」


 喜びの声をあげる俺に、スタッフは呆れたように言う。しかし、その声が少しだけ好意的になったように感じるのは、俺の気のせいではないだろう。


「おい、坊主。俺たちが雇ってやってもいいぜ?」


 横から件の勇者・アレックが唐突に告げる。


「……え?」


「ちょっとアレック、あなた本気で言ってるの?」


 女性冒険者の問いかけは、俺が内心で抱いた疑問と同じだった。


「ああ、本気だぜ。ただし、俺の靴を舐めて磨いてみせたらな」


 期待と不安が入り混じった目で見上げる俺に、アレックが酷薄な笑みで言い放つ。


「靴磨きは得意だろう? なぁ、坊主?」


 腕組みし、高笑いするアレックに、周囲がシンッと静まり返る。


 ……ゲスな野郎だ。


 悪趣味な発言に同調して笑う者もあったが、ギルドにひしめく大多数は眉を顰めた。それを見るに、アレックのような奴が冒険者の全てではないのだと知れる。


 冒険者の多くは、民の暮らしを守るため、高い志を持って次元獣と戦っているのだ。


 ほんの一瞬、こんな低俗なパーティに所属することに意義はあるのかと考えた。けれど、アレックが胸につけたプラチナのエンブレムを見て、決意は固まった。


 こんな奴だが、冒険者としては最上位の勇者……。こいつの腕は確かだ。


 俺の目的は、一体でも多く次元獣を倒すこと――。


「アレック様と言いましたね。約束ですよ?」


 俺は満面の笑みで言うと、アレックの足元に屈みこむ。


 こんなのは屁でもない。むしろ、渡りに船とばかりに俺は要求に従った。


 ピチャピチャと靴を舐める俺に、ギルド中の視線が注がれていた。


「コイツ、マジかよ……」


 アレックの上擦った声を聞く。


 若輩のこいつには、死んでもわからないだろう。しかし、プライドで飯は食えない。


 同様に、事を成し遂げるのに、つまらないプライドなど邪魔なだけだ。


 ……さて、こんなものか。


 靴の表面に余さず舌を這わせ、顔を上げる。


「俺をパーティに入れていただけますね?」


「あ? ……あぁ」


 問いかける俺に、なぜかアレックは及び腰で首を縦に振った。


「セイといいます。これからよろしくお願いします」


 スックと立ち上がり、パーティの面々に頭を下げる。


「……えー、マジでぇ」


「うっそ~、信じらんない」


「……でもさ、これでオイラたち、アレック様にあれやこれやと文句を言われながらの飯づくりから解放されるんじゃないか?」


「うん。アレック様は飯には殊更煩かったから、これで俺たちも随分楽になるな。それにアレック様の八つ当たりの矛先も今後は全部アイツに向くぞ」


 俺の同行決定に女性冒険者二人はただただ驚き、ひょろりとずんぐりの二人はコソコソと言葉を交わした後で、概ね好意的に俺を迎え入れた。


 こうして俺は当初の目的通りパーティの一員(ただし、下働き)となって、次元獣退治の旅に繰り出すことになった。


◇◇◇


 アレックのパーティに同行して、一週間が経った。


 元々こき使われるだろうとは想像していたが、やはりここでの扱いは散々なものだった。


 セイスの事実を馬鹿にされ、明らかに無理な作業量を言いつけられた。しかも、その荷運びの最中に足を掛けられたり、やっと洗濯に終わりが見え始めれば水をかけられたりするのが、すっかりここでの日常になっていた。


 嫌がらせのオンパレードに腸が煮えくり返りそうになるが、グッと堪えてみせるのは次元獣を一体でも多く討ちたいがため。この一心が、俺をこの場にとどめていた。


「おい! まだ飯が出来ていないのか!? 今まで何をしていたんだ!」


 今もアレックは外向きの用事から戻ってくるや、俺の背中に向かって声を荒らげた。『何をしていた』もなにも、俺はこうしてアレックに言いつけられた作業をしているのだが。


「このセイスのクズが!!」


 さらに今日は、特に虫の居所が悪いようだ。もしかすると、出先で他のパーティとひと悶着あったのかもしれん。この一週間で知ったのだが、このアレックは行った先々で他のパーティといざこざを起こすのだ。


 ……ふむ、こうやって他とトラブルを起こしては不機嫌に喚き散らすところは、やはり瓜二つだな。


 実はこのアレック、見れば見るほど前世で俺の上司だった部長にそっくりなのだ。創業者一族出身の部長は若くして役職付きとなったが、権力を笠に着て実力もないのに横暴な振る舞いばかり。なにか気に入らないことがあれば、こうやって瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にして部下に怒鳴り散らしていた。


 同じくアレックもこの国で多大な権力と発言力を持つ風の筆頭侯爵の息子で、奴自身も風属性のウノだ。しかし、奴の能力はウノの中ではかなり劣る。


 俺はこの一週間旅に同行してみて、アレックがそれを高価な装備や武具で補い、かつ、大型次元獣の討伐は意図的に避けていることを知った。


 ……はぁ。たしかに、小型や中型の討伐で数を稼げばランクは上がるが、いかんせんやり方がセコい。


「アレック様の装備を磨いていました。もう、じきに終わりますので、すぐに食事の支度を――」


「使えねえセイスの分際で俺に口答えするんじゃねえ!!」


 俺が言い終わるよりも前、憤慨したアレックが叫びながら足を振り上げる。


 ――ガシャーッン!


「っ、グッ!」


 アレックにしたたかに脇腹を蹴られて倒れ込む。倒れた先は、不幸にも磨き終えて積み上げてあった装備の上だった。


 ……このクソガキが!! これだけの量を磨くのに、いったいどれだけ時間がかかったと思っている!?


 蹴られた痛みもさることながら、ガラガラと音を立てて土の上に落ちていく装備を横目に見て、ふつふつと怒りが込み上げる。 


 ……いや、冷静になれ。


 ここで言い返すことに意味はない。


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