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第12話


「お兄ちゃん、どうかした?」


 頭上から掛けられたチナの声で、束の間の物思いは終わりをみた。俺は緩く首を横に振り、目の前に並んだ貸し風呂の扉の前で足を止めた。


「いいや、なんでもない。……さて、ここだな」


 幾つか並ぶ貸し風呂の扉は、ほとんどが【空】の札になっていた。


「お、これは運がいいぞ、選び放題だ。チナ、せっかくだ。露天にするか?」


「……え? う、うん」


 チナは小首を傾げ、次いでコクコクと縦に振った。


 幾つかある貸し風呂の中から、石組みの露天を選ぶと扉の札を【満】に変え、中に入った。


 脱衣所で手早く衣服を脱いで籠に押し込むと、さっそく風呂に飛び出した。


「わー! お風呂がお外にある!」


 チナの反応を見て、先の彼女の態度にも合点がいく。チナは、露天風呂の意味がわかっていなかったのだ。


「夜に月を眺めながら浸かるのもオツだが、昼間にお天道様を浴びながら風呂に入るのも悪くない。これが、なかなかクセになる。さぁチナ、先に体を流してやろう」


「えー? わたし、自分で洗えるよ」


「そうだったか。……ところで、チナは幾つだ?」


 並んで流し場に腰掛け、体を洗いながらふと気になって尋ねた。


「五歳よ」


 チナは水色の髪を泡立てた石鹸で洗いながら答えた。


 耳にして、俺の肩がピクンと揺れる。


 ……五歳。


 その見た目以上にチナが聡いからつい忘れてしまいそうになるが、本来彼女はまだ親の庇護下にあるべき年齢なのだ。


「そうか」


「お兄ちゃんは、なん歳?」


「俺は十八だ」


 一拍の間を置いて、この世界での実年齢を答える。


「ずっとひとりで旅をしているの?」


 モコモコにした泡で頭のみならず、全身を洗いながら、チナはさらに質問を重ねてくる。


「ああ」


「へぇ~。旅はいつまで続けるの? もしかして、なにか目的があるの?」


 チナは、きっとなんの気なく尋ねただけ。しかし、彼女からされたこの質問に、俺の胸の奥が熱く疼いた。


 俺の旅には目的がある。……それは、両親の死の真相を知ること。


 そして両親の死に関与した者がいたのなら、仇を討つ。これこそが、俺の旅の最終的な目的だった。


 三年前、村に戻った俺はずっと自分が思い違いをしていたことを知った。それに気づかせてくれたのは両親の日記で、二人は次元獣に殺されたのではなかった。両親はこの世界のタブーを知り、葬り去られたのだと俺は確信した。


「そうだな、ある程度情報が集まったら、いったん旅は終え王都オルベルハイドに行く」


 適当に誤魔化すこともできたが、チナに嘘はつきたくなかった。


 だから、事実の部分だけをかいつまんで伝えた。


「オルベルに!? いいなぁ~、白亜のヴィルファイド王宮を見てみたいな。だけど王宮より、豪華だって評判なのは聖魔法教会よね。わたし、綺麗なステンドグラスを持つ教会を絵はがきで見た……っ、いたたたたっ!」


 チナが興奮気味に目を丸くして叫ぶが、どうやら途中で泡が目に入ってしまったようで、わたわたと手探りで桶を探し始める。


「ほら、お湯をかけるぞ」


「うん……! ふぁ~、助かったぁ」


 俺が桶でお湯をかけ、泡を流してやると、チナはプルプルと子猫みたいに首を振って飛沫を散らした。


「目はゴロゴロしないか?」


「もう平気!」


「そうか。それじゃあ、風呂に浸かるか」


「うん!」


 自分の全身にもお湯をかけて泡を流すと、俺たちは石組みの露天風呂に向かった。


「ふぁぁ、気持ちいい」


「はははっ、チナは風呂が好きか?」


 湯に体を沈め、気持ちよさそうな声をあげるチナに水を向ける。


「大好き! パパもお風呂が好きで、よく一緒におうちのお風呂に入ったの。もちろん、ママとも。……だけど、孤児院のみんなと入るお風呂はあんまり好きじゃなかった」


 チナは台詞の後半で表情を曇らせた。俺はポンポンッと彼女の背中を撫でると、あえて軽い調子で口にする。


「そうだったか。なら、俺と入る風呂はどうだ?」


「もちろん大好き! しかも今日は、お兄ちゃんとお空の下のお風呂をふたり占めだもん。贅沢すぎちゃう」


 チナはパァッと表情を明るくし、力強く言い募る。


「そうか。ならば今後、風呂付の宿に泊まった時はまた一緒に入ろう」


「約束よ!」


「ああ、約束だ」


 俺はチナから差し出された小指に、自分の小指を絡めた。


 前世と同じように、この世界でも約束の証に小指を絡める習慣があることは、なくなった両親に代わって俺を育ててくれていた祖母から教わった。


 愛情深く優しい祖母と祖父がいたから、俺の幼少期は決して孤独ではなかった。しかし、幼い俺は想像せずにはいられなかった。


 母の手に頭を撫でてもらうのは、どんな心地がするのだろう。


 父と一緒にする遊びは、どれほど楽しいのだろう。


 俺から両親を奪った者がいるのなら、俺は絶対に許さない。真実を白日に晒し、必ず裁きを受けてもらう――。


「さっきの話だけど、お兄ちゃんは以前にオルベルに行ったことがあるの?」


「小さい頃に、祖父に連れられて行ったことがあるな」


 俺の記憶にあるのはその時の訪問だけ。しかし、俺はヴィルファイド王国の王都・オルベルハイドで生まれ、両親が祖父母を頼って居住を移すまで王都で暮らしていたのだという。


「へー! 聖魔法教会も見た? 立派だった?」


 興味津々のチナに、俺は苦笑しながら答える。


「たしかに教会は、とても立派だった。幼いながらにその豪華さに唖然としたのを覚えている」


 魔法世界エトワールにおいて、教会の影響力は甚大だ。


 聖魔法教会の本部を抱えるエトワールの中心国家ヴィルファイド王国もそれは例に漏れず……いや、むしろ教会の総本山だからこそ教会の及ぼす力は他国よりも強い。


 事実、幼い頃に見た聖魔法教会は、その優位性を示すかのように王宮よりはるかに豪奢だった。


 その頃の俺はまだ、両親の死に教会が絡んでいようなどとは想像もしていなかった。ただ、両親の勤め先であったという美しい教会に感嘆の息をこぼしながら見入った。


「そっか。楽しみ!」


「ははっ、そう逸るな。オルベルに行くのはまだ先だ。もうしばらくは旅を続けるつもりでいる」


「うん」


 喜色を浮かべるチナの頭をサラリと撫で、この話題はこれで一旦終わりになった。


 これ以降はチナとふたり、心地いいお湯に浸かって寛いだ。




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