第11話
「先生。次元獣は退治できました」
避難豪の中にいた院長と思しき初老の男性と、中年の女性教師がギョッとした様子でこちらを見上げる。そんなふたりに、チナは特に恨み言をこぼすでもなく、端的に外の状況を伝える。
「だからもう、外に出ても大丈夫ですよ」
「チナツ!? ……お、お前、生きていたのか!?」
「なんと! シンコでありながら次元獣に襲われて生き延びるとは、なんと気味の悪い!」
「お前たち、その言い草は――」
さすがに聞き捨てならず、声を荒らげる俺の前に、チナがスッと手を差し伸ばして止める。
「いいのよ、お兄ちゃん。それより、今の言葉を聞いたでしょう? お兄ちゃんはわたしが『この孤児院を守った』って言ってくれたけど、ここのみんなは誰もそんなふうには思わない。たとえ次元獣を倒しても、みんなにとってわたしは気味が悪い子。だけど、わたしだって同じよ。わたしにとってここのみんなは、親代わりにも、兄弟のような存在にもなり得ない」
「チナ……」
小刻みに震える小さな背中が切なかった。
「……でもね、もういいの。わたしには、お兄ちゃんがいるもの」
「そうだな、チナには俺がいる。……チナ、俺と一緒に来い」
俺が肩を抱き締めて告げた瞬間、これまで気丈にこらえていたチナが、目から大粒の涙を迸らせて俺に縋りついた。
「わたし、お兄ちゃんといたい! お兄ちゃんに着いていく!」
チナは俺の肩に顔を埋め、わんわんと泣き続けた。俺は彼女が落ち着くまでその肩を撫でて慰めてから、目を丸くしてこちらを見上げる院長に言い放った。
「お前たちにチナツは任せられん。こいつは俺がもらっていく。……最後にひとつだけ、この孤児院を次元獣から救ったのはチナツだ。お前たちにほんの少しでも良心があるのなら、この事実を肝に銘じて今後も残る子らの養育に励めよ」
院長はこの言葉に、静かに頭を垂れることで応えた。
俺はチナツを片腕に抱き、孤児院を後にした。
孤児院を出た後、俺はチナを伴って衣装小物屋に立ち寄った。
購入した着替えに靴、リボンや櫛、石鹸といった身の回りに必要な品々を店主が丁寧に包んでいくのを、チナは目をキラキラと輝かせて見つめていた。
嬉しそうなチナを横目に、俺まで嬉しい気分になった。もしかすると、兄妹というのはこういうものなんだろうか。
ところが、彼女が突然はたと気付いた様子で俺に声をひそめた。
「ねぇお兄ちゃん、わたし、こんなに買ってもらっちゃってよかったの? その、お金とか……」
「なに、子供が余計な気を回さなくていい。金の心配はない」
「だけど……、ほら? わたし、お金持ってないし。それに、これからの旅では、わたしの分ごはん代とか余計に掛か……ぅぷっ」
俺の懐事情に気を回し、必死で言い募るチナは健気で可愛い。しかし『余計』のひと言は聞き捨てならず、俺はチナの唇にツンッと人差し指をあて、彼女の言葉を遮った。
「こーら。チナは『余計』なんかじゃないだろう。俺の大事な妹分だ」
チナはハッとしたように目を見開いた。
「それに俺は、これまで冒険者をしながら結構な額を稼いでいる。チナひとり食わせるくらいは造作もない。さっき倒した次元獣だってギルドが素材として高値で買い取ってくれる。だから金のことは心配ない」
「……う、うん!」
俺が続けて告げると、チナは照れたように頬を真っ赤に染め、大きく頷いて答えた。
「よし、いい子だ。だから、これからも足りない物や、必要な物があれば遠慮せず言ってくれ」
「うん」
俺にワシャワシャと頭を撫でられて、チナはくすぐったそうに笑った。
宿に着くと部屋をツインで取り直し、チナを伴って客室に向かう。
「わぁ! わたし、宿にお泊りって初めて!」
チナは奥のベッドにボフッとダイブして、楽しそうな声をあげた。
「そうか。とはいえ、大きな都市ばかりを選んで旅しているわけではないから、毎回宿があるとは限らん。すまんが、今後は野宿で過ごす晩もでてしまうだろう」
「お兄ちゃんとお外で夜明かしなんて楽しみ!」
「はははっ、そうか。チナはなかなか肝が据わっているな。頼もしい限りだ」
俺は荷物を自分のベッドの脇に置くと、壁掛け時計に目を向ける。
「さて、晩飯にはまだ間があるな。風呂でも入りにいくか」
「え? お風呂?」
「ああ、この宿には時間制で利用できる風呂があるんだ。利用客が少ないこの時間なら、十中八九空いている」
「わぁ、行く行く!」
チナは嬉しそうに、買ったばかりの新品の石鹸とタオルを抱えた。
俺は微笑ましい思いで、チナを片手に抱き上げて歩きだす。
「お兄ちゃん、わたし自分で歩けるよ?」
「俺がこうしたいんだ」
「へへっ」
チナは嬉しそうに俺の肩に抱きついた。そのまま、客室を出て宿の廊下を進む。
親もなく、孤児院でも弾かれ者……。そんな境遇にあってチナは明るさを失わず、どこまでも健気だ。
彼女を前にすると、胸が切なくなるような不思議な心地を覚える。
この感情は、親が子に抱く庇護欲のようなものだろうか。とにかく、肩にかかる重みと、子供特有の少し高い人肌の温度が、とても大切に感じられた。守ってやりたいと、強く思った。




