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第10話


 俺が銃身の砕け散ったライフルを握りしめたまま肩を上下させるチナツに声を張れば、彼女はギシギシと軋む動きで首を巡らせる。


「……お兄ちゃん!」


 チナツは俺を認めると、こちら向かって一直線に走ってきて俺にガバッと抱きついた。


「よくやった、チナツ! 次元獣を倒し、お前がこの孤児院のみんなを守ったんだ! お前は立派だ!」


 俺は胸にしっかりとチナツを受け止めて、ギュッと抱き締めて小さな勇者を労った。


「本当はあの時ね、怖くて動けなかった。でも、目を閉じたらパパとママの声が聞こえたの」


 興奮したチナツが、途切れ途切れに語りだす。俺は急かさず、彼女の言葉に耳を傾けた。


「パパは『チナ、お前は生きろ』って言ってた。家があの次元獣に襲われて、パパが一瞬の隙を作って私を逃がしながら、最後に叫んだ言葉と同じだった。ママは『チナ、あなたならできる』って、励ましてくれた。……ずっと聞きたかったふたりの声が、力をくれた」


「パパとママは、ずっとお前を見守ってくれていたんだな。きっとふたりは、今頃『よくやった』とお前の勇姿を喜んでいるさ」


「うん! パパとママはわたしの自慢よ! それで、ぜったい『よくやった』って、言ってくれてる!」


「ああ」


 俺は嬉しそうに微笑むチナツの頭をクシャクシャと撫で、彼女を片腕に抱いたまま骸と化したヤツに歩み寄る。


「……これは!」


「こんなところにもパパのペンキ!」


 俺とチナツが声をあげたのは同時だった。それは、水晶と水晶の間の窪みとなって見難い奥の奥。水晶が砕け落ちてなくなった今でなければ絶対に気づくことができない、ほんの小さなシミだった。しかし、たしかにチナツが撃ち抜いた首の後ろの体表にピンク色の飛沫が付着していた。


 ……なるほど。チナツが奇跡のような確率で急所を撃ち抜いたのは、両親の導きだったか。


 目にした瞬間、出来過ぎた一連の流れにも全て納得がいった。


「やっぱりパパが力を貸してくれたんだ」


 チナツが声を震わせる。


「ああ、そうだな」


 チナツは潤んだ目をギュッと手の甲で拭い、俺の言葉にクシャリと笑って頷いた。


「……うん!」


 俺は深くチナツを抱き直すと、次元獣の表面を覆うように拘束していた次元障壁を解いて手を翳す。そうして、奴の体に残った瘴気を吸い上げていく。次元獣の瘴気は、そのまま次元操作のための魔力となる。


 ……よし、こんなものだろう。


 余さずに吸い上げると、青紫に光る体から手をスッと手を引いた。そのままヤツに背を向けようとして、ふいに思い至って足を止める。


「どうしたの?」


 瘴気を失ったことで、ヤツから禍々しさはなくなっていた。同様に、ヤツの体を覆うようにビッシリと生えた水晶も、今はただ美しいだけの宝石のようだ。


 俺はヤツの左膝から金色のペンキが付いた水晶をひとつ取り上げて、チナツに手渡す。


「これはお前が持っているといい」


「え?」


「これはお前が打ち勝った証だ。そして、これにはパパのお前への思いがいっぱいに詰まっている」


「……うん」


 チナツはコクンと頷いて、金色に染まった水晶を小さな手のひらにそっと握り込んだ。


「ねぇ、セイさん。わたしのことチナって呼んで?」


「ん? どうしたんだ、チナ」


 俺が『チナ』と呼ぶと、チナツはそれはそれは嬉しそうに笑った。


「それからね、わたしもセイさんのこと、お兄ちゃんって呼んでもいい?」


「もちろん、構わないが。……そういえば、さっきもチナは俺のことを『お兄ちゃん』と呼んでいたな」


「パパとママが死んじゃって、わたしにはもう家族がいない。だけど、もしお兄ちゃんがいたら、きっとセイさんみたいなんだろうなって思ったの」


「チナの兄貴か、それは光栄だ。だがチナ、血縁である家族はなくともお前にはここに親代わりの先生と、兄弟のように暮らす多くの仲間たちがいるだろう?」


 俺のこの言葉に、チナは表情を陰らせた。


 そうして俺の腕からトンッと地面に下りると、俺を手招くような仕草をした。


「急にどうした?」


「シィッ。……付いてきて」


 チナは声をひそめて言うと、足音を忍ばせて孤児院の裏手へと回り込む。今は使われていない古井戸と思しき場所に辿り着くと、蓋を開けぬまましゃがみ込んで耳を寄せた。


 俺も彼女を習い、耳を澄ませた。


「子供たちは……?」


「全員奥に避難させております」


 どうやらここは古井戸を利用した避難豪のようで、中から子供たちの避難状況を報告し合う、大人たちの声が聞こえてきた。


「そうか。このままここに籠もっていれば、その内に次元獣もいなくなるだろう。子供たちが無事なのだ、家屋や畑への多少の被害はやむを得ん」


「それにしても、院長先生がチナツに向かってガラス瓶を投げつけた時は驚きました。しかし、実に素晴らしい判断でした」


 なんだと!? にわかには信じ難い台詞に、思わずビクンと肩が跳ねた。チラリと目線をチナに向けるが、彼女は特段驚いた様子も見せず、中から聞こえてくる会話に静かに耳を傾けていた。


「チナツには申し訳ないが、これも他の子らを守るための尊い犠牲だ。ここには小さな子も多い。全員を安全に屋内に退避させるため、時間を稼ぐ必要があったのだ」


 俺には避難豪の中で繰り広げられている会話が、とても信じられなかった。


 たしかに突然あがった物音を不思議に思っていたが、まさか院長が彼女に向かってガラス瓶を投げていたなど想像もしなかった。


 次元獣の視野は広い。そして次元獣は光る物に敏感に反応する。


 ガラス瓶がチナの脇に落ちるのを見て、ヤツの気はそちらに向いてしまったのだ。俺は内から湧き上がる怒りに、きつく拳を握り締めた。


「素晴らしいご判断です。当孤児院には、現在トレスばかりでなくドスの子を三名とウノの子を一名養育しております。その子らになにかあっては、町長はもちろん聖魔法教会にだって申し訳がたちません。チナツも能力に優れた他の子らの犠牲となれたのですから、本望でしょう」


 黙って聞いているのが限界に達し、物申そうと口を開きかける。ところが俺が声を発するより一瞬早く、ここまで静かに聞いていたチナが、突然直径一メートルほどの上蓋に手を掛けてずらしだす。俺は咄嗟に重そうな蓋に手を添え、チナが蓋を取り外すのを手伝った。


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