出会い
セントラル病院で勤め始めて1ヶ月。
サラは順調に仕事を覚えていった。
「サラ、こっちお願い!」
「はい!」
「これちゃちゃってみて、ひょいってして、パパッーと」
「傷の経過みて、必要なら消毒と包帯巻いて、カルテに記入でいいですか?ルークさん」
「そう!さすが教え子ー!」
各科での研修を終え、外科に配属された。
正式にローズおばあちゃんのお孫さんのブラウン主任の部下になり、ルークさんが教育係を務めてくれている。
ルークさんとはいい師弟関係だ。指示は雑だけど。
フェリア曰く、私の配属決め(争奪戦)はここ数年でも群を抜く面白さだったらしい。
特に小児科と熾烈な争いだったそうで、たまに小児科にヘルプに行く事で話がまとまったと聞いている。
もともとは弟のパーシーの為に考えた治癒魔法、傷を治す動物を出す技が小児科で大層ウケたからだ。何人かの先生にやり方を伝えたら、今その先生は大忙しらしい。
「本当にサラさんがうちに配属されて良かった...」
午前中の診療が終わり、みんなでお昼をとっている時にブラウン主任が言った。
「治癒魔法の腕が抜群で、勉強熱心で、愛想が良くて、貴族の礼儀作法も身についてるのに洗濯完璧で美味しいお茶も淹れられるなんてね」
「いえいえ、そんな...」
「俺の指導のおかげかな!」
「ルーク、あれは指導じゃない。お前は面倒をみてもらってる方だ。サラさんがルーク語が理解できてるおかげ!」
「あはは...初めはだいぶ混乱しましたけどね」
包帯やリネン類など、病院は洗濯が本当に多い。
外科の皆さんは私が貴族出身だから洗濯なんてやり方を全く知らないか嫌がると思っていたらしく、大根を使って血のシミ抜きを普通にやり始めたらものすごく驚かれた。
ルークさんだけ大爆笑だったけど。
「あ、そうだ。サラさん、午後はちょっとお使い行ってくれる?」
「薬師さんのところですか?」
「そう。レティのところからこの薬を貰ってきて」
勤め始めてから知ったことだが、病院はなんでもかんでも魔法で治すわけではない。軽い怪我なら手当てだけで済ます場合もある。
それにセントラル病院で行う治療には大きく分けて2つある。治癒魔法のみの施術と、魔法薬と治癒魔法を併用して治療するものだ。
その魔法薬を作るのに抜群に腕がいいと評判の薬師さんがレティさんだ。なんとブラウン先生の幼馴染らしい。
「いつもすまないね」
「いえいえ!午後すぐに行ってきますね」
お昼を食べ終え、帽子をかぶり外套を着てレティさんの薬屋さんに向かい歩いていると大聖堂が見えてきた。
どうしても避けたかった教会勤務。
魔力量が多いのに、運に恵まれ、周りに恵まれ、病院勤務をしている後ろめたさを感じてしまう事もあるが、それは私が決めて、望んだことだ。
大聖堂には今日も行列が出来ている。
治癒魔法を求める人がどれだけ多いか思い知らされる光景だ。大聖堂に続く大階段の前には受付担当と思われる数人の教職者がいる。
あまり見ていても失礼かなと思い、ふと視線を逸らした時、号泣するご婦人が目に入った。
ご婦人の腕には大型犬が抱えられている。
遠目でもグッタリとしていて息が荒い様子がわかる。ひどい怪我だ。すぐ治療しないと危ない。
どうやらご家族で訪れていたようで、号泣するご婦人の肩を旦那様が支え、御子息が教職者に掛け合っている様子だが、、、順番の交渉だろうか。
ここで出しゃばるのは危険だ。
そもそも動物への施術経験はない。
人間への施術だって経験はまだまだ浅いぐらいだ。
でも、一刻の猶予もないのだけは確実にわかる。
私はご婦人に駆け寄った。
「失礼いたします。この子のお名前は?」
「ひくっ...べ、ベンです。あの...あなたは?」
「治癒魔法師です。術を施してもよろしいでしょうか?」
「え、、、お、お願いします!!!事故に巻き込まれて...この子を助けて!!」
「馬車でいらしてますか?できれば横に寝かせてあげたくて...」
「こっち!こっちにあります!あぁ、ベン....」
近くにあったご婦人の家の馬車にベンを寝かせ、私も乗り込んだ。怪我に両手をかざして集中する。
診れば診るほどにひどい怪我だ。
「苦しいね。今治すからね、ベン」
内臓の損傷を見つけて術を施す。
神経や血管組織の損傷もなるべく丁寧に治す。
しばらく治療して、血の汚れはあるが内見的にも外見的にもだいぶ治せた。あとはベンの気力がものを言う。
「ベン、頑張って!生きるのよ!」
さらに回復魔法をかける。
これはブラウン主任に最近教わった技だ。
しばらくするとベンの目がピクピクと動き、スッと首をあげた。
「はぁー、良かった!!よく頑張ったね!ベン!もうこんなひどい怪我しちゃだめよ。みんな心配するからね」
わしゃわしゃとベンの顔を撫でると嬉しそうに私の顔を舐めてくれた。私も思わず笑顔になる。
助かりましたよ、と声をかけようとご家族の方を振り返ると恐ろしく美形の若い男性が目の前にいた。
だ、誰!?!?!?
・・・さっきのご婦人の家族!?
恐る恐る周りを確認すると、先程号泣していたご婦人も女神なんじゃないかと思うほどに美しく、隣で支える旦那様も美丈夫といえるすごく体格の良い見るからに騎士のような方。
家族全員がセントラル病院でも見ない程のとんでもないレベルの美形だった。
ベンが助かった喜びと、美形家族の顔面にしばしフリーズしてしまったが、少しずつ冷静さを取り戻し、帰ったらフェリアやルークさんにこんな事があったんだと自慢しようと邪な事を考えていた私のそんな思いは、奥様からの一言ですべて吹き飛んだ。
「奇跡かしら...教会の治癒魔法師の方でもだめだったのに」
・・・え?嘘でしょ?もう診せてたの?
もしかして診せても助からないと言われての奥様号泣?
旦那様はそれを慰めてた?
御子息は他の治癒魔法師の紹介でも頼んでたとか?
これはまずい。
非常にまずい。
はっ!として大聖堂の前で受付をしていた教職者の方をみると、口に手を当てて固まっている。
・・・見られた!早くここから立ち去らないと!
「で、では。私はこれで...」
「待って!治療代を...」
「要りません!要りません!勝手にやっただけなので・・・」
お願いだからこのまま去らせて!と思っていたら、先程の恐ろしい程のイケメンに声をかけられた。
「ではどうか...どうかあなたの名前を教えて下さい」
「いえいえいえ!名乗るほどの者ではございませんっ!!」
私は失礼のない範囲の過去最速のカーテシーをして、ギリギリ走らない速度でなるべく人の多い道に入り人混みに紛れた。
やっと、やっと会えました!!
互いを認識してないけど!