騒動
「あれ?フェリア、新人さん?」
寮の部屋に向かう廊下で声をかけられた。
赤毛にブラウンの目、背は男性にしては若干低めの俗にいう可愛い系イケメンがフェリアに話しかけた。
「ルークさん!こちら新人のサラ・ワトソンさんです」
「はじめまして、サラ・ワトソンです。よろしくお願いします」
「俺はルーク・ケリーだ。よろしく。どこの配属?」
「本日着任したばかりでして、まだ決まっていません」
「ねぇねぇ!外科にきなよ!今、本気で人手足らなくてさ、主任が身内の伝手で1人見つけたらしいんだけど、、、」
ここでフェリアが小さく手を挙げて話に割り込む。
「あ、それ。それがワトソンさんです」
「「え??」」
「ブラウン先生、長期出張だったじゃないですか?昨日お戻りになってから人事に吉報だ!といらっしゃったんですけど、よくよく内容聞いたらワトソンさんの事でした。私、もう1人美女を採用できるかと期待したんですがね」
フェリアは本気で期待していたようで遠い目をしつつも、サラはどの道うちに採用される運命だったのねーと笑っていた。
「ローズおばあちゃんのお孫さん、主任さんだったんだ...」
そう呟くが早いか、ルークがサラの肩を抱いた。
「じゃあ外科決定じゃん!今日からくる!?俺、教育担当やりた・・・・いってー!!!!」
ルークの後ろに問診用のボードで思いっきり頭を叩いたであろう人物が立っていた。
「探しに来てみれば、お前は!ワトソンさんにいきなり何してるんだ!!」
「主任痛いっすよー!治して!」
「自分で治せ!!・・・はじめまして、ワトソンさん。セバスチャン・ブラウンです。ここの外科主任をしています。祖母が大変お世話になりました。ここでの勤務の話も受けてくださり本当にありがとうございます。もっともっとお話ししたいんですが、ちょっとこいつに急ぎの用がありまして、また今度ゆっくり・・・」
「はい!是非。こちらこそよろしくお願いします」
ではまた今度、と、にこやかなブラウン主任とは対照的に、首根っこ掴まれて猫の如く回収されていくルークさんをフェリアと笑って見送った。
「ブラウン先生は若いけど出世頭なのよ。面倒見が良くて優秀だし、身分関係なく接してくれるから本当に助かってる」
比較的寛容なこの国でも、貴族と平民という括りが存在している以上、多少なりとも身分差というのは付き纏うものだ。
同僚でも下手な扱いが出来ない人もいる。
セントラル病院は「顔採用」というぶっ飛んだ採用基準を設けているおかげか平民と貴族という境はあまりなさそうだが、フェリアは苦労しているようだ。
「大変?」
「うん、そうね。。。院内でなんか言うやつは院長に告げ口すれば消えるから大したことないんだけど、採用の時がねぇ、、、、大変かな」
フェリアは盛大にため息をついた。
告げ口...と繰り返すと平民は立場弱いから使えるものは使わなきゃ!と逞しい答えが返ってきた。
「いくら身分が高くて治癒魔法の適性があっても、ほら、ウチはさ、、、」
『顔採用』
つまり顔が見合ってない事が理由で不採用の場合どう断るのか。
「たいていお断りのお手紙を送って終わりなんだけど、苦情になるケースもあってね。この後も苦情対応が1件あるのよ。人事を通さず紹介で採用面接に来た人なんだけど、そもそも治癒魔法の腕も擦り傷治せるか治せないかぐらいでさ。他の属性の方が得意な方なのね。紹介者もまぁ、その人に無理矢理巻き込まれた感じだから責められないし、どうしたものかなって考えてて...」
その時、怒鳴り声が聞こえた。
声の方に顔を向けると、職員が3人がかりで怒る客人を対応している。客人のお付きと護衛もいるが居た堪れない様子で端に控えている。
「お前、俺を誰だと思ってるんだ!!!!公爵家の次男だぞ!!」
「コーネリウス様。お約束のお時間はまだ...それに不採用のお知らせはすでにお送りしておりますが...」
「だーかーら!何故不採用なのだ!身分だって魔力だって申し分ないのになぜだ!!」
皆んなが戸惑った顔をしている。
治癒魔法の腕も足りなければ、何より『顔が足りない』なんてそんな裏事情言えるわけがない。
「もしかして人員が足りてるのか?おい、お前平民か?」
「ええ、そうですが...」
「じゃあお前今すぐ辞めろ」
「え?」
「俺がここで働く。お前辞めろ」
なんて横暴な!
そのあとも聞くに耐えない罵詈雑言が続いて関係ない私の堪忍袋が爆発しそうになる。
思わず睨んでしまったら、視線に気付かれてしまった。
しまったと思った時にはもう遅かった。
「そこのお前!お前も職員か?」
「おやめ下さい!この方は・・・」
フェリアが庇ってくれるが、公爵家の次男は周りの制止を振り切ってこちらに近寄ろうとしてくる。
「お前、美人だな。俺の妻になれ!しばらく楽しめそうだ。他にも美人を呼んでこい!家に連れて帰るぞ」
だらしなく笑う男に、心の底から嫌悪と憎悪が込み上げる。
こいつ、クズだ。
ここは病院だ。
女性を買うところではない。
我慢の限界がきて言い返そうとした時に、男が突然うつ伏せに倒された。
「第五騎士団です。暴漢の通報がありましたので参りましたが、この者ですか?」
黒髪の騎士が公爵令息をねじ伏せている。
「おい!なにやってんだ!不敬だぞ!俺はコーネリウス公爵家の子息だ!」
「由緒正しき公爵家の子息は平民を罵詈雑言で貶めたり、女性の意思も聞かずに婚姻を決めたりしません。それに公爵家のご子息には見えません。偽証なら偽証罪も追加しますが?」
「嘘なんてついてない!」
「先ほどコーネリウス家と仰りましたか?」
「そうだ!!」
「おかしいですね、コーネリウス家は跡取りの嫡男と2人の御令嬢のみだったはずです」
「おい、俺は次男だぞ!抜かすな!」
「ああ、もしかして。公爵様が本日勘当の手続きをされた元・次男様ですか。どおりでお付きの方も護衛も1人もいないわけですね」
「え・・・?おい、なんでいないんだ!?」
さっきまで端で縮こまっていたはずのお付きと護衛がいなくなっている。
「公爵様より女性や平民への暴力・暴言が目に余るので軟禁していたが脱走したから探してくれと連絡があったんですよ。そしてつい先程手続きが終わったそうで、見つかったら勘当の件を伝えてくれと頼まれてたのを忘れていました。財産分与なし、今後一切、敷居を跨ぐなとのことです。しかとお伝えしましたからね」
「おい、、、嘘だろ?」
「では、公爵邸に行かれてみては?まぁ入れないでしょうが」
心当たりがあったのか血相を変えて走り去る公爵令息。
先程まで取り押さえていた黒髪の騎士は、さっさと切り替えて報告書のための聴取に取り掛かっている。
「皆さまお怪我はありませんか?」
「「大丈夫です」」
「私たちも大丈夫です」
「一応経緯をお伺いしたいのですが...」
「では、それは私が」
最初に公爵令息の対応をしていた職員が手を挙げる。
手慣れている様子だ。
初めてではないのだろう。
「私達は行こう」
フェリアに言われ、私は一礼してその場を離れた。
「今みたいな事よくあるの?」
「今日のはだいぶ酷めだけど、そうね、、、騎士団の人に来てもらうのは1ヶ月に3回ぐらい?」
「・・・多くない?」
「そう?慣れちゃった」
フェリアはお茶目に笑ってみせたが、あれは相当な苦労だろう。
「すごく大変だと思うけど何かあったら聞くからね!それにフェリアが危ない目に合いそうになったら助けに行く!」
「ありがとう、サラ」
世話好きだと笑われたが、フェリアは満更でもないようだった。
「にしても、アレックス様久しぶりに見たなー。相変わらず綺麗なお顔!騎士団長でなければ速攻でオファーしてるのに!」
「あ、アレックス様!?」
さっきの!?
ビックリして良くみてなかった!
「サラ、アレックス様のファンなの?」
「ううん。そういう訳じゃないんだけど、姉から聞いていたから見てみたかったなって」
「あーわかる!そういうのみて見たいよね!個人的にはサラとアレックス様を並べてみたい!絵になるだろうなー」
「なにそれ。畏れ多いからやめて」
絶対そんなことないのにーと言うフェリアの背中を押し、サラは職員棟を進んでいった。