姉の怒りと騎士の殺気
「・・・どう?だいぶ落ち着いた?」
王都での目まぐるしい1日が終わり、宿の部屋でくつろいでいる。寝る前に2人でお茶を飲んでいるときにリリーが話を切り出した。
「姉さん。家から連れ出してくれてありがとう。どうすればいいかわからなくなっていたから助かっちゃった」
「・・・サラ。フレッドと何かあったのよね?」
話していいんだろうか。
少し迷ったが、心配そうな申し訳なさそうな姉の顔を見て思った。
フレッドはあの時、姉は気付いていると言っていた。
きっと大体のことは予想できているのだろう。
私は意を決して昨日の事を順を追って話すことにした。
なるべく感情を挟まないように話したかったが、最後の最後で泣いてしまった。
「姉さん、私、このままフレッドと結婚するってことなのかな?約束したって言ってたから、パパも認めているのよね?だからきっとこれってもう決定事項なのよね?でも私、フレッドと結婚って想像した事がなくて。好意にも全く気づいてなかったの。だからあまりにも全てが突然すぎて頭も気持ちも全然追いつかないの。むしろ身動きが取れない感じがして怖いのよ。フレッドはいつもよくしてくれたのにこんな事を思ってしまうなんて本当に自分が嫌になる」
思いの丈を口にして、涙を流す私の話をリリーは黙って最後まで聞いてくれた。
しばらくするとおもむろにカップを置き、
突然拳をテーブルに叩きつけた。
「・・・あんのっクソガキが!!!」
ガシャーンとカップとソーサーが鳴る。
ギリギリ割れてない。良かった。
・・・って、ちょっと待って。
今の地を這うような声は姉さん?
「どうした?!」
トムさんが隣の部屋から飛び込んできた。
襲撃と勘違いしたようだ。
「サラ!!あんな奴と結婚なんてしなくていいわ!!」
「姉さん!?」
「サラが!?結婚!?どこのどいつだ!!」
怒り狂った姉が捲し立てる。
トムさんも参戦してもはやカオスだ。
「何かあったんだろうなとは思ってたけど、そんなのただあいつがサラへの気持ちを拗らせただけじゃない!サラの仕事話にあいつが勝手に焦ったのよ。せいぜい仕事に就いたら貴族から縁談の申し込みがあって勝てないとでも思ったのね。せめてサラに自分の気持ちを伝えなさいよ!好きだとも言わず突然結婚って!2人が付き合ってるならいい話かもだけど、付き合ってないんだから横暴もいいところよ!いい?サラ。パパは結婚を認めていないし、決定事項でもないわ!ふざけんじゃないわよ!」
「リリー、その話詳しく聞かせろ」
「ちょっと待って!トムさんも、姉さんもっ!!」
「トムさん!聞いて!パン屋のフレッドがサラに・・・」
ヒートアップした2人を止める術はなかった。
超高速で私の話を一回も噛まずにトムさんに伝えるリリー。
一応配慮してくれたのか、キスとお腹を触った件は濁してくれたがやはり姉は色々と知っていたようだ。話が終わる頃にはトムさんの顔も困惑した表情になっていた。
「リリー。デイビッドがフレッドとした約束ってなんだ」
「パパはフレッドにサラと結婚したいなら『事業を領地の中で1番にすること』と『サラのことを貴族に嫁ぐより幸せにすること』を条件にしていたの」
「そうか、、、事業を領地内で1番にしろなんて極端な話だが、要はお金で苦労することのないようにしたかったんだろう。でもサラの幸せも条件ならサラ自身がそいつとの結婚を望まないとダメなんじゃないか?」
「そう!!そうなのよ!1番重要なのはそこ!フレッドが事業の方の条件を満たそうと頑張ってたのは知ってたわ。でも結婚するのはサラ自身よ。サラの気持ちを無視して、親と約束を取り付けて結婚なんて、、、外堀埋めて逃げられないようにするなんてやり方が汚いわよ」
ここまで言い切った姉さんは乱暴にグラスに水を注いで一気に飲み干した。
「私何度もフレッドに言ったのよ。サラの気持ちは?って。話だけ進めて、サラを置き去りにしないでって」
消え入りそうな、後悔の滲む声だった。
こんな姉さんの姿を見るのは初めてだ。
「まぁでもフレッドも気の毒っちゃ気の毒だな。サラの気持ちを確かめずに話を進めているのは関心せんが、そもそもデイビッドが事業を領地で1番にしろなんて言ったせいだろ?帰ったらデイビッドもシメるぞ。こんな事になってるのはあいつのせいでもあるからな」
父の友人でもあるトムさんは、どうやって懲らしめようか考えているようであーでもない、こーでもないと1人でブツブツ話している。
「でもでも!!どんな理由であれ、サラの了承も得ずにいきなりキスしてお腹触って結婚と妊娠の予約をするなんて!ってか予約って何よ、予約って!最低っ!!」
私の可愛いサラにー!!と姉が泣きながらテーブルに突っ伏した。
空気が凍っている。
明らかにトムさんの顔に怒気が帯びていく。
姉さん。さっき濁してくれたのでは...?
「・・・おい、サラ。本当か?」
「・・・・」
気まずい。
恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。
「・・・消すか?骨まで残らんぞ」
「いい!大丈夫!止めて!消さないでいい!」
元騎士のトムさんの殺気を感じた。
私は必死にトムさんを止めた。