第五騎士団
「やっと終わった....」
「今日の警邏キツすぎ...」
第五騎士団の面々が疲れ切った様子で待機場に戻ってきた。
通りに溢れかえった人の誘導
小競り合いの仲裁
巻き込まれた人の手当
令嬢達からの攻撃
騒ぎに便乗するスリの捕獲
それもこれもすべて、元鬼教官、トム・アンダーソンがあの時声をかけたからだ。
「ってか教官がなんであんなところに?」
「副長、知らないんすか?教官、引退してからワトソン子爵家の専属護衛やってるんすよ。なんでも子爵様と古い付き合いだそうで、シーズン中にはリリー・ワトソンの護衛で夜会にも出てますよ」
「夜会嫌いのあの教官が!?それは是非見たいな」
「いや、でも、まーじーで圧半端ないっすよ。中途半端にリリー・ワトソンに近づこうものなら視線だけで散らされますから」
「ははっ!それは流石だな。なぁアレックス?」
「ああ、その様子は想像がつく」
情報通の団員、ジョージがアレックスとレオに社交界の事情を説明する。サラとリリーの護衛で付いているトム・アンダーソンは騎士としても優秀で名が知られていたが、教官としてそれはそれは厳しい訓練を課すことで有名だった。
でも彼の訓練についていけた騎士は漏れなく昇進している。
第五騎士団の面々もそうだ。
トムが引退を決めた時、泣いた団員が結構いたとか。
それは彼を惜しんでの涙だったのか、解放された涙なのかはわからないが。
「ってか、団長、副長も!次のシーズンは夜会に出てくださいよ!こんなの夜会にさえ出ていれば簡単にわかることですよ!それに俺そろそろ誤魔化し役キツイですからね!」
「あー・・・考えておく」
「アレックスが行くなら俺は出るよ?」
「お前なぁ、、、」
「団長の命令は絶対ですから」
「都合の悪い時だけ団長扱いしやがって」
アレックスとレオは夜会を極力避けている。
出席しろとしつこく言われた時は、どうにかして仕事をもぎ取って護衛として出席し、踊らず、誰とも話さない。
跡取り息子の立場として出るのは王族の式典ぐらいだ。
でもそれが自分達にとっても、令嬢からの攻撃を避けられ、他の貴族の子息達のやっかみも買わない1番いい方法なのだ。
「いい加減、夜会中ずっと2人の近況報告されるこっちの身にもなって下さいよー!!俺、嫡男じゃないし、嫁さん探す為に出てるのに!寄ってくるのは2人狙いの令嬢だけなんすからー!!」
男爵家の三男、ジョージは本気で嘆いていた。
ジョージ、すまん。
アレックスは心の中で懺悔した。
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(王都 コーヒーサロン 特別室)
*リリーの顔パスで特別室です
「やっっっっとお茶ができるわ!にしても、さっき囲まれた時はどうしようかと思ったわ。トムさんのおかげよーありがとう!」
「あんなに質問攻めにされるなんて、、、こんなことなら少しだけでも社交に出ておくんだったわ」
「それしてもアレックス様とレオ様の人気は凄まじいわね!妬けちゃうわ〜!私も社交界の華なのに〜」
「確かに...あれは凄かったわ」
「サラはどっちが好みなの?」
「え!?好み!?そもそも全然お顔見れてないわ」
「えー!!嘘でしょー!サラとどっちがタイプ?の話したかったのにー!!」
「あの状況じゃ、私は逃げだすのが精一杯よ。あ、でも頭ひとつ高い黒髪と金髪は見えたわよ?そのお2人?」
「たぶんそれよ!」
「姉さん。絶対見えてなかったでしょ」
2人でキャッキャと話していると、トムさんが口を挟んだ。
「会いたいなら会わせてやれるぞ?俺も古巣に挨拶がてら顔を出せるしな」
「それいいわね!サラ、行きましょ!」
「ええ!?私達さっきのことで恨まれてるんじゃない!?」
「大丈夫だ!あいつら俺に逆らえないからな!」
「決まりっ!サラ行くわよ!」
あれよあれよとリリーとトムさんに連れて行かれる。
この2人、やたらとテンションが似ている。
髪色と目の色も一緒だからトムさんとリリーが親子と言っても騙せそうなぐらいだ。
私たちは騎士訓練場に向かった。
待機場も併設しているらしい。
到着した場所は王宮の東棟そば。
厳かな黒門に私は圧倒されてしまった。
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「緊急!!!!緊急ですっ!!!」
待機場のドアがバンっと勢いよく開き団員が駆け込んできた。
「何かあったのか?」
アレックスは眉間に皺を寄せて聞いた。
駆け込んできた団員は荒い息を整えて、叫んだ。
「教官と社交界の華と幻の妹がここに来ました!!今、城門です!!」
一瞬の沈黙を挟み、ほとんどの人間が騎士らしからぬ驚きの声をあげた。
誰もが予想していなかった事態だ。
「お前ら!!!とにかく片付けろぉー!!!」
団員達は敵襲訓練ばりの速さで片付けを始めた。
教官はここの散らかり具合を知っている。
・・・ということは御令嬢への配慮だろうか。
レオはニコニコと団員の様子をみている。
片付けるつもりはないらしい。
アレックスは椅子に座って足を組んだまま聞いた。
「普段のままじゃダメなのか?」
「団長!!これだから団長はっ!女性にはちょっとでもいい印象残したいもんなんです!」
「そういうものなのか?」
「黙っててもモテる人にはわからないかもですね!好きな人でも出来たらわかるんじゃないですか!」
好きな人。か。
じゃあ一生わからないかもな。
自分には縁遠すぎて考えたことがない。
いつかは政略結婚をするのだろう。
でも家と領のために務めてくれるなら、正直誰でもいい。
「あのー、すみません。スペンサー団長はいらっしゃいますか?」
慌ただしい部屋を遠慮がちに文官が覗いていた。
「俺だ。何か用か?」
「あのー、いつもの件で陛下がお呼びです」
・・・あぁ、またか。
「レオ、行ってくる。後は頼むぞ。」
「幻の妹ちゃん見れなくて残念だね」
「思ってもないくせに」
こうやって呼び出される時は『捜索依頼』だ。
末っ子の王子が勉強から逃げ出したのだろう。
やれやれとため息をついて、陛下のもとに向かった。