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5話

 



 一台の自転車が、田舎道を行く。


 連日の曇天を切り開いた様な柔らかな日差しが辺りに満ち、空に浮かぶ浮雲は能天気に蒼を漂っていた。


 大和を後部に乗せ、うんうんと唸りながらペダルを漕いでいるのは小夏撫子だ。

 一見気づかずとも、その一本道は緩やかな傾斜を形成しており、人ひとり乗せて自転車を猛進させるのは一般的な女子高生には少々厳しい。


 ウインドブレーカーに身を包んだ大和は、呑気に欠伸をしながら辺りの景色を見送っている。『源寿司』から北見坂高校への通学路はやはり緑と土の香りばかりで代り映えという言葉を知らない。



「三船さんはいつから野球をやっていたの?」



 大和が田んぼの傍を走る用水路を眺めていた時、不意に撫子が息を乱しながら問いかけた。

 “三船”は、大和の苗字だ。



「……小四から」


「へぇ、じゃあ歴結構あるんだ。ポジションはどこだったの?」


「ピッチャー」


「いいね、ピッチャーはやっぱり華があるもんね! 引っ越してきたって聞いたけど、三船さんは元々どこの県出身だったの」


「県……いやずっとアメリカだったから日本の大会には出てない、です」


「え! じゃあ三船さんて帰国子女!? はぇ~すごいなぁ。私なんて日本から出たこともないよ」


「別にそんな大したことじゃない……です」


「あ、そろそろだよ」



 はぁふぅと息を切らす撫子の背から顔を覗かせると、確かに北見坂高校の校舎が確認できた。


 煤けた様なクリーム色の壁にのっぺりとした時計が張り付けられた校舎は、良くも悪くも平凡。あとひと月もすれば桜も見ごろを迎え、色彩的にも華やかなものがあっただろうがやはり大人しい印象を受ける。


 東側にグラウンドが大きく広がっており、校舎の規模にしては土地が安いせいか随分と広めに感じられた。



「とうちゃーく」



 校門前で撫子はそう言うって、サドルからひらりと降りた。

 それに倣って大和も降り、からからと自転車を押していく撫子の背中に付いていく。



「もう練習は始まってると思う。三船さんはとりあえず見学だから、見てるだけでいいからね。何か聞きたいこととかあったら何でも言ってくれて構わないから」


「わかりました」








 グラウンドには白いユニフォームを着た選手達がまばらにいるのを確認できる。


 皆頭を丸めた頭に白いキャップを被り、声変わりを終えた野太い掛け声を飛ばしていた。



「……少ないな」



 大和はボソリと呟いた。

 野球部員らしき人間は凡そ十人程度。

 九人で一チームの野球部にしては、確かに少ない。




「まぁそうだね。三年が抜けたから今は私含めて野球部員は十一人。ちょっと少ないけど、今年の新入生をばっちり勧誘できれば問題ナシ」


「アテはあるんですか」


「いや、今はないけど」


「選手になれない女の俺を誘ってる場合じゃないでしょ」


「そ、そうかもしれないけどマネージャーだって大事な部員だし」



 大丈夫かこの野球部、と大和は心中で思ったがおくびには出さない。



「小夏、誰その子」



 低い声。

 目の前に現れたその部員に対して、爽やかを絵に描いた様な好青年、という印象を大和は抱いた。


 身長が高く、体は引き締まり、精悍な顔つきはイケメンというよりは男前という感じだろうか。焼けた肌にしっとりとした汗を帯びていて、呼吸の乱れがハードな練習直後だったことを示している。



「練習の見学。この子四月からの新入生みたいなんだけど、リトルやってたみたいなの。今、うちのマネージャーに勧誘しているところ」


「おお、それは入ってくれたら有難いな。初めまして。俺は澤野。一応新キャプテン任されてる」


「ども」



 軽く会釈する大和に、澤野は朗らかな笑みを見せた。

 爽やか澤野、というあだ名を大和は心中で作った。



「見ての通り部員は少ないが、これでも一応甲子園を目指してるんだ。……まぁ万年地区大会を越せないくらいなんだけど、部員は皆気の良い奴らだし頑張ってくれてる」


「なるほど」



 澤野の言葉を受けながら、大和は練習風景を横目に見た。


 ノック練習をしているが、皆守備はザル、キャッチからリリースもどこかぎこちないし、僅かに判断できる部分だけでも上手いとは到底言えないレベルだった。


 ……だけど、皆良い表情をしている。



「……良いチームだ」



 大和の独り言は、野球部員の野太い掛け声によって掻き消えた。






「お、澤野センパイ誰ですかその子」



 そうして三人で話していると、ノック中の部員が遠くから大きな声で問いかけてきた。

 それと同時に他の部員も大和の存在に気が付いたのか、何やらガヤガヤとざわつきながらこちらへ向かってくる。



「もしかして新マネですか!」


「めちゃ可愛い……」


「お前は小夏派だろ」


「いやでも確かに可愛いな」



 自分よりも上背のある丸坊主達が自分を話題にしながら一斉に向かってくる迫力に、大和は僅かにたじろいだ。それを『怯えた』と捉えた撫子が、大和を庇う様に一歩前へ出る。



「ほら貴方達! 何怯えさせてるの! この子はただの見学! 三船さんがマネージャーになるかは貴方達の練習の頑張り如何なんだからちゃきっと練習に戻る!」



 ぱんぱんと手を打つ小夏に補足する形で、澤野も前へ出た。



「そういうことだ。気にせず練習を続けてくれ。あんまりだらしないところみせるんじゃないぞ、特に江口な」


「ちょセンパイ! 初手で俺の株下げるのやめてくださいよ!」



 わはは、と笑いが満ちる。

 江口は恐らくそういう役回りのムードメーカーなのだろう。



「はいはい、休憩はそこまで! みんないいところしっかりと見せてあげてよね!」



 撫子の号令に「応!」と野太い掛け声が飛ぶと、丸坊主達は再びグラウンドのダイヤモンドへ散っていく。ぼんやりと背を視線で追う大和をちらちらと部員達が見返してきたが、彼はそれを相手することはなかった。






 そうして一時間程、良い雰囲気で練習が行われた。





 “彼ら”が来るまでは。







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― 新着の感想 ―
[一言]  スポーツ系性転換小説が少ないから貴重な作品。
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