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国境を前にして、敵国の兵士たちを猿芝居で騙します

「止まれ」


 そのうち、誰かが命じる声が聞こえた。

 全身鎧から胸当てだけの人まで、様々に武装した異国の兵隊の中からだ。

 逆らうだけムダなので、おとなしく従うことにした。

 シャハロも、何も言わないで馬の手綱を握っている。 

 僕たちと同じ言葉を喋る相手だけど、余計なことを言うと、かえって危ない。 

 やがて、鎖帷子に身を固めた男たちが、兵士の群れの中から現れる。

 槍を手にして、僕たちを取り囲んだところで、目が座っているのがわかった。

 たぶん、どの兵士も同じだ。

 夜中に国境をこっそり越えて来たからだろう。 

 ただ、その中にも目つきの悪くない人がいた。

 落ち着いた感じの人だった。

 声も柔らかい。

 でも、押しは利いた。


「何者か」


 隊長か何かだろうか。

 つい、身体がすくみ上ってしまって返事もできない。

 すると、槍の穂先はシャハロにも突きつけられた。

 その気になれば、ひと突きで相手を殺せる。

 ところが、シャハロは毅然として答えた。


「ジュダイヤ王・ヘイリオルデの末子、第6王女シャハローミである」


 王様は、僕が城へ来た3つのときから王様だった。

 だから、名前なんか知らなくても差し支えない。

 でも、ここで口にするのはまずい。

 僕は慌てて、シャハロのほうに振り向いた。


「ちょっと!」


 そんな身分を明かすのは、捕虜にしてくれと言っているようなものだ。

 男装したシャハロが薄い胸を張って、異国の武装集団を見下ろしている。

 そこには何か近寄りがたい、張りつめた感じがあった。

 異国の兵士たちのほうは、何だか変な雰囲気だった。

 シャハロの気迫に呑まれているのか、それともバカにしているのか、そこは分からない。

 そのうち、さっきの貫禄ある人が僕の腕を掴んだ。

 シャハロは、厳しい声で止めた。


「ならぬ! その手を放せ! さもなくば、おぬしらの命はない!」


 兵士たちが、さわさわと喋りだした。

 さすがに、言ってることが本当かどうか気になったらしい。

 でも、隊長っぽい人は構わずに、僕をその場に引き据える。

 シャハロは、なおも叫んだ。


「国王の兵は既に放たれた! その者を放して速やかに汝らの国へ帰るがよい! 今、退かねば間に合わぬぞ!」


 兵士たちのざわめきは、街道沿いに後ろへ後ろへと伝わっていく。

 隊長らしい男は、慌てもしないで僕に尋ねた。


「本当か」


 僕は首を横に振る。

 馬上のシャハロが、鋭く叱りつけた。


「何を申すか! 無礼な!」


 でも、僕は、はっきりと言い切った。


「あの娘は、そんなたいした身分じゃありませんで、へえ」


 ただし、まともに話す気も、本当のことを言う気もない。

 もちろん、シャハロは声を荒らげて言い返した。


「黙って聞いて折れば放言三昧、もう我慢ならん!」

「我慢なんねえのはこっちだ、はあ」


 腕を掴まれたまま、僕は首を捻ってシャハロを見上げた。

 もちろん、睨み返される。


「その方、己の立場を弁えよ」


 他国の兵士たちの視線を浴びながら、僕はシャハロと黙って見つめ合った。。

 更に低く傾いた月に照らし出された顔が、苦笑いした気がした。。

 分かった。

 そういうことか。

 そこで僕は、ウソ泣きしてみせた。


「お許しくだせえ、大将閣下!」


 どこかで聞いたことのある、高そうな位の名前を挙げる。

 ここは、ゴマをするところだ

 隊長っぽい人も、悪い気はしなかったらしい。

 口元を緩めて声をかけてきた。


「どうした?」


 しめた。

 腕を掴まれて這いつくばることもできないので、とりあえず、ため息をついてみせる。

 そこで、ひと息にまくしたてた。


「聞いてくだせえ、あれは、おいらの妹でやんす。何か悪いもんでも食ったのか、それとも悪魔にでもとりつかれたのか、自分をこの国のお姫様だと思い込んでますんで。黙ってりゃあいいんでやんすが、親兄弟どころかご近所にも、あの調子で食ってかかりまして。それが町中で噂になって、とてもとても、住んではおられんようになったんでごぜえやす。いっそのこと、お隣の国へ行って、ええ医者を探そうかと」


 ガヤガヤ言いはじめた兵士たちを、隊長さんは手で制する。

 当たりが静まり返ったところで、僕はなおも泣き叫んだ。


「どうか、通してくだせえ! この国に、頼れる者はもう誰もごぜえやせん。正気を失った妹とふたりで、どうやって生きていったらええんでがんしょう? そのくれえなら、おいらたちのことだど誰もしらねえ国に言ったほうがマシでやんす。どうか、どうかお助け下せえ!」


 僕から離れた隊長さんの手が、高々と上がる。

 まずい。

 殺せ、の合図か?

 慌てて、その手にすがりついた。


「おいらはどうなってもええだ! 妹を! せめて妹だけでも!」


 僕とシャハロの猿芝居が失敗したかと思ったときだった。

 街道を埋め尽くした兵士たちが、一斉に左と右へ寄った。

 道の真ん中が空いたところで、シャハロが大袈裟な身振りをしながら僕に命じる。


「馬の轡を取りなさい!」  


 僕が口を取ると、馬は静かに歩きだす。

 道を開けた兵士たちは、薄い胸を反らす馬上のシャハロを無言で見つめていた。

 きれいな姿に気づいて見とれてるんだろうか。

 ジュダイヤの姫だと思い込んでいる百姓娘を物珍しげに眺めているのか。

 その辺りは、よく見えなかった。

 夜明けが近づいて、月の光は、だんだんとぼんやりしていったからだ。

国境を越えれば、幼馴染のお姫様との駆け落ち成功。

さて、その先は、もちろん……。

といくかどうか気になる方は、どうぞ応援してください。

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