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路地で何が起こったのか分からないまま、親衛隊と追いつ追われつします

 どのくらい走ったか、よく分からない。

 僕たちを載せた馬はもう街を抜け出して、家もまばらな道を駆けていた。

 城からはかなり離れているみたいだったけど、こう言わなくちゃいけなかった。


「ここで休もう」

「どうして!」


 僕の身体を抱える手に、ぐっと力がこもった。

 あるかないか分からないものが背中に押し付けられて、息にも言葉にも詰まる。

 おかげで、理由を告げずに手綱を引く羽目になった。

 馬は、荒い息をついて止まる。

 道端には、ジュダイヤのよりも古い神様を祀った祠が建てられていた。

 不満そうな顔のシャハロは祠の前に、馬上からひらりと舞い降りた。

 僕は言い訳しながら、のこのこと馬を降りる。


「ハマさんに言われたんだ、城下を抜けて月が目の前に見えるまで走ったら、馬を休ませろって」


 城を出る時には高く昇っていた月が、いつの間にか大きく傾いている。

 僕たちは祠の陰に、馬を引いて隠れた。

 石造りの大きな祠は、それだけの奥行きもあった。

 シャハロは祠の裏で、草の上に腰を下ろすと、足を投げ出した。


「馬が倒れて国境までたどりつけなくなる……そういうことね」


 深いため息をついて、夜空を仰いだ。

 僕も、その隣に腰を下ろした。


「こっちの街道をハマさんが選んだのは、国境の向こうの国とは長いこと戦をしていないからなんだ」


 関所もないから、すぐに通り抜けられるらしい。

 でも、思わぬ番狂わせがあった。


「あの路地で足止めを食った……その分、急がないと」


 王様の親衛隊が迫っていたけど、僕は焦ってはいなかった。

 夢みたいにいろんなことがありすぎたせいだ。

 シャハロはというと、うつむいて何か考え込んでいるようだった。

 何人もの男たちに、気を失うほど恐ろしい目に遭わされたのだ。

 そっとしておこう。

 でも、口を開いたのはシャハロのほうだった。


「ねえ、何があったの? あの後」


 もっとも、聞かれても答えられはしなかった

 男に蹴り上げられて宙を舞ってからは、僕もすっかり気を失っていたのだった。

 それでも、何とか答えようとはしてみる。


「馬が……暴れたんじゃないかな」

「……そう」


 シャハロは、再び深い息をついて、口を固くつぐんだ。

 僕は慌てて、話を続ける。


「それで、つないであった縄がほどけて、最後のあの男を蹴っ飛ばしたんだよ、たぶん」


 そこで初めて、シャハロは僕を見て笑った。


「……ありがとう」


 何でお礼を言われるのか分からない。 

 馬って気が小さいからね、と付け加えたシャハロの笑顔は、いきなり消えた。

 すらりとした姿が、低く沈んだ月の光の中に立ち上がる。

 微かな声が、僕に告げた。


「聞こえない? ……蹄の音」

「そういえば……」


 どこかから、聞こえてくる。

 蹄の音だ。

 シャハロは僕の傍らに屈みこんで尋ねた。


「どうするの? 逃げないと、追いつかれちゃうわ」

「隠れていよう、このまま。馬の息づかいをよく聞け、って、ハマさんが」


 僕たちが乗ってきた馬の息は、まだ荒い。

 シャハロは立ち上がると、馬に寄り添った。

 そのたてがみを優しく撫でる。


「そうね……まだ、汗もかいてる。国境までは走れないかも」


 そう言うなり、シャハロは手綱を取った。

 何をどうやったのか、馬はおとなしく草の上にしゃがみ込んだ。

 これで、馬は見つけにくくなる。

 僕は、努めて低い声で告げた。


「来た!」


 馬と乗り手の影がいくつか、祠の前を駆け過ぎていった。

 息を殺して、身体をすくめる。

 しばらく待つと、蹄の音は次第に遠ざかって聞こえなくなった。

 シャハロが囁いた。


「行っちゃったみたいね」

「でも、このまま出たら、あの後を追いかけることになるよ」


 僕は止めたけど、どうしたらいいかは分からない。

 駆け落ちのお膳立てをしたハマさんも、ここまでは考えていなかったみたいだった。

 でも、シャハロはいつもの調子で、さらりと答えた。


「じゃあ、戻ってくるのを待てばいいわ」

「どうして、戻ってくるって分かるの?」


 このまま国境で待ち伏せされていたら、捕まりにいくようなものだ。

 そこで、城の内部事情をよく知るシャハロは自慢げに答えた。


「聞いたでしょう? あの角笛。あれは、王族に何かあった、って知らせ。だから親衛隊は、逃げ出した私たちを見つけたら、その場で角笛を吹くでしょうね。でも、見つからなかったら、その報告のために、もと来た道を戻ってくるはずよ」


 そこで、親衛隊の馬が去った方向から、再び蹄の音が聞こえてきた。


「……本当だ」


 間もなく、戻ってきた馬が祠の前を通り過ぎていった。

 その蹄の音が消えるのを待って、シャハロは馬を立たせた。


「じゃあ、今度は私が……ナレイじゃ頼りないから」


 そう言うなり街道に馬を引き出すと、ひらりとまたがる。


「乗って!」


 差し出された手を取って、シャハロの後ろにまたがる。

 でも、その腰にはなかなか手を回せなかった。

 いきなり叱り飛ばされる。


「つかまるんなら、早く! 言っとくけど、おかしなことしたら振り落とすからね!」


 その時だった。

 親衛隊が駆け戻った方から、角笛の音が遠く響いてきた。

 とっくに見つかってたとしか思えない。

 シャハロが低く呻いた。


「ごめん……あっちが一枚上手だった。たぶん、ヨファの仕業よ」


 忌々しげな言葉を最後に口にすると、ハッと叫んで馬の首を手綱で叩く。

 月は、次第に低く傾いていった。

 でも、どれだけ走っても、親衛隊が追いすがってくる気配はなかった。

 シャハロがつぶやく。


「変ね……たぶん、人数を集めてくると思うんだけど」

「それに手間取ってるんじゃないの?」

「集まんなくたって、さっき角笛吹いたのが追いかけてきてもよさそうなもんじゃない」


 そうこうしているうちに、国境が近いことを告げる標識が見えてきた。

 シャハロに尋ねてみる。


「……本当に、いいんだね?」

「くどい」


 心配して言っているのに。

 それでも、僕は念を押した。


「国境を越えたら、もう、お姫様じゃないんだよ」

「親が勝手に決めた相手と結婚させられるよりマシよ」


 そう言い切って、シャハロは馬を駆る。

 やがて、ジュダイヤの国の果てを示す大きな標識が見えてきた。

 これでひと安心、と思ったけど、シャハロは不審そうにつぶやいた。


「何だろ、あれ」


 地平線すれすれまで、大きな月が落ちていた。

 そこから街道沿いにやってきたかのような人の群れが、こちらに向かってくる。

 人数といい、手にした剣や刀、槍などといい、どう見ても、普通の旅人たちではない。

 シャハロのため息が聞こえた。


「どうしよう……」


 それ以上、馬は進まなかった。

 シャハロが手綱を引いたのだ。


「ここで諦めるっていうんなら、それでもいいけど」


 僕は、さっきと同じことを言った。

 進むも退くも、シャハロが決めることだった。

 何の返事もないので、また聞いた。


「もう、お城に帰る?」


 返事はなかった。

 首を縦に振れば、何事もなかったかのように帰るだけだ。

 シャハロは国王の決めた勇敢で優秀な美男子と結婚。

 根性なしの僕はハマさんに張り倒される。

 それで済むということはは分かっていた。

 頭では。

 口のほうはというと、勝手にこう言っていた。 


「このまま行くしかない」


 シャハロが頷かないということは、城に帰る気はないということだ。

 僕は馬の背中から下りて、城の通用門でいつもやっているように轡を取る。

 思いのほか、馬は素直に歩きだした。


「ナレイ! ちょっと!」


 シャハロは声を上げはしたが、どうしようという様子もない。

 轡を取られた馬は、そのまま道を進んでいく。

 やがて、武器を手にした行列の先頭が、目の前に見えてきた。

ピンチに次ぐピンチ。

ナレイは無事、シャハロを連れて国境を突破できるのか?

気になったら、どうぞ応援してください。


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