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よく分かりませんが気が付かないうちに、暴漢から姫様を守って馬で脱出できました

 こんなことをやってる場合じゃなかった。

 早くこの路地を抜け出さなくちゃいけない。


「今、シャハロだけなんだよ。この馬、走らせられるの」

「イヤ! 絶対に!」

「どうしてさ?」


 うろたえながら聞くと、横目で睨みつけられた。

 思わず息を呑んだところで、さらにきつく聞き返された。


「ナレイが私を助け出してくれるんでしょう?」 

「……そうだけど」


 だから、危ない思いをして城を抜け出してきたのだ。

 でも、シャハロは更に僕を責め立てた。


「私が馬に乗って、ナレイが後ろからしがみついたら……変でしょ」


 シャハロの身体を抱えるっていうのは、あの薄い胸を触るってことなんだが。

 でも、そこで固まっている暇はなかった。


「早く馬に!」

「何よ! ちょっとうまく行ってるからって、私に指図?」


 そういうわけじゃなかった。

 少し傾いた月を背に、近づいてくる者がある。

 大柄な男の影だった。


「おや、お若いの、こんな夜中に喧嘩かい?」


 声をかけたのはひとりだった。

 でも、それを合図に、路地の前と後ろを塞いで集まった男は、何人もいる。

 シャハロもそれに気づいたのか、鋭い目つきで両方を見渡した。

 僕は、首を振ってみせる。

 相手にしちゃいけない、という意味だ。

 でも、男装しているせいか、シャハロは強気だった。

 振り向きもしないで、男たちに答える。


「ご心配なく、収まりましたから」


 声を出したのもまずかった。

 女の子だって、バレバレだ。

 案の定、男たちはシャハロに向かって手を伸ばしてきた。


「いや、おれたちが治まんないんだな……お嬢ちゃん」


 男たちの鼻息は、荒くなっていた。

 僕は、馬をつないだ縄をほどきにかかる。


「逃げろ! これに乗って!」

「もう無理ね。挟まれてる」


 シャハロはそう言うなり、迫る男をしなやかな脚で蹴り上げた。

 顎を抑えてのけぞる男が、持っていた長い棒を落とす。

 それが地面に転がる前に、シャハロは白い手で掴み取った。

 このアマ、と叫んで襲いかかった男は、棒の先を腹に食らうと身体を真っぷたつに折って倒れた。

 さらに、後ろから掴みかかった男がいた。

 シャハロは、棒を支えに宙を舞う。


「この!」


 そのサンダルを真っ向から食らって、男は仰向けに倒れた。

 強い……。

 でも、それが限界だった。 

 大きく伸びた足を横から伸びた手が掴む。

 シャハロは地面に背中から落ちた。


「離して!」


 悲鳴に近い声が路地に響き渡る。

 自分でも信じられないような凄まじい声で、僕は叫んでいた。 


「やめろ!」


 駆け寄ろうとすると、暗がりの中、いくつもの手が伸びてくる。

 つい、悲鳴を上げてしまった。


「ひええっ!」


 おまけに、足がもつれて転んだ。

 もうおしまいだと思ったとき、後ろで、何人もが倒れる音がした。

 たぶん、僕を捕まえようとしたところで鼻先で逃げられ、勝手に鉢合わせて転んだのだ。

 立ち上がろうとしてじたばたさせた手が、何かに触った。

 シャハロが落とした棒だった。

 そこで、助けを求める声が聞こえた。


「ナレイ!」


 棒を杖に立ち上がる。

 男二人が、もがくシャハロを押さえ込もうとしていた。

 目をつむって、思い切り棒を振り下ろす。

 男たちは、呻き声を立てて地面に転がる。

 目を開けると、そのまま動かなくなっていた。

 シャハロもまた、手足をぐったりと伸ばして倒れている。


「大丈夫……?」 


 しゃがみ込んで助け起こそうとしたところで、目の前の地面に大きな影が覆いかぶさった。


「ナメた真似してくれるじゃねえか」


 それは、最初に声をかけてきた男だった。

 いきなり立ち上がって棒を叩きつけると、簡単にもぎ取られてしまった。

 棒を両手であっさりとへし折った男は、僕の腹を蹴り上げる。

 身体が、ふわりと宙に浮くのが分かった。


 高い……。


 目の下で、シャハロが動くこともできないで横たわっている。

 その上へ、さっきの男がのしかかろうとしていた。


 触るな……。

 シャハロに触るな!

 触ったら……殺す!


 そう思いはしたけど、僕の頭の中は真っ白になってしまった。


 ごめんよ、シャハロ。


 気が付くと、僕はうつ伏せで転がっていた。

 身体はひんやりとした地面の上だ。

 もしかすると、これが死後の世界というやつかもしれない。

 他にも何人もの男が倒れている。

 地獄に落ちたのだろうか。

 そんな悪いことをした覚えはないんだけど。

 目を上げると、1頭の馬が見下ろしていた。 

 僕は、動物にでも生まれ変わってしまったんだろうか。

 呻き声が聞こえた。

 男の子……いや、男装の少女が身体を起こすのが見えた。


「ここは……」


 そうつぶやく声は、シャハロに似ている。

 女の子はしばし茫然としていたかと思うと、身体を抱えて震えだす。

 それでもやがて、僕のほうへ膝でにじり寄って来るのが分かった。


「ナレイ……」


 囁きかけたところで、月明かりに照らされた顔が見えた。

 間違いない、シャハロだ。

 身体を揺すられて、僕もまだ生きているんだってことが分かった。

 すぐに跳ね起きて、尋ねる。


「あいつらは……?」


 シャハロは答えもしないで、僕にすがりつくとむせび泣いた。

 僕はその背中を抱きしめそうになったところで手を引っ込めると、すぐに、シャハロを促した。


「頼むから、馬を……」


 返ってきたのは泣きじゃくる声だけだった。


「ダメ……私、乗れない」

「そんなこと言われたって……じゃあ、帰る? お城へ」


 シャハロは涙で濡れた顔を、僕の胸にすりつけてきた。

 城を出る決心は固いのだ。

 僕たちの頭の上では、馬がぶるると唸っていた。 

 決めた。


「乗るよ……僕が。僕が馬に乗る!」


 そうは言ったけど、馬には鞍も鐙もない。

 ハマさんも、僕たちを乗せるというところまでは言えなかったのだろう。

 でも、僕の目の前では、馬が再びぶるると息を吐いて頭を下げた。

 ぽかんとしていると、シャハロが涙声で教えてくれた。


「首から……首から乗るの、ナレイ」


 シャハロの言うとおり、よじ登ってみた。

 すると、急に馬が頭を起こした。

 慌てたけど、僕の身体は、その背中に乗っかっていた。


「これでいい?」


 シャハロが頷く。

 差し伸べた手をシャハロが掴んで、それを支えに自分で僕の後ろに乗った。

 その時だった。 

 遠くから、高らかに響いてきた音があった。

 城の方角だった。


「あれは……?」

「角笛よ! 集合が掛かったんだわ、父上の親衛隊に!」


 囁くシャハロの口調は、いつもどおり厳しくなっていた。


「急いで! 気づかれたんだわ、私が抜け出したの!」


 そんなことを言われても、馬に乗ったことなんかないんだから、困る。

 あたふたしていると、シャハロが両足の踵で馬の腹を打った。

 馬は路地をとことこ歩き出す。

 シャハロはイライラと叫んだ。


「走らせてよ、ナレイ」

「そんな無茶な」


 手綱を持ったまま、おろおろと答えるしかなかった。

 ハマさんからは、手綱を離すなということしか聞いていない。

 とりあえず、引っ張ってみる。 

 馬は止まった。


「そうじゃなくて!」

「だから知らないって!」


 そう叫ぶと、いきなり馬が走りだした。

 ほっとしたけど、シャハロはそれでも納得しない。


「知ってるの? どっちへ行くか」

「知ってるけど!」


 ハマさんから聞いていた方へ、どうやって馬を進めたらいいかは分からない。

 馬はと言えば、あっというまに路地を飛び出した。

 目の前にひらけた広い通りを、一散に駆けていく。


「ナレイ……こっちでいいの?」


 耳もとで、シャハロが不安そうに囁く。

 できるだけ、落ち着いた声で答えた。


「ハマさんの話では」


 それ以上、僕たちがが言葉を交わすことはなかった。

 馬が速すぎる。

 下手に喋ると、舌を噛むかもしれなかった。

ナレイ君、初めての大活躍と言っていいのか。

ハマさん、超人的なお膳立てです。

馬上のふたりはこのまま国境を越えられるのか?

先が気になったらどうぞ、応援してください。

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