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深く静かに脱出しようと思いましたが、アテがハズれてひと悶着が待っていました

 やっとのことで、城の裏手にある通用門にたどりついた。

 シャハロは、まだ笑っている。

 門の前では、その閂を外したハマさんが渋い顔で待っていた。


「遅えぞ、ナレイ」


 顔も身体も四角いおっさんが低い声で唸ると、いくら顔見知りでも、やっぱり凄みがある。

 シャハロがいくらお転婆でも、これにはたじろいだようだった。


「……この人は?」


 考えてみれば、ハマさんに会ったこともないのだから仕方がない。

 城壁のそばで日中を過ごす使用人を、城の中で暮らすシャハロが知っているわけがない。

 むしろ、僕が特別なのだ。

 くどいようだけど、だから冗談の投げキッスひとつで、若い使用人たちに袋叩きにされることにもなる。

 それはそれとして。

 シャハロを連れて城を脱出する手引きをしてくれたハマさんは紹介しておかなければならない。


「馬丁の……」


 口を開いたところで、ハマさんに叱りとばされた。


「さっさと出ろ、余計なこと言ってる間に」


 ごつい腕が、僕たちふたりを通用門から押し出す。

 門は音も立てずに閉められた。

 ハマさんは、閂をかけなかったのだ。

 他の使用人や、城壁の上の衛兵に音を聞かれないようにするためだろう。

 そのくらい、辺りは静まり返っていた。

 僕たちの前には、月明かりに照らされた城壁の影で覆い隠されている。

 その向こうには、入り組んだ路地が真っ青な光の中に浮かび上がっていた。

 シャハロはいきなり走りだそうとしたけど、僕はその腕を掴んで止めた。

 ちょっと力を入れたら折れてれてしまいそうなくらい、細い腕だった。

 そういう僕の腕も、かなり弱々しいんだけど。

 でも、ここは歩かなくちゃいけないところだ。

 無言で。

 首を左右へ微かに振ってみせると、シャハロは男装した華奢な身体の足を止めた。

 僕は囁く。


「堂々と出ていけばいい」


 ふたり並んで、城壁の影の中を、ゆっくりと歩くことにした。

 誰も呼び止める者はない。

 城壁の上の衛兵も。

 やがて僕たちの足は、地面に落ちたその影までも踏んでいた。

 城の向こうに昇った月の光を浴びると、影がふたつ並んで伸びる。

 でも、それはすぐに、街の路地へと溶け込んでいった。

 僕はハマさんに教わった通りに、角を曲がっていく。

 その何度目かで、シャハロは溜めこんだ息をいっぺんに吐くようにして尋ねてきた。


「どうして? どうして出られたの? 私たち。どうして呼び止めなかったの? 衛兵は……私たちを」


 実をいうと、これには深いわけがある。

 勘のいいシャハロも、これには気づかないらしい。

 僕は悠々と答えてみせる。


「気にもされないんだ、門から出ていく者は。たぶん、見つかりもしなかったよ」 


 もっとも、これは僕の知識じゃない。

 ハマさんの受け売りだった。

 やっぱりお膳立てしてもらったことというのは、どこかに隙があるものらしい。

 シャハロは安心はしても、納得はしなかった。


「どうして? 衛兵の仕事じゃないの? 私たちを止めるのは」


 ここはひとつ、もっともらしい話をしてみせるところだろう。

 これもハマさんが教えてくれたことだけど。


「何で城の衛兵が、夜中ずっと壁の上にいると思う? 高いところにいたほうが、やってくる敵を早く見つけられるからなんだ」


 そこでシャハロが、微かに頷いた。

 ようやく合点がいったらしい。


「つまり……深夜の衛兵は、外敵の侵入しか警戒していない?」


 固い言い回しだった。

 何についてどう言っているのかよく分からず、ちょっと考え込む。

 夜中の衛兵は、外から攻めてくる相手を探すので精一杯だということだ。

 すぐに頷き返してみせたけど、シャハロの疑問は尽きなかった。


「じゃあ、城の中の者はいくらでも、夜中に出歩けるってこと?」


 それは、どうだか分からなかった。

 自分のことで精いっぱいで、他の者がどうしているかなど、考えている余裕もない。

 ちょっと考え込んでしまったけど、おかげでうまい説明を思いついた。


「城を出ていこうと思ったのは?」

「これが初めてだけど」


 シャハロはあっさり答えた。

 意地も見栄もない。

 おかげで、僕も難しい問いの答えを軽い気持ちで返すことができた。


「多分、僕たちが初めてなんじゃないかな……こんな夜中に城を出るのは」


 そこでシャハロは、続けて問いかける。


「これからどうするの? 歩いて逃げるの?」

「まさか……」


 僕が歩いていく路地の先には、1頭の馬がつながれていた。


「これ……誰が?」


 自分が準備したものでもないのに、僕は胸を反らす。


「ハマさん……さっきの……四角い馬丁だよ」


 ちょっと失礼な言い方だったかもしれない。

 でも、これからもう会うこともないのだ。

 感謝を込めて、このくらいの冗談を言ってもいい気がしていた。

 もっとも、シャハロには全然面白くなかったらしい。

 むしろ、関心は馬のほうにあった。


「城の馬?」


 馬丁が、城の馬の数を減らすわけがない。


「話をつけておいてくれたんだ。町の人に」


 至れり尽くせりだった。

 九分九厘どころの話ではない。

 シャハロも素直に感動した。


「知らなかった。そんなことのできる人が城にいたなんて」 


 そう言われると、ハマさんについて、もっと語りたくなる。 


「もともとは、ジュダイヤじゃなくて、サイレアの人だったらしい」


 この国は、周りの国々を征服して大きくなった。

 今でも、国境を接する国々と戦争を繰り返している。

 その辺りのことは、シャハロのほうが詳しかった。


「私たちが3つのときに滅んだ国ね」


 昔の話に、胸がじんと熱くなった。


「そう……僕たちが出会ったころに流れてきて、馬丁に雇われたらしい」


 だから、ハマさんとの関わりは、僕にとっては他のどんなものとも重さが違うのだった。

 でもシャハロはというと、サイレアのほうに関心があるようだった。


「小さな国だったけど、父上は手こずったんだって。征服に。王族から庶民まで、剣とか槍とか弓矢とか、乗馬も得意だったから」


 乗馬と聞いて、確かめなければならないことがあるのを思い出した。

「シャハロは?」


 ムッとした顔で言い返された。


「バカにしないで。できるわよ。ナレイは?」


 常識でものを考えてほしかった。

 僕は馬の轡を取るのがやっとの、使用人に過ぎない。


「いや、馬に乗ったことないから」


 だから、確かめておきたかったのだ。

 シャハロが、馬を操れるかどうか。

 ところが、そこで僕に浴びせられたのは、激しい非難の言葉だった。


「私に乗っけてけって言うの? ナレイを?」

いや、姫様連れだすのに、じぶんが馬に乗っけてもらっちゃダメでしょ……。

こんなんで本当に大丈夫か、ナレイ君!

シャハロとの大脱走を楽しみにしてくださる方、ぜひ応援してください。

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