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新たなる旅立ちのために、いったん負かした相手でも認めてやって、再び成功への足がかりになってもらいます。

 それから、どれくらい経っただろうか。

 ジュダイヤから遠く離れた国のさびれた街を、僕は馬に乗って彷徨っていた。

 旅から旅の日々だったけど、別に逃げ回っていたわけじゃない。

 あの激流を船で下ってからは、とにかく、いろんなことをしてきたのだ。


「ねえ、これで何回目? 仕官の口をふいにしたの」


 すぐ隣で馬を操る、華奢な身体をした美しい若者は、実は女だ。

 その背中には、片刃の長剣が優美な曲線を描いている。

 僕は腰に吊った長剣の鞘を押さえながら答えた


「この腕も名前も、そう安くは売れないよ。僕は『サイレアの勇者を継ぐ者』なんだから」


 何年もの間、僕は砂漠の真ん中から険しい山岳地帯の奥まで、幾多の戦いを潜り抜けてきたのだ。

 人外の怪物を倒してきた若き勇者として、その名は広く轟きわたっている。

 かつての「サイレアの勇者」のように。

 ただ、ひとつだけ違うことがあるとすれば……。


「だから、あちこちに女も作れないのね」


 からかわれた僕は、少し不機嫌に突っかかる。


「見損なうな。自分というものはね……」


 その言葉は、あっさり遮られる。


「だったら私は、『サイレアの勇者の娘』よ。気にしないことね」

「シャハロはそれでいいかもしれないけどさ」


 僕は遠くを見ながら答えた。

 その向こうには、どこまでも続く道がある。

 シャハロは苦笑いした。


「あのときはああ言ったけど……責任なんか取ってもらわなくていいんだからね、ナレイ」

「責任とか、そういうんじゃないんだ。僕の身体の中には、サイレア王家の力が生きてる。それに恥じることはしたくない」  


 そこで、後ろから声が聞こえた。


「もう、立派に使いこなしていらっしゃいます。ナレイバウス様」


 それは、ハマさんの声だった。

 シャハロの本当の父親、そして、「サイレアの勇者」だ。

 ジュダイヤを出てから、ずっと僕たちについてきてくれている。


「ハマさんのおかげです。最初のうちは身体が勝手に動いて戸惑いましたが、今は、それが当たり前になっているんです」


 本当は、ナハマンと呼ぶべきなのだろう。

 ジュダイヤの城で「地獄耳の処刑人」と呼ばれた男は、僕とシャハロを逃がすために、最後の死闘を演じたのだった。

 僕とシャハロは川を下ってから間もなく、老人の手引きでハマさんと巡り合うことができたのだった。


「ご伝授いたしましたハッタリ、あれは全て私の身に染みついた戦いの技と心構えでございます。それを学び取られましたとき、ナレイバウス様に受け継がれていた王家の力が目覚めたのでございましょう」


 そこで、今になって気付いたことがあった。


「もしかして、最初からそのつもりで?」


 ハマさんは答えないで、話をそらす。


「ところで、風の噂に聞いたのですが、ジュダイヤの王は退位したとのこと……血がつながっていないとはいえ、我が子として育てた娘を手に入れようとしたことがこたえましたな。それを口実に第一王子が反旗を翻し、兄弟たちと貴族どもをまとめて追い落としたのだとか」


 シャハロは、育ての父の惨めな末路を鼻で笑う。

 そんな姿は、見たくない。

 知らん顔して、ハマさんをからかった。


「地獄耳だね」


 ハマさんは愉快そうに笑う。 


「地獄耳ついでに、ヨフアハン殿がどうなったかも聞きたくはありませんか?」


 別に、とシャハロは笑う。

 でも、その顔は知りたそうだった。

 僕は、ヨファへの気持ちを正直に話した。


「シャハロをめぐってあんなことになりましたが、頭の働きも武術も、人並外れてはいたと思います。あれで終わったとしたら、惜しいことです」


 引き合いに出されたシャハロは嫌な顔をする。

 でも、ハマさんは嬉しそうでだった。


「それまでの行き掛かりにかかわらず、人を見る目をお持ちのようで安心いたしました」


 そこで語りはじめたのは、何度も聞かされた話だった。


「ナレイバウス様を助けようとする兵士たちが暴れだしたことで、騎士たちは己を失っておりました。それを駆り立てて、ヨフアハンもよく戦ったと思います」

「ありがとうございました。その兵士たちをまとめて、ヨフアハンの追撃を食い止めてくださったのは『サイレアの勇者』です」


 改めて感謝すると、ハマさんは気をよくしたらしい。

 もったいぶって話を続けた。


「そのヨフアハン、ヘイリオルデを誰もが見放していく中、ずっと腰巾着を務めていたのだとか。居場所がなくなったからか、それとも義理立てからかは分かりませんが。そのどちらにせよ、次の王が立てば、親衛隊長の座も、一族の別の誰かに渡ります。今では、ジュダイヤが征服した小さな国の辺境で、小さな砦の守りについているといいます」


 なんだか、気の毒だった。

 ずいぶんとひどいこともされたけど、ヨファだって一生懸命だったのだ。

 ヘイリオルデ王に最後までついていったのは、見放していく連中が許せなかったからだろう。

 でも、それが分かっているのは、たぶん、僕だけだ。

 だから、敢えて何も言わない。


 シャハロが代わりに口を開いた。


「お父様、まさか、そこを狙って?」


 ハマさんは、大きく頷いた。


「ナレイバウス様の、勇者としての名前は充分に広まりました。兵を挙げれば、その旗の下に集う者は数知れずおりましょう」


 そこまで追い込むことがあるかな、とつぶやいてみる。

 だが、シャハロは悪戯っぽく微笑んだ。


「ヨファの身になってみたら? ナレイが私と一緒に兵を率いて姿を現したら、どう思うだろ」


 答えは、すぐに出た。

 ヨファがいちばん大切にしているものを考えればいい。


「名誉挽回……」


 僕はそこで、ハマさんに向かって振り向いた。


「どこですか? その砦は」


 ハマさんは、僕を指差す。

 もちろん、まっすぐに行けという意味だ。

 でも、僕の国を手に入れる最初の手掛かりは、たぶん、僕自身の中にあるのだ。

 背中から、強い風が吹き付けてくる。

 そこに混じっていた砂を手で払ったシャハロは、僕を励ますように微笑んだ。

(完)

自分が自分であるために、ナレイ君の旅は続きます。

愛する人は傍らに、頼れる人は後ろにいます。

敵を憎まず蔑まず、戦う相手はいつも心の中に。

ここでひとまず、ナレイ君の物語は終わります。


『イケメン貴族と婚約した幼馴染のお姫様を使用人の僕がハッタリで奪い取ってザマアします』


 これにて完結!


長い間、応援してくださってありがとうございました。

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