決闘で使ったハッタリが見抜かれてピンチに陥りましたが、幼馴染の姫君に愛されているのが確信できました
そして、決闘の日がやってきた。
僕が宮殿の前にやってくると、バルコニーの手すりに駆け寄ったシャハロが、薄絹のヴェール姿で叫んだ。
「ナレイ! どうして! どうして来たの! もう、戦うしかないのよ!」
いや、戦えなければ、全てがおしまいなのだ。
僕は、バルコニーの前にひざまずいた。
「お待たせいたしました。真昼と申しましても、いささか幅がございます。どうぞ王様、決闘をお認め下さい」
実をいうと、僕はずいぶんとみんなを待たせていた。
決闘場の周りには、見物席に座った貴族たちと、その椅子を準備させられた城内の使用人と、身分の低い兵士たちで埋め尽くされていた。
バルコニーの上では、例によって、王子さまや王女さまを引き連れた王様が、貴族たちに囲まれている。
ヨファは大剣を片手に立ち尽くしたまま、頭の上から照りつける太陽に耐えていたらしい。
苦々しげに吐き捨てた。
「何があったか知りませんが、あなたが決めた時間に遅れてくるとは、非礼にもほどがあります」
実をいうと、遅れたのにはわけがある。
ハマさんの言う通りに寝た僕は、ずいぶんと日が高くなってから目を覚ましたのだ。
たっぷりと眠るためだけではない。
ヨファの身になってみれば、決闘が遅れれば、落ち着いてはいられなくなると思ったからだ。
負けたことにされるといけないと、ハマさんは止めた。
でも、ヨファや王様の立場からすれば、決闘で僕が死んだほうが後腐れがないはずだ。
ただし、それを口にすることはない。
王様に促されたシャハロは、表情のないお姫様の顔で宣言した。
「ヘイリオルデの娘シャハローミは、ジュダイヤ国王の娘として、ヨフアハンとナレイバウスの決闘を改めて許します。勝負は、どちらかが負けを認めるか、命を落とすまで続けられます。願わくば、力及ばぬ者は敗北を速やかに認め、勝った者は、敗れたる者に寛容たらんことを。勝った者は、私を伴侶として得るのですから」
ヨファはようやく、いつもの涼しげな顔で言った。
「では、勝ってみせましょう……我が剣で」
その上で、準備していたらしい小剣を投げてよこす。
だが、僕には僕の腹積もりがあった。
「私の力では、これを振り回すのが精一杯です」
手にした杖を掲げると、決闘場の周りでは、どっと笑いが起こった。
それは、ハマさんが歩けないふりをするためのものだった。
目立つように長めのものを使っていたのだが、僕が持つと、ちょうど肩ぐらいの高さになる。
国王が決闘の開始を告げると、再び笑い声が沸き起こった。
僕の構えが、臆病さを剥き出しにしたものだったからだ。
ヨファから顔を背け、身体をのけぞらせ、腕をいっぱいに伸ばして杖をかざす。
それを見て、ヨファは大剣で斬り込んできた。
……狙い通りだ。
剣の切っ先はわずかな差で、杖にも届かない。
ヨファは完全に、間合いを間違えていた。
……今度は、僕の番だ!
身体を大きく揺すった勢いで、杖を振り上げる。
ヨファが軽やかに退くと、その分だけ、僕は足を踏み出す。
もっとも、そこから杖が打ち込まれることはない。
僕は、それを地面に突いてもたれかかる。
もう疲れたとでもいうように。
ヨファは再び斬り込んだ。
「それでおしまいですか!」
慌ててのけぞった僕は、右手から左手へと杖を持ち替える。
両手を広げた幅と、肩までの高さは同じなのだとハマさんは言っていた。
一瞬で左右に振れた杖の勢いに押されて、ヨファは再び後へ退く。
……引っかかった!
僕は杖を振り上げると、また足を踏み出した。
そんなやりとりが、どれだけ続いたことだろうか。
ヨファが叫んだ。
「見切りました……そういうことですか!」
大剣が、僕の頭の上から襲いかかった。
こうなると、もう、かわせない。
両手で構えた杖は、まっぷたつになった。
ヨファは荒い息をつきながら、ゆったりと笑ってみせた。
「小細工をしてくれますね……すっかり騙されましたよ。あなたの強さは、すべて見せかけだと分かっていたのに」
「な……何のことだか」
僕はしらばっくれる。
でも、ハッタリを見抜いたヨファに、恐れはない。
思いのままに剣を振るう。
僕は斬られた杖の半分を、苦し紛れに突き出すしかなかった。
もちろん、身を守る役には立たない。
見る間に、どこかへ弾き飛ばされてしまう。
ヨファは、余裕たっぷりに告げた。
「降参なさい……でないと、本当に死んでしまいますよ」
棒立ちになった僕の喉元に、大剣の切っ先がつきつけられる。
シャハロが、バルコニーの手すりから身を乗り出すようにして叫んだ。
「もう戦わなくていい、ナレイ! 死なないで!」
「さあ、姫君も、あのように仰せです。敢えて拒むこともありますまい」
ヨファの美しい顔が歪む。
杖の切れ端を手に、僕は膝をついた。
声にはならないけど、言うことはひとつしかない。
ヨファは大剣をつきつけたまま、笑いながら尋ねた。
「聞こえませんねえ……もっと、はっきり」
声に出そうとしたけど、息を漏らすのがやっとだった。
苛立ちと共に、ヨファが咆える。
「認めなさい! 姫の仰せの通り! 力及ばぬなら、負けを!」
僕は口を閉ざした。
ヨファの大剣が振り上げられる。
「では、この決闘は終わりません……負けを認めないあなたが死ぬまで」
バルコニーから、シャハロが再び叫んだ。
「やめなさい! ヨフアハン! 勝負はついています!」
ヨファは振り向いて、きっぱりと告げた。
「姫様! ヘイリオルデ王の血を引いていらっしゃるなら、仰せになったことを翻してはなりません!」
そのひと言を最後に、大剣が振り下ろされる。
僕を叱り飛ばすハマさんの声が飛んだのは、その時だった。
「死にたくなかったら戦え!」
ナレイ君の死闘が始まりました。
ハッタリが通じなければ、シャハロを諦めるか、死ぬしかありません。
ナレイ君は、どちらを選んだのでしょうか。
それにしても、ハマはいったい何を考えているのか……
続きが気になる方は、どうぞ応援してください。




