ハッタリの師匠に決死の覚悟を告げたら張り倒されて、新たな技を伝授されました
ハマさんは、戸口に立てかけておいたらしい杖をついていた。
……たぶん、裸になったシャハロを助け出した後、ひどい目にあわされたんだ。
王様も、馬丁の身分で王女の身体に触れたのを、お咎めなしで済ませるわけにはいかなかったのだろう。
ハマさんは歩きにくそうに、小屋の裏へと僕を連れていった。
「ここでいいだろう」
壁の大きな穴が、内側から懸けられた絨毯で塞がれている。
使用人の誰ひとりとして近寄らない場所で、僕は頭を下げた。
「ありがとうございました……何だか、短い夢だったみたいな気もしますけど」
杖にもたれたハマさんは低く唸った。
「お前、本気でそう思ってるのか」
「他の人の目で、ものを見ることを覚えたんです……ハマさんのおかげで」
それは、正直な気持ちだった。
でも、杖を掴んで身体を起こしたハマさんの目は、ぎらりと光った。
「俺が教えたのは、他の誰かになりすます技だ。最初から諦めることじゃない」
「諦めたわけじゃありません。ただ、先のことが見えるようになったんです」
戦いの中を生き抜いたことで、僕には自信のようなものが生まれていた。
でも、ハマさんは冷たく話を受け流す。
「お前が見なくちゃいけないのは、生き延びた自分の姿だ」
「でも、決闘じゃあ…… 僕には、ハッタリしかないんですよ!」
そこで、ハマさんの鉄拳が横殴りに、風を切って飛んできた。
一瞬、目の前が真っ暗になる。
地面の上で気が付いた僕は、ようやくの思いで、膝を突いて身体を起こした。
「僕が明日、ヨファと戦えば必ず負けます。でも、諦める姿をシャハロに見せたくない。だから、死ぬまで戦います」
呻きに近い声だったけど、僕は変えられない思いを、はっきりと告げた。
震える声で、ハマさんは聞き返してきた。
「じゃあ、シャハロの身になってみろ。どうしたいんだ、姫様は」
「それは……」
確かに、逃げてもいいと言った。
それを答えられないでいると、ハマさんの温かい言葉が、不愛想に投げかけられた。
「それなら、死ぬんじゃない。絶対に」
「じゃあ、逃げろっていうんですか? 最初から諦めるなって言ったじゃありませんか」
返ってきた答えは、単純だった。
「戦って、勝て」
「どうやって?」
戸惑うしかない僕に、ハマさんは皮肉たっぷりに聞き返した。
「お前にはハッタリしかないんじゃないのか?」
僕の身体の中を、稲妻が通り抜けた。
そうだ。
これで戦い抜くしかない。
待ってくれている、シャハロのために。
僕はハマさんの前で、両足を踏みしめて立ち上がった。
「教えてください、もう一度」
そして新たな、ハッタリの特訓が始まった。
まず。
ハマさんは、腰を落として身構える。
「いっぺんしか教えんから、よく見てろ」
僕をじっと見据えたかと思うと、身体を大きく揺さぶりながら、杖を頭上へ振り上げた。
そのまま、思いっきり足を踏み出す。
……来る!
杖が頭の上から降ってくると思って、片手をかざして身体をすくめた。
でも、何も起こらない。
きょとんとして手を下ろしたところで、足を払われて仰向けに倒れた。
……え?
茫然とする僕を見下ろしながら、ハマさんは尋ねた。
「何で、頭をかばった?」
「……そっちに来ると思ったから」
ぽつりと答えると、ハマさんは大きく頷く。
「そういうことだ。杖と身体の勢いを見て、お前は勝手にそう思いこんだ」
「すると、ヨファも……」
そこに気が付いたところで、杖が差し出された。
僕は、それをハマさんの動きを思い出しながら振り上げる。
さらに、ひと息だけ置いてから、足を払いにかかった。
でも、それは止められる。
「お前の腕じゃ、ヨファにはかすり傷もつけられんだろうよ」
「攻めなければ、勝てません」
困り果てる僕に、答えはさらりと返ってきた。
「最初から、剣の届かんところにおればいい」
「すぐに間を詰められるんじゃあ……」
そこで、ハマさんはにやりと笑う。
「剣が命中すると相手に思わせるには、お前がどうしたらいい?」
「僕がそう思ってるように見せかける……」
そんなときは、ヨファの剣を受け止めるに、剣を振り上げることだろう。
少しでも逃げようとして、顔と身体はのけぞるはずだ。
それをやってみせると、ハマさんは満足そうな顔で、さらに知恵をつけてきた。
「動かなくてもいい。最後の一撃に備えて、力を溜めておけ」
「最後の……」
明日までに、そんな必殺の剣が身に付くわけがない。
でも、ハマさんは言った。
「難しく考えても仕方がない。サイレアの王族ならともかく、お前は自分にできることをしろ。相手が疲れ切っていれば、充分に勝てる。お前は疲れないように、ゆっくり動けばいい」
「サイレアの……王族?」
僕は、生まれた国のことも覚えていない。
そこで、ハマさんははなぜか、大真面目な顔をしてみせた。
「武勇も知略も、共に優れた人物が生まれる家でな。そういったことはたいてい、生まれつき身についていたらしい。特に、高く跳んで相手を脳天から唐竹割りにするなんていうのは、サイレアの勇者にもできない芸当だったというな」
それだけ言うと、すたすたと帰っていった。
さっさと寝ろ、とだけ言い残して。
そこで、はたと気付いたことがあった。
「ちょっと? 杖は?」
のっそりと戻ってきたハマさんは、僕からひったくった杖を担いでみせる。
「これも、ハッタリよ」
いったんは死を覚悟したナレイ君、反撃のチャンスが巡ってきました。
このままヨファを倒して、シャハロを奪い返せるでしょうか?
それにしても奇妙なのは、ハマさんの謎めいた言葉です。
サイレアの王族の、秘められた力とは……?
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