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幼馴染の姫君に今までのハッタリを白状したら逆にいい雰囲気になったけど、肩透かしをくらってオッサンと一晩過ごす羽目になりました

 そこでヨファが割り込んできた。


「時と場所は望み通りに」

「明後日の真昼、ここで」


 僕が間髪入れずに言い切ったのは、それなりの腹積もりがあったからだ。

 次の日の朝早く、僕は再び、あの棗の樹に登った。

 トゲに腕や手を引っ掻かれながら取った実を、城の廊下の窓から放り込む。

 シャハロなら、この意味が分かるはずだった。

 その晩のことだ。

 男装したシャハロが僕の小屋に、壁に懸けられた絨毯を押しのけて入ってきた。

 いつものように、悪戯っぽく笑ってみせる。


「私を呼び出したってことは……何かたいへんなことが起こったのね」


 ランプのほのかな灯に照らされて、僕はシャハロと向き合って座った。

 その目を見つめて、正直に言う。


「許してほしい。僕は、ヨファに勝てない」


 シャハロは、別段、怒りも悲しみもしなかった。


「どうして、そう言い切れるの?」


 静かに聞いてくれて、僕もやっと安心できた。

 これで、落ち着いた話ができる。


「ヨファは、貴族の生まれで斬り込み隊長まで務められる騎士だ。どのくらい強いかは、僕もこの目で見た。勝負にならない」


 シャハロは、なあんだという顔をした。


「ケイファドキャに包囲された要塞で、私たちを救ったのはヨファじゃない。ナレイよ」

「そういう話をしているんじゃないんだ」


 ハッタリで、決闘に勝てるがない。負けるまいと死に物狂いになれば、たぶん、本当に死ぬ。

 それでも、シャハロの励ましはうれしかった。

 自分でも、顔がほころんでいるのが分かる。

 そこにつけ込むように、シャハロは一気にまくし立てた。


「二言目には、サイレアの勇者、サイレアの勇者ってうるさかったけど、それが本当かどうかなんて、どうだっていい。みんながそれを信じて、信じたふりをして、生き抜こうと思ったことが大事なんじゃない?」


 胸が熱くなった。

 あの戦いを、シャハロはそんなふうに見ていてくれたのだ。

 もう、思い残すことはない。

 僕は、覚悟を決めた。


「ありがとう……これで、明日は逃げずに戦える」 


 途端に、シャハロの美しい眉が吊り上がった。


「……バカ?」


 どうやら、長い話をしなくてはならないようだった。

 それでもいい。

 少しでも長く、シャハロといっしょにいたかった。

 心の中にあるものを、全て吐き出す。


「何て言ってくれてもいいよ。たぶん、昨日までの僕だったら逃げていた。生き抜くために。サイレアの勇者っていうのも、危ないところから逃げるのに、都合のいいハッタリだったんだ」


 何か胸につかえていたような気がしていたけど、これですっきりした。

 でも、深く息をつく僕を、シャハロは別に何とも思っていないようだった。

 むしろ、僕を心配そうに見守っている。

 でも、見つめ返す目は、今までとは違っていた。

 仕方がない。 

 僕は、死ぬまで胸の中に隠しておくつもりだった、たぶん、僕にしか分からないことを口にした。


「本当は、初めて城の外に出たとき、何かが変わってたんだ。僕の心の中で……このままじゃいけないって」


 自分でも、何を言っているのか分からなくなってくる。

 シャハロは、悲しげに目を伏せた。


「だから、死ぬと分かった勝負をするっていうの? 逃げないために。違う自分になるために」


 そこまで読まれているとは。さすがはシャハロだ。


「ごめん」


 思わずうつむいたところで、僕の顎の下に、しなやかな指が伸びる。

 それをくいっと跳ね上げるなり、シャハロは意地悪く笑った。


「ナレイって、本当にバカが治ってないのね、棗の樹から下りられなかった子供の頃から」


 そんな昔のことを持ち出すかという気がする。

 何だか、自分が情けなくなってきた。


「じゃあ、どうしろっていうのさ」


 ぼそぼそと口答えをする。

 シャハロは、さらっと返事をした。


「戦わなきゃいいじゃない。私、父上に言うわ。決闘なんか知らないって」

「そんなことしたら……」


 王様に、ケンカを売るようなものだ。

 慌てる僕に、シャハロは言い切った。


「一生閉じ込められるけど、それでもいい。私は」

「ダメだ、そんなの!」


 つい、厳しい言い方になったけど、シャハロも真剣だった。


「逃げてもいいのよ、ナレイ。どこか遠くへ……でも」


 そこでシャハロは微笑を浮かべたが、どういうつもりか、さっぱり分からない。

 シャハロは、冗談めかして言葉を続けた。 


「いつか助けにきてね。塔の中のお姫様を」


 自分でも抑えきれないものが、僕の身体を突き動かした。

 気が付いたときには、シャハロを抱きしめようとしていた。

 でも、その姿は、どこにもない。

 壁につるされた毛布を揺らす風の中へ、溶けるように消えていた。

 入れ替わりに、誰かが背後の扉を開けて、小屋に入ってきた。

 振り向くと、ハマさんがいた。

 手に持った手紙を、僕に突きつける。


「戸口に落ちていた。読んでみろ」


 ランプの灯を頼りに、僕は文字をたどる。


「国を去れば、シャハロが結婚を拒んでも自由は保証する」 


 明らかに、ヨファからのものだった。

 僕が逃げれば、シャハロが愛想をつかすとでも思ったのだろう。

 その辺りは、ハマさんはハマさんで、察しはついていたらしい。


「どうする? お前次第だ」

「戦います、もちろん」


 僕は迷うことなく答える。

 だが、ハマさんには低い声で叱り飛ばされた。


「バカヤロウ! 相手は……お前を殺す気だぞ」


 たぶん、そうだろうと思っていた。そのほうが、後腐れがない。


「それでもイヤです、逃げるなんて」


 間髪入れずに言い返すと、ハマさんは笑いだした。


「変わったな、お前……ついてこい、逃げることも死ぬこともねえ」


 そう言うなり、小屋の外へ歩きだす。

 人に足音を聞かれないよう、でも、自分を奮い立たせようと大股に、僕はその後を追った。

ついにハッタリを白状したナレイ君。

でも、シャハロはいつまでも待っているつもりのようです。

逆転のカギは、やはりハマさん。

何か秘策があるのでしょうか?

続きが気になる方は、どうぞ応援してください。

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