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おっさんに早合点されたのはイヤだけど、幼馴染のお姫様のために深夜の駆け落ちを決行します。

 でも、僕は返事をしなかった。

 これは、全部ハマさんにお任せします、という意味じゃない。

 放っといてほしい、という意味だ。

 僕は、シャハロを連れて逃げる相談をした覚えはない。

 ハマさんが勝手に先回りして考えて、勝手に決めてしまったことだ。

 小屋の壁に大穴を開けたときと全く同じことをやっているんだけど、たぶん、本人は分かってない。

 それどころか、きつい言い方で僕を責めたてさえする。


「そもそもお前、自分の生き方とか考えとかっていうもんがあるのか」


 いきなり話が難しくなった。

 とりあえず、真面目な顔で聞き返す。


「それ……何ですか」


 ハマさんは、ぽかんと口をあけたままだった。

 でも、僕はとぼけているわけでも何でもない。

 

「で、どうやって呼び出すんですか? シャハロを」


 やっぱり、聞かないではいられなかった。

 ちょっとの間、返事はなかった。

 ようやく聞こえてきたのは、喉の奥から絞り出したみたいな声だった。


「ねえのか、思い出の場所とか」


 それを僕に聞くかな、と思った。

 言い出しっぺはハマさんのほうだ。


「お膳立てしてくれるんじゃなかったんですか?」


 やがて、ぶすっとした声が返ってきた。


「あとの一厘はお前の仕事だよ」


 そう言われて、僕は目を閉じた。

 真剣に、シャハロと過ごした昔のことを思い出していたのだ。

 いくつも、いくつも、頭の中に蘇ってくることがある。

 その中で、ひとつだけ思い当たる場所があった。


「城でいちばん大きい棗の木から降りられなかったのを……」


 ほお、とハマさんが眼を見開いた。


「お前が姫様を?」


 いかにも感心したというふうに、ハマさんが尋ねる。

 僕は、いやなことをなるべく思い浮かべないように、短く答えた。


「姫様が僕を」


 子供の頃からそんなことばかりで、僕は身分の違いを気にするようになる前から、ずっとシャハロに頭が上がらないのだった。

 それが分かったのか、ハマさんは深いため息をついた。


「だからお前は下僕だと」


 いくらシャハロに頭が上がらなくても、そのひと言だけは聞きたくなかった。

 自分でも信じられないような思いが、身体の中に湧き上がってくる。

 世話になってるハマさんにこんな言い方はしたくなかったけど、自分を抑えきれなかったのだ。


「使用人だから」

 

 ハマさんは、さらりと答えた。


「確かに、使用人と下僕は違う。働いた分、給料をもらうのが使用人で、タダ働きするが下僕だ」

「そうじゃなくて」


 違う。

 お金の問題じゃない。

 でも、それをどう言おうかと迷ったところで、先にハマさんが口を開いた。


「お前は姫様の何だ」


 どう答えていいか分からない。

 ハマさんは、じっと僕を睨んでいる。 


「分かりません」


 あっというまに、気分が落ち込んでいった。

 ハマさんはというと、イライラしながら聞いてくる。


「そもそもお前、姫様連れて逃げたいのか逃げたくないのかどっちだ」

「それは……」


 僕は口ごもったまま、その場に膝を抱えてうずくまった。

 このままでは、シャハロは王様が勝手に決めた相手と結婚させられてしまう。

 黙ったまま考えているうちに、のっそりとハマさんは起き上がった。

 僕を見下ろすと、吐き捨てるように言う。


「勝手にしろ」


 そうやって放り出されたら、何もできなくなる。

 むしゃくしゃして、僕は返事もしないで立ち上がった。

 ハマさんが出ていけるように、戸口の前から離れる。

 小屋の隅で丸まって寝てしまうと、ハマさんが、ランプの灯を吹き消した。

 開けた戸を、乱暴に閉めて出ていく音がした。

 

 夜が明けると、僕はすぐに起き出した。

 使用人のみんなが起きてくる前に、あの棗の木に登った。

 実を取ろうとして葉の間に腕を伸ばす。


「痛っ……」


 枝のトゲに引っ掻かれた。

 あのときにはなかったことだ。

 実のあるところは遠すぎて、小さかったころの僕では手が届かなかったのだ。

 それを取ってくれと言って僕を木に登らせたのは、もちろん、シャハロだ。

 今になってやっと手に入った棗の実を、幾つか握りしめる。


「やったぞ、シャハロ……」


 つぶやいたところで、人のいない、朝早くの城の廊下までは聞こえないだろう。

 僕は手に持った小さな実をひとつ、窓に向かって投げた。

 何度か投げたけど、届かなかったり、壁に当たったりして、窓の向こうに落ちることはなかった。

 そのうち、手の中に残った実はひとつだけになる。


「仕方ないか……」


 僕は腹を決めて、木を滑り降りた。

 地面から見上げると、その分、城の窓は高くなる。

 でも、足を踏ん張った方が、力を込めて投げられる。

 窓のあるところを確かめながら、僕は後ずさる。


「行け!」


 全力で、棗の実を放り投げる。

 小さな実は、冷たく眩しい朝日の中、緩やかな弧を描いて城の窓の中へと消えていった。


 夏の終わりの太陽が夕暮れに沈むまで、僕は汗だくになって働いた。

 相変わらず、城の通用門を出入りする人や馬や車は多い。

 でも、いくら疲れていても、夜中に眠ってしまうわけにはいかなかった。

 月が高く昇りつめると、降り注ぐ真っ青な光が、棗の木の下に暗い影を作る。

 その下で、僕は男装のシャハロと会うことができた。


「廊下に落ちてたから、まさかとは思ったけど……本当に待ってるとは思わなかった」 


 驚きが半分、からかいが半分。

 僕の目の前に、あの棗の実が差し出される。

 きれいな手だった。

 どうしてだか分からないけど、胸がどきどきする。


「来ると思ってた」


 それでも、一生懸命にはっきりと答えたのは、そうしないと格好が悪いと思ったからだ。

 シャハロにしてみれば、それがかえっておかしかったらしい。

 やっぱり、笑われた。


「どうして?」


 悔しいとか恥ずかしいとかいうのとは別の何かが、身体のなかで渦巻いていた。

 それをいっぺんで吐きだそうとして、僕はまくし立てた。


「シャハロが諦めるわけない。でも、僕の小屋には絶対に来ない。夜中にくるとしたら、ここしかない」


 笑い声は止まらない。 

 でも、人に聞かれてもまずい。

 それはシャハロも分かっているのか、声を押し殺して震えながら答えた。


「じゃあ……」


 僕も頷いて歩きだす。


「行こう」


 でも、シャハロは動かなかった。

 本気を出せば、僕よりも遥かに足は速いはずだ。

 おかしいと思って振り向く。

 目の前に、シャハロが手を差し出していた。

 月の光の下で、その腕が、指が真っ白に輝いている。

 その手を取っていいのかどうか、迷った。

 シャハロに怖い目で、睨み据えられて、身体がよけいにすくみ上がった。

 目が合うと、足が動かなくなる。

 でも、こんなことをしている場合じゃない。

 僕はシャハロの手を取って走りだしたけど、足が思うように動かない。

 歯を食いしばると、後ろでシャハロがくすくす笑う声が聞こえた。

ナレイとシャハロの脱出行が始まります。恋の道行、果たしてどうなるか。

先が気になる展開でしたら、応援よろしくお願いします。

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