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ムダに血を流すことがないようにひと芝居打ちましたが、それがどうやら偉い人の気に障ったようです。

 そのとき、ケイファドキャの軍勢はというと。

 河の民たちに守られたシャハロと、丘の斜面から見ているだけじゃ分からないこともある。

 後で聞いたところでは、あっちはこんなふうだったという。


「押されるな! こちらは多勢、向こうは無勢だ!」

「しかし、強い! 侮れん!」


 兵士たちが、騎士たちが馬上から振り下ろす大剣から逃げながら叫び交わす。

 間違いなく、ヨファの斬り込み隊に分断されてはいた。

 だが、それは見せかけだった。

 左右に分かれたケイファドキャの兵士たちは、揃って騎士たちの背後に回ったのだ。

 それに気づかないヨファは、部下の騎士たちをけしかけたらしい。


「進め! 相手は怯んでいる!」


 丘の斜面から見ていても、斬り込んでいく騎士たちの前は、どこまでも開けていく。

 そのうちヨファたちは、ジュダイヤの援軍に向かって押し出された形になった。

 隙間なく集まったケイファドキャの兵士たちは、その背後を襲う。


「しまった!」


 ヨファは、ムキになって馬首を返した。

 騎士たちも、それに倣う。

 そこで斬り込み隊が援軍の先陣を切ることになったのは、皮肉な話だった。

 要塞に残っていたジュダイヤの兵士たちが、一斉に突進したのだ。


「姫様直々のご命令だ!」

「抜かるな!」


 ケイファドキャ軍の向こうから、要塞の兵士たちが喚き叫ぶ。

 戦えるのは騎士たちだけだとタカを括っていたのは、大きな失敗だった。


「まだこんな!」

「たかが雑兵どもに!」


 不意打ちに混乱するケイファドキャの陣へ、騎士たちが大剣を振るって斬り込む。


「見くびってくれたな!」

「騎士の剣、真っ向からうけてみよ!」


 再び、ケイファドキャの陣は崩れた。

 そこへ、ジュダイヤの援軍が押し寄せる。

 角笛が鳴り、僕たちと違って力のあり余った男たちが殺到した。


「よく耐えた!」

「それでこそ我が国の兵よ!」


 やがて、ケイファドキャの軍勢は散り散りになった。

 生き残った者は先を争って戦場を離れ、それが間に合わなかった者たちは捕まった。



 これだけの勝利にも関わらず、ケイファドキャの死者は少なかったらしい。

 それでよかったのだ。

 たとえ遠い所からであっても、人が死ぬのを見るのは耐えられなかった。


「いけない……こんなんじゃ」


 でも、シャハロはというと、自分も戦いに行こうとした。


「こんなところで命令するだけなんて!」


 周りを守っているのは、剣や槍を構えた河の民だ

 丘の麓で戦っているのは、本当なら要塞に引き揚げるだけだった兵士たちだ。

 命令したシャハロがいたたまれなくなるのも、当然である。

 でも、僕はたしなめた。


「シャハロがすることは、他にあるんじゃないか?」

「勝つより大事なことって?」


 不満げに睨み据えるシャハロに、僕は穏やかに頼んだ。


「言う通りにしてくれないか?」


 それから、しばらく後のことだ。

 ケイファドキャの陣の一番後ろで、若い兵士が大勢に追い立てられていた。

 もちろん、それは僕だ。

 剣や槍を振り回しているのは、河の民だった。

 敵も味方も、その穂先や刃には自分から近づいてはこない。

 だから、誰ひとりとして傷つくことはなかった。

 黙って見ているケイファドキャの兵士たちの前で、僕は叫ぶ。


「こっちだ! こっちなら逃げられる!」

 逃げていく先は、丘の上の要塞だ


 ジュダイヤの軍勢は、残らず打って出ている。

 堅固な壁と鉄扉の向こうは、もぬけの殻になっていた。

 それに気が付いたのか、ケイファドキャの兵士たちは、こぞって僕の後に続いた。


「あっちだ!」

「逃げ込め!」


 その途中に、シャハロの姿はない。

 後に残った河の民に守られて、僕の考えた手はずどおり、丘の裏手へと姿を隠していた。


 やがて。

 要塞は人であふれ返り、逃げ込めなかった者は丘の中腹にとどまった。

 逃げ場を失った者は戦場を離れ、あるいは降参する。

 ジュダイヤの軍勢は、丘の上の要塞を取り囲んだ。


「攻めと守りが入れ替わったな……」

 要塞の中へケイファドキャの兵士をおびき寄せた僕はというと、井戸の底の抜け道を通って外へ出た。

 あらかじめ打ち合わせた通り、河の民が待っていた。


「じゃあ、お願いします」


 出口になる涸れ井戸から人が出入りしないように、見張っていてもらう。

 ジュダイヤの軍勢の中へと戻ってきたときには、勝利の雄叫びが響き渡っていた。

 そこで、シャハロが丘の中腹に姿を現すと、たちまちのうちに兵士たちの声が上がった。


「姫様バンザイ!」

「シャハローミ様バンザイ!」


 河の民は井戸の見張りについているので、シャハロはひとりで丘から下りてくる。

 援軍の中から迎えに出たのは、いつの間にかいなくなった、王様の使いだ。

 小柄な体で膝を突くと、恭しく頭を下げる。


「シャハローミさま、陛下は心を深く痛めておられます。一日も早くヨフアハンさまと共にご帰還ください。婚礼を早めたいとのことです」


 忘れていた。

 ジュダイヤに帰れば、そういうことになるのだ。

 どこから現れたのか、ヨフアハンもシャハロの前にひざまずいた。


「かように危険な場所に姫の足を運ばせましたる不手際、深くお詫び申し上げると共に、陛下の寛大なお言葉に感謝いたします」


 それを全く無視して、シャハロは王様の使いに、厳かな口調で告げた。


「お言葉、確かに承りました。父上に於かれましても、お約束の儀はよしなに、ナレイバウスは約束を果たしたと申し伝えなさい」


 ヨファは僕に気付いたのか、苦々しげなまなざしを向けてくる。

 ちょっと身体がすくんだけど、敢えて、シャハロの前へ悠々と歩み寄ってみせる。


「手抜かりはなかったと思うんだけど……これは?」


 王様の使いとヨファの目つきは、尋常じゃなかった。

 城に帰ったら、面倒なことになりそうな気がする。

 でも、シャハロは囁いた。


「心配しないで。帰ったら、全部うまく行くわ」

戦場編は、これにて終わります。

次回からは、宮廷での暗闘が語られることになります。

先が気になる方は、どうぞ応援してください。

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[気になる点] 説明が少なめの、完全に主観タイプの小説だからまあ仕方ないんだが なんで婚約者様は無能ムーブかましてるの? 主人公が優秀すぎたのか、それとも最初に語られた有能っぽい話が偶然だったのか.…
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