僕の作戦が実行に移されましたが、姫の婚約者がまたしてもスタンドプレーに走りました
困ったことになった。
僕は庶民の新兵が横たわる部屋で、考え込んだ。
もともとは、ジュダイヤ側が毒入りの食糧で倒れ、疲れ切って動けないふりをする手はずだったのだ。
「サイレアの勇者か……」
僕が自分で言ったこととはいえ、要塞には強い味方がついたことになってしまった。
ケイファドキャの兵士たちに警戒されては、元も子もない。
「言い張るしかないよな、そんなのいないって……」
そのためには、降伏の使いが、見るからに弱りきっている必要がある。
僕は、水を飲んで過ごす羽目になった。
「せめて、シャハロに会えればな……」
そう思いはするけど、声には出さない。
実際のところはどうであれ、表向きはヨファという婚約者がいるのだ。
「ただでさえ、難しい立場なんだ」
シャハロには、王様の実の子ではないという噂が立っている。
城の中では、数多の兄弟の間で肩身の狭い思いをしてきたのだ。
ましてや、敵に包囲された要塞の中で、余計な混乱を引き起こすべきじゃなかった。
小屋の中で横になりながらぶつくさ言っているうちに、作戦の日の朝がやってきた。
空腹を抱えてふらふら立ち上がると、小屋の中で仲間たちが励ましてくれた。
「頼んだぜ」
「大丈夫、大丈夫!」
「生きて帰って来いよ!」
そう言いながら、そこらに落ちているような棒きれを渡してくる。
これを杖にしてしがみつくと、なんとか、要塞の鉄扉まで足を引きずっていくことができた。
そこで待っていたのは、要塞のあちこちから集まった兵士たちだった。
立ち並ぶ兵士たちの向こうで、シャハロが微笑んでいる。
唇の微かな動きで、微かにこう言っているのが遠くからでも分かった。
「行ってらっしゃい」
もっとも、そのすぐ隣には、当然のようにヨファが立っていた。
その眼差しは、背筋が寒くなるほど冷たい。
でも、そう感じているのをヨファに悟られるのはいやだった。
門の前へ小走りに駆け寄ると、近くにいる兵士に囁く。
「開けてください」
鉄の扉が動き始めると、危ないからなのか、兵士たちはすぐにその場を離れていった。
ヨファが連れていこうとしたシャハロは、その手をふりほどいて僕を見送ろうとする。
でも、すぐに引き戻された。
思わず追いかけようとしたところで、シャハロは振り向いて首を振った。
「行きなさい、ナレイバウス」
いつものシャハロとは違う、お姫様の声だった。
何だか、心と身体が引き締まる。
背の高さほどに開いた扉から要塞の外へ出た。
斜面を降りていくと、身体は芝居抜きに右へ左へよろけた。
僕の姿が見えたのか、麓からは微かに歓声が聞こえはじめる。
ケイファドキャの陣地についたときは、大騒ぎが始まっていた。
「やった!」
「ひとり出てきたぞ!」
「こっち来い!」
勝利に酔いしれた兵士たちが、上官のもとへ僕を引きずっていく。
その前に膝から崩れ落ちると、僕の口は力ない声で、勝手に嘘八百を並べたてる。
「もう、いけません。運ばれてきた食い物に毒が仕込まれていて、生き残ったものは抵抗もできずに、腕っぷしの強い男たちに捕まっています。全員殺すつもりはないようで、死体の始末をさせる分だけは残しておいて、降伏を勧めています。私らにも意地がありますから、援軍を待っておりましたが、もう、参りました」
やがて、僕を先頭に立てて、ケイファドキャの部隊がひとつ、動きだした。
でも、人数はそれほど多くない。
明らかに、戦える要塞の兵士の数を見誤っていた。
それを要塞のジュダイヤ軍が見逃すはずがない。
ケイファドキャの部隊が丘の中腹に差し掛かった頃、要塞から、角笛の音が高らかに鳴り響いた。
「何だ?」
「死んだんじゃなかったのか? あの連中」
「開いたぞ! 要塞の扉!」
兵士たちがうろたえ騒ぐ。
そこへ、ジュダイヤの軍勢が押し寄せてきた。
戦闘は、白馬にまたがった銀の鎧の騎士だ。
ヨファは剣を高々とかざして、他の騎士たちに呼びかける。
「時は来た! 今こそ、我々の力を示せ! 死を恐れるな! 囚われの身となったことを恥じよ!」
その恥をすすぐのは今しかないという勢いで、騎士たちの乗った馬は丘の斜面を駆け降りてくる。
ケイファドキャの急襲部隊は、総崩れとなった。
「逃げるぞ!」
口々に叫んで、転がるようにして丘を駆け降りる。
後に残されたのは、僕だけだった。
そのすぐそばを、騎士たちがすり抜けていく。
慌てた僕は、振り向いて叫んだ。
「待ってください!」
ジュダイヤの軍勢も、いったん退却することになっていたはずだった。
丘を登って反撃してくるケイファドキャの兵士たちの背中は、ジュダイヤ本国の軍勢の前に晒されることになる。
それが狙いだったのに、僕の声が騎士たちに届くことはなかった。
ヨファが、部下たちをけしかけていたからだ。
「私に続け!」
馬に乗った斬り込み部隊は、ケイファドキャの陣地深く斬り込んでいく。
もう、僕の話なんか誰も聞いてはいなかった。
「戻ってください! 逃げられなくなります!」
斬り込まれた陣地は、あっという間に総崩れになる。
だが、それを埋め合わせようとするかのように、ケイファドキャの兵士たちの群れがなだれ込んできた。
これじゃあ、きりがない。
でも、その上にまだ、悪いことが重なった。
僕は、ひとりでつぶやくしかない。
「間が悪すぎる」
ケイファドキャの兵士たちが揃って、要塞とは反対の方向を向いた。
その先では、ジュダイヤの援軍が土煙を立てている。
「いけない……これじゃ」
ケイファドキャの軍勢だって、ずいぶんと多いのだ。
正面からぶつかったら、勝てないかもしれない。
そのときだった。
僕の後ろで、鋭く叫ぶ声があった。
「敵の背後を突きなさい!」
それは、姫君としての、シャハロの命令だった。
他国での戦いも、大詰めです。
さあ、ジュダイヤ軍の運命やいかに。
そして、ナレイ君の恋は……。
先が気になる方は、どうぞ応援してください。




