多勢に無勢をハッタリで逆転して助けた恋敵に助けられて、その切ない思いを聞かされました
ヨファはというと、僕に気が付いていたらしい。
低い声でつぶやいた。
「近寄るな」
でも、ケイファドキャの兵士たちの中から聞こえたのは、バカにしたような笑い声だった。
ヨファがすっかり怖気づいているように見えたんだろう。
僕にとっては、願ってもないことだった。
下腹に力を込めて、思いっきり低い声を出す。
「何で俺がひとりで助けに来たと思う……」
面倒なことをしてくれた、ヨファへの恨みのせいもあっただろう。
涸れ井戸の中に、地の底から聞こえてくるかのような声が響き渡った。
僕は、更に声を張り上げる。
「たったひとりで、わざわざこんなところへ!」
兵士たちが、誰だ、誰だと騒ぎ出す。
無理もない。
月明かりしかない夜闇の中で、どこから聞こえてくるか分からない声がするのだ。
もうひと押しだ。
井戸の底から噴き出す水のような勢いで、僕は叫ぶ。
「サイレアの勇者だ!」
その名前が、どこまで知れ渡っているかは分からない。
でも、それはともかくとして、ケイファドキャの兵士たちは慌てはじめた。
完全に落ち着きを失って、きょろきょろと辺りを見回す。
今だ!
僕は、井戸の中からゆっくりと姿を現した。
余裕たっぷりにひと息置いて、小剣を抜く。
そのまま、ケイファドキャの兵士の前へと歩いていった。
大股に、ゆうゆうと。
兵士のひとりがあとずさった。
ひとり、またひとりと、後に続く。
囁き合う声が聞こえた。
「何だよ……こいつ」
「俺、知ってる……サイレアの勇者って」
「死んだって聞いたぜ」
そこで僕は、思いっきり不愛想に、こう言ってやった。
「残念だったな……俺は、不死身だ」
これは効いた。
たちまちのうちに、兵士たちは、こけつまろびつして逃げていった。
そこでようやく、ヨファが振り向いた。
半分は安心したように、半分は忌々しそうに。
どっちにせよ、その手は剣を構えたままだった。
「君でしたか……ナレイ君」
だが、その先は礼も言わない。
もっとも、そんなもの、僕もアテにはしていなかった。
ヨファは、ただひと言だけ叫ぶ。
「後ろ!」
振り向くと、そこには井戸の中から月に向かって伸びた、長い影があった。
先の尖った先っぽが、僕のほうを向く。
蛇だった。
大きな蛇が、鎌首をもたげていたのだ。
冷たく光る二つの目が、僕ををじっと見下ろしている。
襲いかかる隙を伺っているらしい。
「ひっ……」
何とか、悲鳴を呑み込んだ。
もちろん、ヨファの前だ。弱みは見せられない。
僕はとっさに胸を張って、蛇の目を睨み据えた。
でも、蛇が怯むことはない。
当たり前だ。
このハッタリは、子どもと動物には利かないのだ。
蛇の頭が、顎を大きく開けて降ってくる。
ひと呑みにされそうだ。
僕は、とっさに伏せて地面を転がる。
そこへ、ヨファが駆け寄ってきた。
「何やってるんですか!」
そのひと言と共に、僕の頭の真上を、冷たく光る刃が音を立てて通り過ぎた。
まるで、つむじ風でも吹いたみたいだった。
大きな塊が、高く昇った月まで高々と中を舞う。
やがて、それは僕のすぐそばへ、どさりと音を立てて落ちてきた。
「これは……」
怖いし、気色悪いから見たくはなかった。
でも、何かっていうことは分かる。
蛇の頭だ。
それを剣の一撃で斬って落としたヨファが、荒い息の下で答えた。
「アナフサギヘビ……地の底の洞穴なんかに棲む蛇です。大きなものになると、洞穴そのものを塞ぐようになります」
それで、さっきの変な感じが何だったのか、ようやく分かった。
なぜ、ケイファドキャの兵士は、夜中にこの抜け道を使って、要塞に忍び込んでこなかったのか。
こんなものが棲んでいたのからだ。
たぶん、途中で枝分かれしていた、もう一方の横道のほうだろう。
それは、ヨファも気づいていたようだった。
「こういうわけでしたか……」
たぶん、この大蛇は、昼間は眠っていて、夜中に動きだすのだ。
ケイファドキャの兵士たちは、それを知っていたのだろう。
でも、今は僕たちがそれを心配することもない。
そう思って、立ち上がろうとしたときだった。
「気を付けて!」
ヨファの声に、僕はハッとした。
大蛇の長い胴体が、井戸の中から這い出てくる。
慌てて逃げようとしたけど、身体が言うことを聞かなかった。
「足が……」
すくんでしまっていた。
地面についた尻を動かして、なんとか後ずさる。
その足元に、輪切りにされた大蛇の端っこが落ちてきた。
胴体だけで、その辺りをのたうち回る。
それをスバラク見つめているうちに、ようやく言葉が口からこぼれて出てきた。
「……ありがとうございます」
どこかの誰かと違って、僕は素直に礼が言える。
でも、返事はない。
王様が決めたシャハロ婚約者で、自分で買って出た斬り込み隊長のヨファは、ただ首を傾げただけだった。
「あそこでなぜ斬り捨てなかったんですか? サイレアの勇者を名乗るならできたでしょう……逃げるより早いのに」
僕は答えなかった。
答えようがない。
そもそも、僕にそんなことができるわけがない。
こういうときは、余裕たっぷりに無視するに限る。
僕はさっさと、涸れ井戸のハシゴに足を掛けた。
でも、ヨファは後ろから、微かな笑い声と共に語り続けた。
「私だって、最初からこんなことができたわけではありません……この5年の間、剣の腕を磨き、戦場という戦場を駆け回ってきたからです」
そんな自慢話はどうだっていい。
ハシゴを掴んで、抜け道へと降りていく。
でも、井戸の上から聞こえてきた最後のひと言には、つい、手が止まった。
「親衛隊の訓練生だった頃、雑用として初めて駆り出された城の宴で、シャハローミ様の舞い姿を心の底に焼き付けられてから」
ヨファの声は、いつもとは違って、どこか切なかった。
どうやら、ヨファは何か感づいたようです。
秘密を握られたとすると、ナレイ君、またしても大ピンチです。
これがバラされたら、要塞内での信用はガタ落ち、作戦には誰もついてこないでしょう。
さあ、どうする?
先が気になる方は、どうぞ応援してください。




