いつの間にかリーダー格になっていたので、姫様の婚約者のスタンドプレーまでカバーしなくてはならなくなりましたを
そのためには、要塞全体がひと芝居打たなければならなかった。
でも、そんな大掛かりなことが簡単にできるはずもない。
ぞろぞろと広場を離れていく兵士たちの群れを見ても、それは分かる。
ぼやく声が、あちこちから聞こえた。
「俺たちだけじゃ勝てねえってことじゃねえか」
「せっかく腹いっぱい食ったのに」
「ハッタリかよ、結局」
兵士たちのさっきまでの熱さが、嘘のようだった。
僕はただ、それを黙って見ているよりほかはない。
からかうシャハロの声が、背中に痛かった。
「行ってらっしゃい、言い出しっぺはナレイなんだから」
こうして僕は要塞中を歩いて回って、兵士たちを説き伏せて回る羽目になったのだった。
「もう少しの辛抱ですから……死んだふりをしてください、援軍が来るまで!」
兵士たちは身分や階級を問わず、僕の言葉に耳を傾けてくれた。
そのうえで、笑って答える。
「ゆっくり昼寝させてもらうさ、今までどおり」
確かに、それはそれで構わない。
遠目には、誰ひとり動く力もないかのように見せかけなければならないのだ。
それは、どの兵士も分かっていることだろう。
もっとも、ひねくれたことをいう者はいる。
「俺たちがヘバってるかどうかなんて、なんで外から分かるんだ」
そう言われてみれば、その通りだ。
丘の上の要塞は、充分なくらい高い壁に囲まれている。
でも、ケイファドキャの兵士もバカじゃない。
煮炊きをするときの煙で、食べるものがあるかどうかの見当はつくはずだった。
それを要塞の必死で説いていると、ついには面倒くさそうな答えが返ってくる。
「じゃあ、援軍が来たらまた会おう」
兵士たちも口々に、そう言い交わしはじめた
こうして、宿舎として与えられた、各々の部屋や小屋に誰もが閉じこもったのだった。
生きている者の気配を悟られないように。
援軍が来るまで、身じろぎもせずに。
ひたすら、息を殺すのだ。
ただし食料だけは、命をつなぐのに必要な、ぎりぎりの量だけが与えられていた。
……さて。
一方、ヨファはというと。
これまでは王が溺愛する姫君の婚約者として、それなりに一目置かれていた。
でも、僕が言いだした作戦が始まってからというもの、風向きが変わってきたのだった。
それが分かったのは、援軍を待ちながら迎えた何度目かの夜だ。
騎士たちが、僕たち庶民の新兵が眠る小屋に現れた。
どう見ても場違いだったが、何でも、急にヨファがいなくなったらしい。
「ナレイ殿なら知っているのではないかと思ってな」
知らない。
正直、関わりたくもない。
「いえ……」
僕はしょぼつく目をこすりこすり答えた。
そんなことで起こしてほしくない。
他のみんなは、床で毛布にくるまって、静かに寝息を立てている。
身体を丸めて、顔さえ向けはしなかった。
でも、騎士が丁寧に頭を下げて去ると、途端に様子が変わった。
残らず、震えながら笑いだしたのだ。
「何だ、あれ」
「殿って何だよ殿って」
「ほっとけほっとけ」
騎士たちが偉いなんて、たぶん、誰も思ってはいなかった。
ヨファに至っては、誰も褒めたりはしないだろう。
斬り込み隊長としても、姫様の婚約者としても。
いや、名前さえ、口にする者はいなかった。
でも。
僕は放っておけなかった。
みんなが寝静まったところで、こっそり小屋を出る。
まっすぐに向かったのは、抜け穴となっている、あの枯れ井戸だった。
「僕がヨファなら、こうする」
王様が認めた、シャハロの婚約者。
僕のせいで出番のなくなった、切り込み隊長。
だったら、どうするか。
誰でも下に行けるように下ろされていたハシゴに、足をかけるしかない。
しばらくして。
涸れ井戸の底には、まだ蛇の抜け殻が積もっていた。
そこから、前と同じように、地下の抜け道へと入り込む。
そこで、気が付いた。
「変だな……何か違う気が」
それが何だか、分からない。
でも、そんなことを考えている場合じゃなかった。
「どうでもいい、そんなこと!」
入り口は腹這いに潜らなくてはいけないから、明かりは持って来られない。
真っ暗闇の中で、壁を探りながら歩くしかない。
ありがたいことに、一度通った覚えがある。
先へ進むのは、余裕だった。
ひとりごとが言えるくらいに。
「全く……シャハロの前でいい格好したいからって」
しばらく歩いた突き当りには、木の扉がある。
そこを開けると、要塞の裏手に出られる涸れ井戸がある。
暗くて見えないけど、壁には木のハシゴが打ち付けられているはずだ。
もちろん、ヨファもここを登ったことだろう。
そう思うと、つい、声もでる。
「余計なことを!」
井戸に音が響いたらまずいのは、分かっているのに。
だから、ゆっくり、ゆっくりとよじ登る。
そのうち、手元が明るくなってきた。
月の明かりが差し込んでいるのだ。
僕は首をすくめた。
ケイファドキャの兵士が、いつ覗きこんでくるか分からない。
井戸の端まで来ると、初めてここから出てきたときと同じくらいびくびくしながら顔を出した。
真っ先に見えたのは、思った通りの様子だった。
「やっぱり」
冷たく光る鎧をまとった騎士が、軽装の兵士たちに囲まれていた。
出口は、とうの昔に見張られていたのだった。
いつの間にやらリーダーシップをとって、恋敵の勝手な行動を抑えに行ったナレイ君。
でも、時すでに遅し。
多勢に無勢、ここでヨファが捕まったり殺されたりしたら、今までの努力が水の泡です。
さあ、どうする?
先が気になる方は、どうぞ応援してください。




