包囲を脱出する方法を姫君の婚約者よりも先に考えついて、要塞内での注目を浴びました。
その、次の日の朝のことだった。
薄い胸に薄い胸甲を当てた男装のシャハロは、要塞中の兵士に集合をかけた。
隊長が広場に兵士を整列させると、その前に立って、結構、偉そうな態度で言った。
「では、この要塞を脱出する手順をまとめます」
片手にかざした鞭をひゅんと鳴らす。
馬の尻を叩くときに使う、短くて固い鞭だ。
高貴な姫の振るう鞭の音に、立ち並ぶ兵士たちは、身体をまっすぐに強張らせた。
よろしい、とでも言うように、シャハロは大袈裟に頷いてみせる。
まず始めたのは、今の僕たちがどんな立場にあるのか、ということだった。
「この要塞はケイファドキャの大軍勢に包囲されており、こちらからは突破の見込みがありません。私が持ち込んだ食糧も、長くは続きません」
そんなことは、言われなくても分かっていた。
腹はいっぱいになったが、その他に何ひとつ、よくなったことはない。
でも、兵士たちには、心細そうな様子は全くなかった。
「知ってるよ、そんなことは!」
「助けが来るんだろ!」
たぶん、シャハロの使いが噂を流していったのだろう。
もう、新しく伝えることなんか何もない。
シャハロも、にっこりとほほ笑んで受け流す。
「よく知ってますね」
それでも、シャハロが敢えて口にするのには、わけがあった。
乗り越えられると分かっていることに、兵士を立ち向かわせるためだ。
そうすることで、作戦に向けてのやる気を高めようとしているのだ。
じゃあ、この包囲は、どんなふうに乗り越えられることになっているかというと……。
「私たちの立場は、既に国王の知るところとなっています。娘の私と婚約者が、このまま放って置かれることはありません」
王様がシャハロを見る目が娘に対するものではないと言われても、ピンとこなかった。
いや、それは取り越し苦労じゃないかという気さえした。
実を言うと、シャハロのことを王様がどう思っているのか、僕にはわからない。
でも。
これだけは、はっきりしていた。
シャハロは、王様から大事にされていることを、とことん利用しようとしている。
そのためには、ヨファと婚約していることさえも拒もうとはしない。
そのヨファはというと、シャハロの傍で、ただ立っているだけだった。
でも。
たぶん、この要塞の兵士たちは、ヨファを今までとは違う目で見ている。
何となく、冷ややかだ。
そのわけは、もう、見当がつく。
照れ臭いけど。
それはもちろん、シャハロのせいでもある。
「ここに来るまでの道のりを考えれば、5日後の朝には、援軍が間違いなくやってきます」
今や、要塞に立てこもったジュダイヤ軍の旗印だ。
何か言うたびに、何かするたびに、兵士たちはどんどん、やる気を起こしていくのだった。
「ジュダイヤ万歳!」
「もちこたえてやるぞ!」
しかも、熱くなった兵士の頭を冷ます方法も知っていた。
「私たちは、もっとも犠牲の少ない方法で合流しなくてはなりません」
それは、下手をすれば誰かが死ぬということだ。
広場は、いっぺんに静まり返る。
シャハロはそこで、いきなり僕のほうを見つめて言った。
「……ナレイ!」
照れ臭いのは、こういうわけだ。
群れいる兵士たちの間を押し分け擦り抜け、その前へと歩み出る。
とはいっても、身分は弁えなくてはならない。
王国の姫君と、その婚約者である銀色の鎧の騎士から、少し離れたところに立つ。
僕はそこから、兵士たちを見渡して言った。
「こちらからはケイファドキャの軍勢を突破できませんが、援軍が到着してからなら、脱出はできます。妖精の助けはもうありませんが」
兵士たちはどっと笑った。
頼りにしてるぞ、の声も聞こえる。
シャハロも笑いながら、具体的な作戦の説明に入った。
「ケイファドキャの軍勢は、私の持ち込んだ食糧に仕込まれた毒で、要塞の兵士の多くが死んだと思っています。そこで、このナレイの出番です」
この囲みを破る方法は、僕が考えたものだ。
食料がなくなったときは、みんな不安だから、僕の話に耳を傾けてくれた。
でも、今は違う。生き残れる望みは、充分ある。
城の馬の轡取りに過ぎなかった庶民のせがれの作戦なんか、真面目に聞いてもらえるだろうか。
僕は、兵士たちを見渡した。
心の中の輪を、広場全体に広げる。
口を開くと、自分でも信じられないくらい大きな声が、これから引き受けようとしている僕の役割を告げた。
「5日後の朝、要塞の門を開けてください。僕はふらふらになった身体で、ケイファドキャの陣地へ助けを求めに行きます。生き残った兵士がほとんどいないと見て、相手は要塞を奪い返しにかかるでしょう」
僕がケイファドキャの兵士だったらどうするか、考えた結果がこれだった。
自信を持って、広場のジュダイヤ軍に告げる。
「その隙を突いて、全員が打って出るのです。その勢いで、敵はいったん退却するでしょう」
任せてくれ、の声が上がる。
この勢いづきかたは、ちょっと尋常ではなかった。
自分が負けるわけがないと言わんばかりだ。
僕はそれをなだめるために、話にゆっくりと、結末をつける。
「しかし、すぐに攻撃を仕掛けてくるはずです。そのときに見せた背中を、ジュダイヤの援軍に突いてもらうのです」
ジュダイヤの軍勢が、ついに反撃に出ます。
作戦を立てたナレイ君の、面目躍如と言ったところでしょう。
この先が気になる方は、どうぞご覧ください。




