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腹いっぱいになって安心したところで、みんなが僕の味方になってくれて、しかも姫様と月明かりの下で抱きしめ合いました

 シャハロの連れてきた荷馬車が要塞に近づくと、鉄扉はもどかしげに動きはじめた。

 それが少しずつ開いていくのにつれて、奥からあふれてくる声も大きくなっていく。


「姫様万歳!」

「ジュダイヤに栄えあれ!」

「飯! メシ!」


 シャハロの使いの話で、もう、みんな、あらかたのことは知っていたんだろう。

 門をくぐると、人の群れがどっと押し寄せてくる。

 それが、たったひと声で止まった。


「静まれ! ジュダイヤ王国の誇りを忘れたか!」


 白いマントの下に銀色に輝く鎧をまとって、ヨファが騎士たちと共に現れる。

 先頭の荷馬車が止まると、その前でひざまずいた。


「かような戦場までお越しくださるとは恐縮です、シャハローミ様」


 いや、違うんですけど。

 僕が荷馬車の幌の中から恐る恐る顔を出すと、どっと笑いが起こった。


「ええと、僕……どうしたら」


 困っている僕の目の下で、ヨファは苦々しげに尋ねた。


「姫君はどちらに?」


 いちばん後ろの荷馬車から、冷たく突き放すようなシャハロの声がした。


「こちらです、ヨフアハン!」


 ヨファは慌ててシャハロを迎えに行こうとして、小走りで駆け出す。

 僕がまだおろおろしていると、残った騎士たちに、荷馬車から引き下ろされた。

 シャハロが、厳しい声で止める。


「その手をお放しなさい!」


 すかさずヨファが言い訳した。


「身分の低い兵士です。手柄を口実に姫君に近づいて、むやみにご無礼を働かないようにと」


 その場の目が、いっぺんに僕とシャハロとヨファに集まる。

 もっとも、そんなことを気にするシャハロじゃない。


「そうね、こんな回りくどいこと、ナレイじゃなかったら誰がやるの?」 


 何の話かと思っていると、荷馬車の幌が残らず吹っ飛んだ。

 河の民たちがベルトに仕込んだ軟剣で切り刻んだのだ。

 荷馬車の幌が崩れ落ちると、山と積まれた食糧と、満腹で高いびきをかいている庶民の新兵たちが現れた。

 階級と身分の低い兵士たちの口からは、歓声と罵声がいっぺんに上がる。


「やった! 」

「食い物だ!」 

「てめえら先にどんだけ食いやがった!」

「ありがとう、ナレイ!」


 その声は次第に、ナレイ、ナレイの大合唱に変わっていく。

 照れ臭い。

 庶民の兵士たちがてんでに欲しいものを持ち去っていく中、いつの間にか、僕も連れ去られていた。

 ちらっと振り向くと、残った貴族たちは、婚約者の前で見栄を張るヨファを恨めしげに見つめている。

 それを察したのか、シャハロは微笑みと共に言い渡した。


「貴族の屋敷でも庶民の家でも、赤ん坊はお腹が空けば、母親のお乳を欲しがって泣くものです」 


 腹いっぱいになったし、今日は疲れた。

 その晩、僕は庶民の兵士用の小屋で、仲間たちと久しぶりにぐっすりと眠った。

 その、月明かりの差し込む窓から落ちる影に、僕はふと目を覚ました。

 見下ろしているのは、昼間に会った、シャハロの使いだった。


「お呼びです。ご案内いたします」


 外に出て、先を行く影を追う。

 何本もの太い木が植えられた、見たこともない庭があった。

 月の光の下には、男装の華奢な影が立っている。

 シャハロだ。


「ナレイ!」


 音もなく駆け寄ったシャハロは、その薄い胸を押し付けながらしがみついてくる。


「シャハロ、人が……」


 うろたえていると、耳元でシャハロは囁いた。


「来ない場所を探したの。大丈夫」


 それでも、僕たちは木の陰に隠れる。

 そこでようやく、昼間に聞けなかったことを尋ねることができた。


「どうして、こんなところまで?」

「助けに来たの……っていうのは、嘘。ナレイたちがこんなことになってるなんて、ジュダイヤでは誰も知らないわ。そのくらい、徹底した包囲なのよ」

「じゃあ、何のために?」


 僕たちを助けるためじゃなさそうだった。

 呻くような声で、答えが返ってきた。


「逃げてきたの……お父様から」


 父親の名を憎々しげに口にしたシャハロは、吐き捨てるように言った。


「城の中で、噂が立ってるの。私が王家の血を引いていないって」


 シャハロがケイファドキャの兵士の前で口にしたことは、デタラメじゃなかったのだ。


「兄弟も姉妹も、みんな知ってる。口には出さないけど、ひどいもんよ。私と会うたびに知らん顔したり、侍女たちまでけしかけて、廊下ですれ違うたびに含み笑いをさせたりするの……城の中を庶民の小娘が歩き回ってるって」


 それでも、納得のいかないことはあった。


「王様は、何にも言わないの? あんなにシャハロのこと……」


 しがみつくシャハロの指が、痛い。


「お父様……じゃない、あの男も、それ、真に受けてるみたいなの。あの目、娘を見る目つきじゃないわ、もう」


 声が、恥ずかしさと怒りに震えている。

 僕は話を変えた。


「どうやって、お城を出てきたの?」

「兄弟姉妹やエライ人たちを玉座の前に集めて、言ってやったの。戦場にいる婚約者を見舞いたいって」

「よく許してくれたね」


 調子を合わせて相槌を打つと、シャハロは得意満面で言った。


「ダメとは言えないわよ。ヨファは自分で押し付けたんだから」


 いつもの元気が戻ってきた。

 話は、更に続く。


「不思議なことがあってね……城を出るとき乗った馬を出してくれたおじさんが、草の葉の包みをくれたの。河を渡れなかったら、これを流せって」


 地獄耳のハマさんだってことは、すぐに分かった。

 でも、それを口にするのはやめにした。

 せっかく機嫌を直したシャハロの、話の勢いを止めることはできなかった。


「その通りにしたら、あの人たちが向こう岸に現れて、河を渡してくれたの。そこで教えてもらったの。ナレイたちが要塞に閉じ込められてるって。そこで、要塞の兵隊に毒を盛る話を思いついたってわけ」


 シャハロの自慢話は置いておいて、気になったのは、ハマさんと河の民のつながりだ。

 でも、これは考えても見当のつくことじゃない。

 代わりに、ふと思い出して尋ねたことがあった。


「あのお使いの人は?」


 シャハロは、急に声を低めた。


「気を付けて。あれは王の手先よ。たぶん、もう要塞にはいないわ。ジュダイヤに、助けを呼びに行ったのよ。私が、王のもとに帰れないから。生きては帰れるでしょうけど……もう、ナレイとのことは筒抜けね」


 つまり、こういうことだ。

 生きて帰れたとしても、王様の前に出たら、ただでは済まない。

完結設定になっていたようで、すみません。

物語は、まだまだ続きます。

要塞に食糧は届きましたが、ジュダイヤの王宮はとんでもないことになっているようです。

でも、本当でしょうか? シャハロが王家の血を引いていないなんて。

何か、大きな秘密がありそうです。

先が気になる方は、どうぞ応援してください。

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