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王国から僕のもとへと逃げてきた姫との連係プレーで、敵の包囲を外側から突破します

「おのれ、ジュダイヤの回し者がぬけぬけと!」


 ケイファドキャの兵士たちが、剣を抜き放った。

 軟剣を手にした男たちが、シャハロを背にして壁となる。

 だが、当のシャハロは平然としたものだった。

 苦笑しながら、男たちを押しのけて前に出る。


「心外ですね。私、祖国を捨ててまいりましたのに」


 すらりとした脚を揃えて、刃と刃の間に平然と立つ。

 その無防備な様子を前に、兵士たちは戸惑いながら立ち尽くす。

 シャハロは余裕たっぷりに、これまであったことを語りはじめた。 

 もちろん、本当なわけがない。


「ご存知? ジュダイヤ王の噂。あれ、本当なんです」

 そんな話、僕は知らない。

 でも、兵士たちの目は丸くなった。

 剣を鞘に収めることさえも忘れてしまったみたいだ。

 シャハロは、そのひとりひとりを見つめながら、もっともらしく言った。


「ジュダイヤの王には、側女はいてもお妃がいません。子どもはそれぞれ、母親が違うのです。その中には、既に他の男の子どもを宿した者もいたとか」


 確かに、その話はジュダイヤの新兵でさえも知っていた。

 兵士たちの顔に、下卑た、憐みとも嘲笑ともつかない色が浮かぶ。

 だが、シャハロは気にした様子もなく、声も高らかに言い切った。


「そんな王の治める国を捨てて、出てまいりました。無法の王が無法の戦で差し向けた遠征軍に、降伏を勧めるために!」


 兵士たちはげらげらと笑った。


「食い物をやるから降伏しろってか? 言われなくたって分かってるだろうよ、向こうは」

「おかしな話じゃねえか、そんだけの荷馬車、どうやって河を越してきたんだ? 渡し守は死んだっていうぜ」


 その声に、シャハロはまとめてさらりと答えた。


「これは、ジュダイヤからのものではございません。河の民が集めてきたものです」


 最後のひと言に、軟剣を手にした男たちの目がギラリと光る。

 それで、はっと思いだした。

 あのやたらと速い剣……河で渡し守の爺さんが見せたものだ。

 兵士たちが静まり返ると、シャハロは更に語り続ける。


「私、身体ひとつで国を出てきたのです。これまで城の周りの街から出たことはございませんでしたから、国境より向こうに河があるなんて存じませんでした」


 そこで振り向いて眺め渡したのは、河の民たちだ。


「たどりついた河のほとりで途方に暮れていると、彼らが声をかけてくれました。国を出てきた経緯を語りますと、すぐに舟で河を渡してくれただけでなく、私の考えに耳を傾けてくれました」


 さあ、出番だ。

 シャハロの使いと打ち合わせた通り、僕は汗と埃に汚れた、みすぼらしい、若い行商人としてその場に駆け込む。


「……お助けくださいませ」


 もともと腹が減って、力も出ない。

 シャハロの前で倒れると、腹を抱えて、のたうち回るしかなかった。

 それでもシャハロは、慌てて膝をついてくれる。


「どうなさいました?」


 気遣う声のする方向へ、僕は腕を伸ばした。

 その先には、食糧を積んだ荷馬車がある。

 そして、僕の手を取るシャハロの顔が。


「残念ですが、あれは、あの……」


 すらりとした指が、丘の上の要塞を指差す。

 その先のことは、さっきの使いと打ち合わせてあった。

 僕は、シャハロの華奢な身体を地面に押し転がす。

 驚きで見開かれた目が僕を見つめたけど、拒まれはしなかった。

 河の民の剣先が僕に向けられると、静かな声が止める。


「望みどおりにしてあげましょう」


 荷馬車への道が空けられる。

 僕はまっしぐらに幌の中へと駆け込んだ。

 そこにあったのは、焼いた鶏に豚の干し肉、みずみずしい果物……。

 手当たり次第に貪り食う。

 もう食えないと思ったところで、荷馬車から転げ落ちる。

 そこへ駆け寄ってきた、別の男たちがいた。


「おい!」

「目を覚ませ!」

「こいつらに何をされた!」


 間に合った……。

 僕の部下になった、庶民の新兵たちだ。

 シャハロの使いに頼んだ伝言は、仲間を呼び寄せるためのものだったのだ。

 僕を抱き起す仲間たちを、シャハロは憐みをこめた目で見つめる。

 その言葉は、冷たかった。


「何も。食べるものを分け与えただけです。お疑いなら……」


 目くばせされた河の民は、荷馬車の中から果物をひとつ取り出して、齧ってみせる。

 シャハロは微笑を浮かべながら、行商人仲間になりすました新兵たちにも勧めた。


「どうぞ、お好きなだけ」


 みんな薄情なもので、僕の身体を放り出すと、幌の中へと駆け込む。

 でも、すぐにひとり残らず、地面の上に、ぐったりとなって滑り落ちてきた。

 もちろん、腹は一杯になっていることだろう。

 ここからは、シャハロの仕事だ。

 僕が何をしようとしていたか、察しはついたことだろう。

 一部始終を見届けると、兵士たちに向き直って、肩をすくめてみせる。


「こういうことです……お分かりでしょうか、ジュダイヤの軍勢がたどる運命が」


 ケイファドキャの兵士たちは、もはや言葉も出ない様子だった。

 さらに、シャハロは種明かしまでしてみせる。


「どの食べ物に毒が仕込まれているかは、私たちにしか分かりません。要塞の中で生き残れる者は、ほとんどいないでしょう」


 兵士たちは、揃って一歩、後ずさる。

 シャハロはというと、その分、足を踏み出した。


「ジュダイヤを捨てた私と、その国に同胞を殺された民の策、どうぞお受けください」


 そう言いながら、河の民に目で合図して、僕たちを荷馬車の中へと運び込ませる。

 すっかり縮み上がった兵士たちは気にもしなかったようだが、シャハロは用心深く言い訳した。


「襲ってきたケイファドキャの兵士だと言えば、私たちが怪しまれることもないでしょう」


僕たちは、毒を仕込んだ食糧を奪って食って死んだことになっている。

 つまり、食糧に毒を仕込んだことにして、包囲されたジュダイヤの軍勢まで送り届けようというわけだ。

 そんなわけで。

 やがて、その食糧を山と積んだ荷馬車の群れは、ケイファドキャの囲みの内側へと通された。 

シャハロと組んでの、息の合った一芝居。

ナレイ君、見事に敵軍を欺いて、飢えたジュダイヤ軍に食糧を届けることに成功しました。

さあ、再会した姫との甘い時間が待っている……わけがない!

シャハロの婚約者、ヨファの目の前です。

さあ、姫との愛を守りながら、どうやって味方を要塞から脱出させるか。

ナレイ君、正念場です!

この先が気になる方は、どうぞ応援してください。

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