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突然現れた謎の男が要塞に向かうシャハロの使いで、しかも本人はすぐ近くまでやってきていました。

 丘の上の要塞を取り囲んだケイファドキャの大軍勢は余裕たっぷりだった。

 戦争をやっているというよりも、お祭りを開いているみたいだった。

 あちこちから煮炊きの煙が上がっていて、旨そうな料理の匂いが、僕の腹をぐうぐうと鳴らす。


「こたえるなあ……これがいちばん」


 しかも、兵士たちを相手にした行商人たちが、かなり出入りしているらしい。

 大きな荷物を担いだ人たちが、まるで市でも立っているかのように、陣地の周りをぞろぞろ歩いていた。

 そのくらい、ケイファドキャの包囲陣は、大きかったのだった。


「遠すぎるよ……」


 ジュダイヤに向かおうとすれば、要塞の正面に回らなければならない。

 だが、包囲に添って歩けども歩けども、正面はおろか、側面さえ見えはしないのだった。


「この数じゃ仕方ないな、負けても」


 それでも、ありがたいことがあった。

 取り囲んでいるほうは、すっかり、要塞に追い込まれたジュダイヤの軍勢に気を取られていたのだ。

 げっそり痩せた丸腰の少年がその辺をふらふらさまよっていても、誰に見咎められることもない。

 でも、それはあくまでも、兵士に限ってのことだった。

 そうじゃない人には、僕はやっぱり目についたらしい。


「待て」


 僕を呼び止めたのは、大きな荷物を背負った男だった。

 たぶん、兵士たちにものを売りつけに来た行商人だろう。

 荷物に押しつぶされそうになりながら、腰を直角に曲げて、よちよちと歩いてくる。


「商売にしちゃあ随分と身軽じゃあねえか、お兄さん……」


 まずい。

 痛いところを突かれた。 


「旅の途中ですので」


 目を合わせないようにして、通り過ぎようとする。 

 でも、男は見逃してくれなかった。

 急に足を速めて、ぴったりと身体を寄せてくる。


「それにしたって荷物がまるでねえのはどういうわけだい?」

「それは……」


 問い詰められて、僕は答えに困った。

 放っといてほしい。

 自分の稼ぎの心配をすればいいんだ。

 それは口に出さないが、次の言葉が出ない。

 男はさらに、低い声で囁いた。


「お前さん、逃げて来なすったね? 要塞から」


 ただの行商人じゃない。

 いったい、何者だ?


「何のことでしょう?」


 それでも、僕はシラを切る。

 すると、背の曲がった男は、僕の胸ぐらを掴んで引き下ろした。

 ギラギラ光る目が、真っ向から見据えてくる。


「武器も荷物もねえ丸腰の男が、要塞の裏からのこのこ歩いてきたんだ。そっちに抜け穴があるんだろ?」


 僕も、男の顔を見つめ返すしかなかった。

 心の輪を僕の周りに狭めれば、怖くはない。

 でも、ここは怯えてみせるに限る。

 僕は、着の身着のまま旅をする、貧しくか弱い男なのだ。

 目をぱちぱち瞬かせ、口をぱくぱく開いたり閉じたりする。

 それでも男は、歯を向いて呻いた。


「あるのか、ねえのか、どっちだ?」


 ダメだ。

 動物と同じで、僕が何をしようと、気にもしていない。

 打つ手がなくなった僕は、歯を食いしばって口を固く閉じた。


 その時だった。

 要塞の正面辺りで、何かがけたたましい音を立てた。

 男が忌々し気につぶやく。


「ケイファドキャの銅鑼が鳴ったか……早すぎる」


 どうやら、行商人じゃないようだった。

 しかも、鳴ったものに、こっちの軍勢の名前をつけている。

 たぶん、ジュダイヤの人だ。

 そこでようやく、僕は尋ねることができた。


「あなたは、いったい……?」


 男が口にしたのは、意外な名前だった。


「シャハローミ様の使いだ」

「シャハロの?」


 驚きのあまり、つい、人前では呼ばない名前で聞き返してしまった。

 しまったと思ったけど、男は身分違いを咎めたりしなかった。


「……ナレイバウスか?」


 不思議なことに、僕の名前を知っていた。

 たぶん、シャハロから聞いていたんだろう。

 それはそうとして。

 こんなところまで使いをよこすなんて、ただごとじゃない。 


「いったい、何の用で?」


 返ってきたのは、信じられない答えだった。


「そこまでいらっしゃってる。食糧を積んだ馬車を何台も連れて」


 やっぱり、シャハロの考えることは分からない。

「どういうつもりで?」


 そこで使いの男は、ようやく事の次第を明かした。


「実はな……」


 それで納得できた。

 だったら、僕にも考えがある。


「それなら……」


 僕たちが交わす話は、それほど長くなかった。

 抜け穴の場所を教えるついでに伝言を頼むと、男は笑った。


「なるほど。ケイファドキャの連中、もう勝った気でいやがるからな」


 そこで荷物を下ろした男は、すさまじい速さで駆け出した。

 あっという間に、姿が見えなくなる。

 代わりに荷物を背負って、僕は拍子抜けした。


「軽い……」


 たぶん、行商人のふりをするには、何も入っていない荷袋を重そうに担がなくちゃいけなかったんだろう。


「さて、と」


 何か警告しているらしいケイファドキャの銅鑼の音は、鳴り止むことがなかった。

 僕は、見かけだけは大きい荷物を担いで、そっちへと歩きだした。

 本当はシャハロのところへ走っていきたかったけど、兵士たちに怪しまれてはいけないし、もともと、そんな力は残っていなかった。

まさか、シャハロがこんなところに?

いったい、何を考えているのでしょうか。

そして、ナレイが使いに託した秘策とは?

先が気になる方は、どうぞ応援してください。

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