表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/49

ハッタリで伝説の勇者になりすまして、恋敵のイケメン貴族をピンチから救ってやりました

 ジュダイヤの軍勢を後に残して、僕はひとり、丘の斜面を歩く。

 陽当たりのよい斜面には、身を隠せるような草の茂みひとつない。

 風を切る音が聞こえる。

 それが、僕の足元で止まった。


「ひっ……」


 すぐ爪先の地面に、矢が突き刺さっている。

 たぶん、要塞から飛んできたのだ。

 丸めていた背中が、思わずまっすぐに伸びる。

 僕は、いい的だった。

 たちまちのうちに、次から次へと遠矢が頭上から襲いかかってくる。


「ちょっと! ちょっと! ちょっと! ちょっと!」


 右へ左へとじたばたと踊って、ようやく地面へと伏せることができた。

 要塞のほうでは僕の姿を見失ったのか、遠くからの矢は止んだ。

 僕は丘の斜面に張り付いて、じりじりと這って進む。

 要塞が見えなくなった。

 ということは、要塞からも僕が見えないということだ。

 でも、それはいつまでも続かない。


 ……まずい!


 そんな気がして横へ転がると、すぐ脇に、高々と放たれた矢が垂直に降ってきた。

 とっさに、尻で斜面を滑り降りる。

 背中をかすめて、続けざまに矢が地面に刺さっていく音がした。

 それが止まったところで、僕は、ゆっくりと立ち上がった。

 何故かわからないけど、そうしないと死ぬという気がした。

 要塞にはあまり近づいていないから、もっと強いヤツになりすませば、矢は飛んでこないかもしれない。

 そう思ったとき、僕の目の前に、世界が広がった。

 僕を中心にした、大きな輪だった。

 それは、このケイファドキャの要塞も、この丘も、いや、その周りにある何もかも囲い込んでしまっていた。

 自分でも信じられないような言葉が、辺りに響き渡る。


「サイレアの勇者、まかり通る!」


 なんで、こんなことを言ったのか。

 自分でも分からなかった。

 だけど、思った通りになった。

 矢は飛んでこない。

 大股に歩み出ると、さっきの矢が刺さっている辺りを通り過ぎる。

 胸を張って、ひと足、ひと足、歩を進めていく。

 僕は今、サイレアの勇者だ。

 どんな人かは知らないけど、こんなときは、きっとこうしたはずだ。

 要塞との間合いは、少しずつではあるが、縮まっていった。 

 そろそろ壁の上に、さっき矢を放った弓兵が見えてもよさそうなものだ。

 でも、人影はない。

 やがて、僕の目の前には、鋲を打った厳めしい門が現れた。

 言葉が、勝手に口を突いて出た。


「門を開けよ! 命だけは助けてやる!」


 どうして、こんな大声が出たのか分からない。

 声のこだまが止むと、しばらく、辺りは静まり返った。

 やがて、がらがらと鎖がこすれ合う音が聞こえた。

 少しずつ、門が引き上げられていく。

 その向こうにあるのは、いくつもの櫓に見下ろされた広場だった。

 騎兵がずらっと並んで待ち構えていても、おかしくはない。

 でも、そこには誰もいなかった。

 むしろ、駆けつける馬の蹄の音は、背後から聞こえた。

 その中に、人の声が混じる。


「ナレイ君! よくやりました!」


 要塞の中に響き渡るほどの、よく通る大声だった。

 だが、心の底から褒めているようには聞こえない。

 ヨファの声だった。


 ……ダメだ!


 身体が勝手に動く。

 僕は誰もいない要塞を背にして向き直った。


「入るな!」


 その目の前で、白馬にまたがって騎兵たちを率いるヨファが手綱を引く。

 馬の蹄が目の前で高々と上がる。

 それでも、僕はなぜか、怖くなかった。

 ヨファは苛立たしげに、しかしバカ丁寧な口調で皮肉を言う。


「では、どうぞ。手柄を独り占めなさってください……命令に背いて」


 中に斬り込むのは、ヨファの役目だ。

 逆らえば、僕も仲間も殺すということだろう。

 でも、僕は退かなかった

 今までになく、声を荒らげる。


「そうじゃない! ……何か、おかしいと思いませんか?」 


 途中で頭が冷えて、言葉遣いを改めた。

 ヨファは、僕の言葉を冷ややかに受け流す。


「おかしいのは、あなたです。勝ち戦じゃありませんか。しかも、兵を誰ひとり失っていない……君を含めて」


 死なせるつもりなんか、これっぽっちもなかったということだろう。

 恩着せがましい口調で、顎をしゃくる。

 付き従う騎兵が左右からヨファの前に出てきた。

 馬上から、僕に槍をつきつける。

 冷ややかな声が、僕に迫った。


「どうしますか? 何のつもりかは知りませんが、そのまま意地を張りますか? それとも……」


 そのときだった。

 丘の麓から、悲鳴が聞こえた。

 ジュダイヤの兵士が、ぞろぞろと丘を登ってくる。

 振り返ったヨファが、嫌味たっぷりの大声で言い放った。


「自分でおっしゃったことは守ってください、隊長殿……斬り込みは私たちの」


 その先はなかった。

 要塞の周りで、一斉に鬨の声が上がったのだ。

 斬り込み隊が、雷にでも打たれたように固まる。

 それを後にして、僕は要塞の中へと駆け込んだ。

 門の内側で叫ぶ。


「早く! 僕じゃ閉め方が分かりません!」


 ジュダイヤの軍勢が、我先にと要塞になだれ込む。

 兵士たちがあちこちに散らばって、門を上下させる仕掛けを探しはじめた。

 僕も門の周りから探し回ったけど、見つからない。

 その間に、丘を取り囲むようにして登ってきたのはケイファドキャの軍勢だった。

 相手をするのは、ヨファの斬り込み隊だ。


「隊長殿! 殿しんがりは私たちが引き受けます!」


 口ではそう言っているが、部下たちが縮み上がっているのは遠目にも分かった。

 ヨファは、低い声で言い渡す。


「逃げたら、斬ります」


 そう言うなり、剣のひと振りで最初の雑兵の首を吹き飛ばした。

 ジュダイヤの騎兵たちは震えあがる。

 完全包囲の中で、死に物狂いで戦い始めた。

 もちろん、防ぎきれるわけがない。

 次から次へと襲いかかる敵兵に、後ずさる騎兵たちが背中合わせに密集したときだった。

 僕を呼ぶ声がして振り向くと、庶民の新兵のひとりが手を振っていた。

 門を上げ下げする鎖を見つけたらしい。

 僕は要塞の入り口ギリギリに立って叫んだ。


「急いで!」


 ヨファが部下たちを叱り飛ばす。


「私に続け!」


 騎馬の群れが、ケイファドキャの包囲を突破する。

 要塞の中に駆け込んできたとき、その先頭のヨファと目が合った。

 笑ってみせたような気がしたが、その口元は歪んでいた。

 大きな鉄の門が、僕の背中をかすめて落ちる。 

ジュダイヤの軍勢はピンチに陥りましたが、どうやらナレイ君、只者ではなさそうです。

いったい、どんな素性が隠されているのか。

気になる方は、どうぞ応援してください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ