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部下と連れだってナニできなかったのがちょっと気になっていましたが、上から目線の連中には意地を見せてやりました。

 そして、無礼講の夜が明けた。

 酔いと疲れですっかり眠り込んでいた兵士たちは、片っ端から上官に叩き起こされる。

 それが面白くないのか、新兵の中でも貴族たちは、庶民たちを口々に罵った。


「育ちが悪いと寝起きまで悪くなるらしいな」

「夕べ、意地汚く飲んでたせいだ」

「庶民はこれだから」


 そこで、二日酔いの頭を叩きながら立ち上がったのがいた。

 いちばん血の気の多いヤツだ。

 ここでケンカなんかが始まったら、また庶民の新兵が悪者にされて、どんな目に遭わされるか分からない。

 僕はその目の前に滑り込んだ。

 なるべく低い声で、なるべく柔らかく、目を見て話しかける。


「許してやれ……あいつらはガキだ」 


ペッ、と唾を吐き捨てて、僕の部下は仲間たちを見渡した。 

 やがて、ふてくされたように歩きだす。

 庶民の新兵たちは、ぞろぞろと後についていった。

 さすがに出発前だったから、気になった。


「おい、どこ行くんだ!」


 遠ざかっていく後ろ姿の群れに声をかけると、ションベンです、のひと言が返ってきた。

 一緒に行けばよかったのかもしれないけど、なぜか、それができなかった。



 そんなわけでジュダイヤの軍勢の中には再び、元の身分差が戻ってきた。

 ケイファドキャの要塞を目指して歩いていくだけなのに、後ろから偉い人たちが偉そうに叱り飛ばしてくる。


「もっと前を厚く守れ!」

「槍担ぎども! もっと前に出よ!」


 それは、庶民は貴族たちの盾として歩かされるということだ。

 でも、そんなことは何の役にも立たないことが、ケイファドキャの要塞を見上げた途端、分かった。

 丘のふもとから見上げても、とてつもなく大きかったのだ。

 要塞というより、高くそびえ立つ壁そのものといったほうがよかったのかもしれない。

 それが、僕たちを見下ろしていた。

 兵士たちの間に、ざわめきが広がる。 


「これ落とせってのかよ」

「無理だろ……」

「どんだけいんだよ、こん中に……」


 それでも、隊長の命令ひとつで、ジュダイヤの軍勢は陣形を整えた。

 もちろん、先頭に立たされるのは庶民の新兵たちだ。

 すぐ後ろには、ヨファの率いる斬り込み部隊が控えている。


「では、前進しましょう、新兵の皆さん」


 いつも通りのバカ丁寧な言葉だった。

 もちろん、誰ひとりとして動こうとする者はない。

 ひそひそと囁き交わすばかりだった。


「冗談じゃねえ……死ねってのかよ」

「だいたい、近づけるのか? あそこに」

「たどり着く前に、矢が飛んできたらどうすんだよ」


 それが聞こえたのか聞こえないのか、馬上のヨファは、嘘っぽい励ましの言葉を並べ立てる。


「大丈夫です。ここから要塞まで、誰もいないというのは斥候が調べてきました。中で様子を見ているのでしょう」


 しばらく、新兵たちは何も答えなかった。

 お互いに顔を見合わせて、すっかりすくみ上がっている。

 ヨファは、困り果てたように告げた。


「大丈夫、開いた要塞の門から軍勢が繰り出されてきたら、道を空けてください。私たちが斬り込みます」



 何か言っても変わることなんかないから、何も言わないつもりだった。

 でも、やっぱり黙ってはいられない。


「相手を誘いだせ、ってことですか?」


 都合の悪いことは言わない、そんなやり方が許せなかった。

 妙に落ち着いた言葉が返ってくる。


「そういうこと言いますかね、今」


 ヨファが、冷やかな眼で庶民の新兵たちを見渡す。

 みんな、顔を伏せて目を合わせようともしない。

 僕だけだった。

 顔を挙げて、ヨファを見つめ返していたのは。


「命が懸かるんなら懸かると、はっきり言ってください」


 すぐさま、言い返してくる。


「言ったら、命懸けで戦ってくれますか?」


 それまで穏やかだった口ぶりも、急に険しくなった。

 負けるものか。

 僕も、きっぱりと言い切った。


「断れば、その場でなくなる命でしょう?」


 ヨファが、深いため息をついた。

 でも、その身体は微かに震えている。

 抑えてはいるが、それだけに、よく分かった。

 怒っている。

 珍しく……。


「私たちは、いつだって命懸けです。生まれたときから、誰に命じられるわけでもなく……」


 それでも、口の利き方は、あからさまに庶民の新兵たちを見下していた。

 でも、その中から文句を言う声が上がることはなかった。

 僕ひとりが答えただけだ。


「僕が……僕が行きます。ひとりで」


 いい格好をしたかったわけじゃない。

 庶民だって、命懸けになれる。

 それを見せたかっただけだ。

 新兵たちが、一斉に顔を上げた。

 ヨファは、ほう、という顔をしてみせる。


「まあ、開けばいいわけですが……ナレイ君がそれでいいなら、ご自由に」



 ヨファが隊長に何を言ったのかは分からないけど、僕がひとりで要塞に向かうことにはあっさりと許可が出た。

 丘に登ろうとする僕の後ろから、ヨファが声をかける。


「要塞の門は重くて、なかなか開くものではありません。ですが、その分、閉めるのも手間がかかります」


 その隙を狙って斬り込もうというわけだ。

 早い話が、また、囮に使われるというわけだ。

 いちいち振り向いて答えるのも面白くなかった。


「どうします? あっちが僕なんか鼻にも引っかけなかったら」


 そんなことは何でもないという口調で、ヨファは答えた。


「ひとりで引き受けたのはナレイ君です。何もできないで生きて帰ったら、それなりの罰は受けてもらいますよ……お仲間とご一緒に」


 ああ言えばこう言う。

 たちまち、庶民の新兵たちが騒ぎ出した。


「何でだよ! じゃあ、死んでこいってのかよ! ナレイは!」

「生きて帰れたら、それはそれですごいだろ! 褒美ぐらいやれよ!」

「どうせ無理だって思ってんじゃないのか?」


 さっき、一緒にションベンしにいけなかったのは、それほど気にしなくてもよかったみたいだ。

 ヨファは、うるさげに言い捨てた。


「誰でしたか? 黙っていたのは? 小隊長がひとりで行くと言ったとき……」


 ナレイの部下たちは、恥ずかしげに口を閉ざした。

 もう口を開くのも面倒臭いといった態度で、ヨファは追い討ちをかける。


「君たちの命だけは保証しましょう……もしナレイ君が死んでも、その命懸けの勇気に免じて」


 どうやら、ヨファは僕が死ぬか失敗するか、どちらかだと思っているらしい。

 だから僕は、振り向いて答えてやった。


「門を開けさせればいいんでしょう?」


 自分でも信じられないくらい、穏やかな口調だった。

 とても、命が懸かっているとは思えなかった。

実はシャイで、ちょっと寂しがり屋だったナレイ君。

仲間たちの眼差しを背に受けて、ひとりで危険に立ち向かいます。

さあ、要塞相手に、ハッタリが通じるかどうか。

先が気になる方は、どうぞ応援してください。

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