表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/49

国境を越えるとそこはモンスターの出る世界で、ひとりでハッタリかますのもなんかヤバくなってきました。

 夜中にケイファドキャの軍勢が放棄していった陣地まで、たいして時間はかからなかった。

 昼前にはもう、僕は受けた命令を庶民の小隊に命令に告げて、地面に倒された天幕や柵の後始末にかかっていた。


「まず、その辺を片づけようか、みんな」


 火を放たれた天幕の燃えかすや、打ち砕かれて散乱した材木の破片が、あちこちに散らばっている。

 張りつめた顔をしていた庶民の新兵たちは、安堵のため息をつきながら地面を這いずり回った。

 確かに、ぼやく者もいるにはいる。


「結局、これかよ」


 もっと厳しい任務が待っていると思っていたんだろう。

 拍子抜けしたのかもしれない。

 その隣に屈んだ僕は、焼け焦げた材木を共に担ぎ上げながらなだめた。


「いいじゃないか、戦わなくて済むんだから」

「でも、何もしないで帰るのもなあ……」


 そのときだった。

 僕の肩の上で、材木が跳ね上がった。

 新兵の悲鳴が上げる。


「ひいっ! 何だこれ!」


 放り出されて地面に転がった真っ黒の杭が、4本の脚を踏ん張った。

 身体をもたげると、その先にある真っ赤な口が、ばっくりと裂ける。

 何が起こったのか、僕にも分からなかった。

 でも、とにかく新兵を背中にかばう。

 そうしないと、僕の腰が抜けそうだった。

 自分の身体の周りだけの輪を、思い描く。

 小剣を抜いて、低い声で囁いた。


「……動かないで」


 新兵が身体をすくめるのが分かった。

 焼け棒杭から姿を変えた生き物は、喉の奥から鋭く吐き出す鳴き声で、僕を脅しつける。

 シャーッ!

 そこで、他の新兵も集まってきた。


「どうした!」


 でも、僕と睨み合う化け物をみて後ずさる。

 誰ひとり、手にした棒を振るい、腰の短剣を抜いて加勢しようとする者はいなかった。

 仕方のないことだったけど。

 背中の新兵と僕と化け物を中心に、大きな円ができる。

 怪しげな生き物から目を逸らすわけにはいかなかった。

 もちろん、ハマさんに習ったハッタリは、動物には利かない。

 でも、ここで僕が尻込みしたら、みんな、この場から逃げてしまうだろう。

 だから、心の輪を広げて語りかけた。


「落ち着いて……みんなでかかれば、勝てるから」


 でも、長い丸太のような黒い生き物は、甲高い声を上げる。

 キシャーッ!

 僕の部下たちは縮み上がった。

 しかし。

 そこで、化け物が襲いかかることはなかった。


「助かった……」


 円陣の中心でつぶやいたのは、僕ではない。

 背中にかばった新兵だった。

 小剣を構えた僕の前で、黒い化け物は白い腹を見せている。

 ひと足ひと足、ゆっくりと近づいてみる。

 小剣の先でつついても、動かなかった。

 新兵たちが叫ぶ。


「さすがナレイ!」

「サイレアの勇者!」


 部下たちの歓声を浴びながら、僕は荒い息と共に、その場に片膝をついた。 

 助かった……。

 初めてそう思いはしたけど、口には出さない。

 それからしばらくの後。

 僕は小隊の部下たちを連れて、流れの速い河のほとりに佇んでいた。

 その傍らには、鎧をまとったヨファがいる。

 最前線の隊長からの命令を伝えに来たのだ。


「驚きました……君にあんな力があるとは」


 あの怪物を倒したことを言っているのだった。

 僕は白く瀬を噛む河の水面を見つめながら、不愛想に答えてやった。


「ああいうのが、この中にたくさんいるんですね?」


 あの生き物は、カワヒトカゲ(川の火トカゲ)というらしい。

 ヨファが作戦参謀とかいう人に聞いてきた話によると、ケイファドキャの河では珍しくないということだった。

 真っ黒な身体で川底に潜み、魚などを捕食する獰猛な生き物らしい。


「水がなければ、あっという間にああなるらしいんですが」


 陸に上がると死んだようになるけど、人が触ったりすると噛みついてくる。

 この習性を利用して、河向こうに逃げるとき、残した陣地に放っておくこともあるらしい。

 ただし、水のないところでは長く生きられないので、逃げ場がないとすぐに死んでしまうということだった。


「渡れっていうんですか? そんなのがいるところを」


 その命令を伝えに来たヨファは、励ますように力強く答えた。


「浅いところには棲めないらしいですよ。歩いて渡れるくらいの」


 それだけ言い残して、さっさとその場を離れていってしまう。

 残された小隊の部下たちが、身を寄せ合って囁き合うのが聞こえた。


「つまり……俺たちに浅瀬を探せっていうのか?」

「自分で歩いて?」

「食われるってことじゃないか! 深いところハマったら!」


 ひとり残らず、すっかり腰を抜かして縮み上がってしまった。

 だが、その背後からやってきた者たちがあった。

 貴族出身の新兵たちだ。


「何だ、怖気づいたのか?」

「だったら、あまりいい気にならないでほしいね」

「ゆうべの度胸はどこへ行ったんだい?」

「頼むよ、河さえ渡れば、我々にも出番が来るんだから」


 完全に、バカにしている。

 僕でも腹が立ったくらいだ。

 でも、ありがたいことに、それで庶民の新兵たちは奮い立った。

 喧嘩っ早いのが跳ね起きると、貴族の子弟に食ってかかる。


「悔しかったら命張ってみろよ、てめえらも!」


 でも、全然相手にされない。

 鼻で軽くあしらわれてしまった。


「話を聞いてなかったのかい?」

「こんなのはね、貴族の死に場所じゃないんだよ」


 さすがにカチンと来たのか、庶民の若者たちが次々に立ち上がった。

 凄まじい形相で、貴族の子弟たちに詰め寄る。

 甲高い笑い声が上がった。


「おや? 殴るかい? 殴る? 貴族を?」

「庶民から手を出せば、死刑だよ?」  


 それは聞いたことがあった。

 貴族が先に殴った場合は別らしいけど。

 庶民の新兵たちの拳は、震えながらも腰の辺りで止まっている。

そこで、貴族のひとりが余計なことを言った。


「まあ、カワヒトカゲに食われて死ぬのも同じことだろうけど」


 そこで、庶民の新兵の誰かが叫んだ。


「構わねえ、だったら、ひとり殺してやらあ!」


 まずい。

 この勢いじゃ、本当にやりかねない。

 殺さなくても、一発殴ったら、そこでひとり死ぬことになる。

 やるしかなかった。


「やめろ!」


 僕が叫んでも、さっきの新兵が落ち着く様子はない。


「だって! 俺たちに死ねって!」


 そこで、思わず僕はこう言っていた。


「僕が行く。僕ひとりで行く。君たちは、死なない」


 しまったと思ったけど、もう後には引けない。

 貴族も庶民も構わず、その場にいる全員を見渡す。

 庶民の若者たちが、目を見開いて僕を見た。

 貴族の子弟たちは、苦々しげに顔をしかめて、その場を立ち去っていく。

 僕は、無言で背を向けた。

 ゆっくりと急流に向かって歩き出す。

 そうしないと、心の中がバレてしまいそうな気がしてならなかったのだ。

 

 ああ、えらいことになった。

 何でこんなこと言っちゃったんだろう。

どうやら、ジュダイヤの国から出ると、そこはモンスターの出る世界のようです。

サイレアの勇者が魔獣を倒して回ったのも、まんざらデタラメではないのでしょう。

その場の勢いで、モンスターの出る河をひとりで渡る羽目になったナレイ君。

暴虎馮河のたとえもあります。

本当に大丈夫でしょうか。

続きが気になる方は、どうぞ応援してください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ