使用人でしたが、ひと晩で部下を持つ身にまで出世して、僕を待つ姫君からも励ましの手紙をもらいました。
「僕に?」
次の朝、ヨファの天幕の中で、僕は唖然とした。
僕に、部下ができたのだ。
ヨファが最前線の隊長に進言したら、命令が下りたらしい。
「当然だろう。それなりの働きをしたんだから」
笑顔で応えてこられても、困る。
「でも、僕なんかに……」
夕べは命が懸かっていたのだ。
戦い方も何も分からず、ただ死に物狂いで考えて考えて考えて、その場しのぎの知恵を出したに過ぎない。
尻込みするしていると、ヨファは大真面目な顔で言った。
「国王との約束だからね。君に罪を償わせるというのは」
「でも、僕が偉くなるっていうのは……」
ヨファは、急に不機嫌そうな顔をした。
「私という男を見くびってもらっては困ります」
「別にそんな……」
たかが馬の轡取りの使用人が、戦に駆り出されて部下を持つなんて。
いきなり言われても、信じられなかっただけだ。
どう答えていいか分からないところへ、ヨファは更に言葉を継いだ。
「部下を引き受けろということは、より大きな手柄を立てろということです」
「無理です、手柄なんて」
生き残るので精一杯だったのだ。
でも、ヨファは有無を言わさず、僕を天幕の外へ押し出した。
「嫌だというなら、そのまま国王に報告します」
最前線に出て命を張るのが、シャハロの自由を守る条件だ。
受けないわけにはいかなかった。
天幕の中から、ヨファの皮肉っぽい声が聞こえた。
「とりあえず、小隊長という扱いになります」
それは、僕たちなんかただの寄せ集めだってことだ。
確かに、それは当たっていた。
目の前にいるのは、庶民の新兵が10人ばかり。
昨夜、命からがら逃げかえってくるのがやっとだった槍担ぎたちだった。
ひとりが口を開いた。
「あの……格上げって言われたんだけど」
つまり、兵士になったということだ。
でも、それをはっきりと言うことはできなかった。
今度は、本当に戦わなくてはならなくなる。
「それは……もう槍担ぎじゃないってことだよ」
そう言うと、 不安そうに強張っていた何人かの顔がほころんだ。
貴族たちから散々、バカにされてきたのがよほど悔しかったんだろう。
喜んで尋ねる者もいる。
「俺たち、何を……」
そう聞かれても、僕には答えられなかった。
「それは……」
僕に部下として与えたといっても、それはヨファたちの都合だ。
貴族たちとは違う。
あまり嬉しそうでなかった別のひとりは、そこを突いてきた。
「イヤだぜ、夕べみたいのは」
「そんなことは……」
ないとは言い切れなかった。
どうやら、昨夜の作戦の成功が災いしたらしい。
庶民の新兵たちでも使い物になると、貴族たちが判断したんだろう。
でも、そこで陽気な声を上げる者があった。
「大丈夫さ! ナレイについていけば」
すると、これに合わせて口々に声が上がった。
「そうだよ! 生きて帰れたんだし、俺たち」
「凄かったよな、騎兵がびびってたもん」
さらに、調子に乗ってこんなことを言う者まで現れた。
「もしかすると、生まれ変わりじゃないか? サイレアの勇者の」
僕が何も言わないうちに、ひそひそ声が広がっていく。
勇者。
サイレア。
ナレイ。
サイレアの勇者が帰ってきた。
その名はナレイバウス。
さすがに、僕も焦らないわけにはいかなかった。
「ちょ、ちょっと、みんな、それは……」
期待に輝く20と幾つかの瞳が、僕を見つめている。
ほとんど同時に、ひとつの言葉が響き渡った。
「命令を!」
そう言われても、ないものはない。
でも、それを正直に言うわけにもいかなかった。
みんな、やる気になっている。
これを挫いたら、誰も僕にはついて来なくなるだろう。
そうなれば、次に何をやらされても、うまくはいかない。
命に関わる問題だった。
とりあえず、僕はその全員を見渡す。
緊張を見せたら、弱気がバレる。
だから、僕は敢えて肩の力を抜いて答えた。
「解散」
とりあえず、落ち着いた様子には見えたらしい。
部下となった新兵たちは、歓声を上げて散らばっていった。
やがて。
城から来た補給の馬車が帰っていくと、ジュダイヤの軍勢が動きだした。
ケイファドキャに対する追撃が始まったのだ。
形の上では小隊長になったんだから、使用人としてヨファの白馬の轡を取ることもない。
でも、僕の隊は、ヨファの率いる斬り込み隊の脇を守ることを命じられた。
もちろん、その命令を伝えたのはヨファだ。
「宜しくお願いしますよ。横からの不意打ちで部下に怪我をさせてもつまらないので」
つまり、盾になれということだ。
「相手が前から来たらどうするんですか?」
部下となった新兵を呼び集める前に、僕は確かめた。
そのときは、ヨファたちが突撃して守ってくれるんだろうか。
当然のように、答えが帰ってきた。
「相手の陣地を突破するのが私たちの役割です。それより前に起こることは、全てお任せしましょう」
そのときは、横に立つのではなく、ヨファたちの前に出ろということだ。
最初からそんなつもりはなかったけど、あまりのことに、怒る気にもなれない。
そこへ、僕の部下になった新兵がひとり、呼ばれもしないのにやってきた。
「ナレイ! これ! これ!」
呼び捨てだった。
その手に振りかざしているのは、薄いリボンに巻かれた1枚の紙だ。
荒い息をつきながら僕に手渡すと、にやにやしながら肘で小突いてくる。
「誰からですか……女でしょ?」
大きなお世話だ。
ヨファが眉をひそめた。
「上官になんてことを……教育がなっていませんね」
こっちも大きなお節介を口にしながら、手紙の封印をちらりと見やる。
そこで、ぼそりと低い声でつぶやいた。
「それは……」
真っ赤な封蝋に、蝶を象った印が押されている。
僕にも、見覚えがあった。
手を振って、部下の新兵を追い払う。
ヨファから離れたところへ駆けていって手紙を開いた。
思った通りだった。
それは、シャハロからのものだった。
今朝早くに早馬の知らせがあって、夜中の戦いのことも私の耳に届きました。
生きて帰ってきたのね! ほっとしたわ。
たぶん、ヨファが考えたことだと思う。
許せない! 命にかかわるくらい危険なことをさせるなんて。
あなたにもしものことがあったら、私が命を懸けても、父上に訴えるつもり。
ヨファは最初からそのつもりだったって。
そう思っていたから、意外だった。
まさか、ひと晩で小隊長になるなんて。
生意気だぞ、ナレイのくせに!
ヨファが、無駄に丁寧な言葉で呼び戻しにかかる。
「小隊長殿、部下の召集は迅速に願いますよ……望まない昇進だったかもしれませんが」
僕はすでにまとめてあった荷物の中から、1本の紐を取り出した。
バカみたいだと思ったけど、服をまくって、手紙を身体にくくりつけた。
これで、死ぬときも一緒だ。
「直ちに」
低めの声で、しかし、はっきりと答えてみせる。
僕はもう、貴族の前で小さくなっている使用人じゃない。
さあ、ナレイ君の成り上がりが始まります。
部下は少しおバカですが、気持ちのいい奴らです。
シャハロも、帰りを待っています。
ナレイ君の活躍が気になる方は、応援宜しくお願いいたします。




