表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/49

死んでしまいそうな任務を、何の戦闘訓練も受けずにハッタリだけで遂行してヒーローになりました。

「……なんとかたどり着いたな」


 自分でも、驚きだった。

 夜闇に紛れて、僕たちは、ケイファドキャの陣地の前まで近づくことができた。

 小剣の他に持っているのは、鉦とかドラとか、とにかく叩けば鳴るものと、そのための棒だった。

 訓練も何も受けていないから、ただ歩くのにも、音を立てないようにものすごく気を付けなければならなかった。

 そのせいか、もともと槍担ぎだった若者たちは、僕の周りに集まってきた。

 ちょうどいい。


「松明をハシゴの端に括りつけて、お互いに火を点け合うんだ」


 僕は囁いた。 

 ハシゴというのは、昼間に人数分だけ作った横長の仕掛けのことだ。

 ジュダイヤの陣地を出るとき、これを全員が背負って出た。

 ときどき、暗闇の中でぶつかり合って邪魔だった。

 でも、そのおかげて、お互いの位置を知ることができたのだった。

 最初の1本に火がつけられると、それが次々に松明の明かりを灯していく。

 やがて、そこにはひとりあたり2本の松明を背負った囮部隊ができあがった。

 最後の1本には火をつけず、手に持つことにした。

 ハシゴは途中で捨てて逃げるつもりだから、その後の明かりが必要なのだ。

 これで、支度は整った。

 僕は、声を張り上げる。


「行くぞ!」


 そうしないと、怖くて心が潰れそうだった。

 みんなも声を張り上げて、ドラや鉦を打ち鳴らした。

 でも、ケイファドキャの陣地に、かがり火が焚かれることはなかった。

 おかげで、土塁の前に人がいるかどうかも分からない。

 みんなは、鳴り物を叩きながら囁き交わした。


「話が違うぞ」

「どうすりゃいいんだ」

「逃げるか? このまま」


 でも、ハマさんにハッタリ術を習った僕には、敵の気持ちが手に取るように分かった。

 もし、僕がこの陣地の奥にいたら、どうするか。

 そこで気が付いたことを、みんなの後ろを歩いて教えて回った。


「僕たちを疑ってるんだ……何かの罠じゃないかって」


 誰かが聞いた。


「何で?」


 できるだけ、声を低めて答えた。


「松明、2本も背負ってるだろ? 暗闇の中で、2倍の人数に見えてるんだ」


 これも、相手の立場から考えたハッタリのうちだ。

 どうせ囮になるなら、慌てさせたほうがいい。

 人数が少ないってバレたら、きっとナメられて、すぐに殺されてしまう。

 また誰かがため息をついた。


「凄いな、お前」


 うまく行った。

 ケイファドキャの陣地でも、僕たちを警戒していることだろう。

 でも。

 そのうち、何かが風を切る音がした。

 新兵たちのひとりが悲鳴を上げる。

 松明の灯を頼りに眺めると、足下に矢が突き刺さっていた。

 途端に、みんなの大混乱が始まった。


「このままじゃ死ぬぞ!」

「いい的じゃねえか、俺たち!」

「逃げるぞ!」


 そこで、僕は叫んだ。


「ダメだ! 囮をやめて帰ったら、味方に殺される!」


 逃げ帰ったら、命がない。

 ヨファの脅しを、僕はよく覚えていた。

 非難の声が、あちこちから聞こえる。


「どうすんだよ」

「何かいい手あんのか」


 僕は少し考えた。

 相手から見て、僕たちが手強く見えるためには、どうしたらいいか。

 まずは、うろたえないことだ。

 みんなの前を歩き回って、告げる。 


「背中を丸めるんだ! 目を伏せろ! 何も見るな!」


 心の壁ができたのか、みんな、だんだんと落ち着いてきた。

 でも、矢は次々に飛んで来る。

 松明を狙っているのか、みんなの身体をかすめていった。

 そのうち、かがり火が明るくなったり暗くなったりするようになる。

 たぶん、その前を人が行き来するようになったのだ。

 僕はみんなに合図した。


「今だ!」


 高い土塁の向こうから、松明を掲げた兵士たちが駆け出してくる。

 それが見える前にはもう、僕たちは一目散に逃げだしていた。


 ケイファドキャの兵士たちの足は、そんなに速くなかった。

 いや、僕たちのほうが走りやすかったと言ったほうがいい。

 なにしろ、誰ひとりとして、武装らしい武装をしていないのだ。

 でも、すっかり恐れをなした新兵たちに、そんなことが分かるはずもない。


「来るよ! 来るよ!」

「追いつかれる!」

「死んじゃうよ!」


 そのうち、ひとりが転んだらしい。

 松明が、地面に倒れるのが見えた。

 僕も、ハシゴを投げ捨てた。

 まだ燃えている松明に、手に持っている分を近づける。

 火が燃え移ると、再び駆けだした。


「走れ!」


 もっとも、僕が叫ぶまでもなかった。

 みんな僕を真似て、ハシゴを放り出していたのだ。

 僕たちが手にした松明と、ケイファドキャの兵士の間が、また開く。

 地面に投げ捨てられた、ハシゴの松明が役にたった。

 倒れたジュダイヤの兵士と勘違いされたのだ。

 それを押さえ込みにかかったケイファドキャの兵士は、すぐに立ち上がる。

 気づいたんだろう、騙されたことに。

 でも、そのときにはもう、死に物狂いで逃げるみんなは、随分と先へ進んでいた。

 その向こうで、かがり火の明かりが灯る。

 僕はみんなに呼びかけた。


「あっちだ!」


 それは、ジュダイヤの陣地だった。

 でも、いつのまにか、蹄の音が聞こえていた。

 みんなが、口々に叫びだした。


「騎兵だ!」


 速いわけだ。

 もう、僕のすぐ背中で迫ってきている。

 覚悟を決めた。

 松明を投げ捨てる。

 振り向くと、小剣を抜いて、相手をまっすぐ見据えた。

 僕の輪の中に、その姿を馬ごと取り込む。

 だが、馬はまっしぐらに駆けてきた。


「見る相手を間違えるなって……こういうことか」


 動物には、ハッタリが利かないらしい。

 でも……人間なら!

 僕の頭の上から、槍が繰り出されることはなかった。

 騎兵が怯えて、馬の手綱を引いたのだ。

 すかさず、僕はは小剣を捨てた。

 味方の陣地へとまっしぐらに走る。

 そこで、さっきの風を切る音がした。

 ジュダイヤの誰かが、矢を放ったのだ。

 悲鳴と共に、人が馬から落ちる音がする。

 そこで初めて、怯えた馬がいななく音がした。


「……突撃!」


 どこかで、ヨファの叫ぶ声がする。

 ケイファドキャの騎兵が落馬していく音が聞こえた。

 いつのまにか戻ってきていた別動隊が、背後から襲いかかったのだ。

 ジュダイヤの陣地から、武装した兵士と騎兵の群れが、一斉に攻撃を仕掛ける。

 僕は、新兵たちの姿を探しながら呼びかけた。


「陣地に入ろう! もう、大丈夫だ!」



 こうして、夜が明ける前に、ケイファドキャの最前線は蹴散らされた。

 生き残った者たちは、流れの速い河を渡って撤退していったらしい。

 ヨファたちは、明るくなった頃に戻ってきた。

 でも、それは後で聞いた話だ。

 実際には、見ていない。

 僕は囮になったみんなと、地面にひっくり返って寝ていたからだ。

 目が覚めたのは、周りが大騒ぎになっていたときだった。

 帰ってきたしたヨファたちを、陣地に残っていた兵士たちが、大喜びで迎えているところだった。

 でも、庶民の新兵たちは違った。


「やった!」

「生きてるよ、俺たち!」


 みんな、お互いに肩を叩き合って、大騒ぎしていた。

 そのうち、誰かが僕にも声をかけた。


「すげえよ、お前! ええと、名前は……」


 そこで、他の新兵が声を上げる。


「俺、知ってる! ナレイバウスだろ!」


 そこで、ヨファが馬で僕の側までやってきた。

 使用人のすることは、決まっている。

 白馬の轡を取って、僕はみんなの顔を見渡した。

 なんだか、照れ臭い。

 ようやく、これだけ答えられた。


「ナレイでいいよ」


 するとしばらくの間、みんなは高らかに、僕の名を呼び続けた。


「ナレイ! ナレイ! ナレイ!」


 馬の上から、ヨファの不機嫌な声が聞こえた。


「急いでください、天幕へ。私も疲れてるんです」

最初のミッション終了です。

ハッタリで生還しただけじゃなくて、仲間も増えました。

次の冒険を読みたい方は、どうぞ応援してください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ