死んでしまいそうな任務を、何の戦闘訓練も受けずにハッタリだけで遂行してヒーローになりました。
「……なんとかたどり着いたな」
自分でも、驚きだった。
夜闇に紛れて、僕たちは、ケイファドキャの陣地の前まで近づくことができた。
小剣の他に持っているのは、鉦とかドラとか、とにかく叩けば鳴るものと、そのための棒だった。
訓練も何も受けていないから、ただ歩くのにも、音を立てないようにものすごく気を付けなければならなかった。
そのせいか、もともと槍担ぎだった若者たちは、僕の周りに集まってきた。
ちょうどいい。
「松明をハシゴの端に括りつけて、お互いに火を点け合うんだ」
僕は囁いた。
ハシゴというのは、昼間に人数分だけ作った横長の仕掛けのことだ。
ジュダイヤの陣地を出るとき、これを全員が背負って出た。
ときどき、暗闇の中でぶつかり合って邪魔だった。
でも、そのおかげて、お互いの位置を知ることができたのだった。
最初の1本に火がつけられると、それが次々に松明の明かりを灯していく。
やがて、そこにはひとりあたり2本の松明を背負った囮部隊ができあがった。
最後の1本には火をつけず、手に持つことにした。
ハシゴは途中で捨てて逃げるつもりだから、その後の明かりが必要なのだ。
これで、支度は整った。
僕は、声を張り上げる。
「行くぞ!」
そうしないと、怖くて心が潰れそうだった。
みんなも声を張り上げて、ドラや鉦を打ち鳴らした。
でも、ケイファドキャの陣地に、かがり火が焚かれることはなかった。
おかげで、土塁の前に人がいるかどうかも分からない。
みんなは、鳴り物を叩きながら囁き交わした。
「話が違うぞ」
「どうすりゃいいんだ」
「逃げるか? このまま」
でも、ハマさんにハッタリ術を習った僕には、敵の気持ちが手に取るように分かった。
もし、僕がこの陣地の奥にいたら、どうするか。
そこで気が付いたことを、みんなの後ろを歩いて教えて回った。
「僕たちを疑ってるんだ……何かの罠じゃないかって」
誰かが聞いた。
「何で?」
できるだけ、声を低めて答えた。
「松明、2本も背負ってるだろ? 暗闇の中で、2倍の人数に見えてるんだ」
これも、相手の立場から考えたハッタリのうちだ。
どうせ囮になるなら、慌てさせたほうがいい。
人数が少ないってバレたら、きっとナメられて、すぐに殺されてしまう。
また誰かがため息をついた。
「凄いな、お前」
うまく行った。
ケイファドキャの陣地でも、僕たちを警戒していることだろう。
でも。
そのうち、何かが風を切る音がした。
新兵たちのひとりが悲鳴を上げる。
松明の灯を頼りに眺めると、足下に矢が突き刺さっていた。
途端に、みんなの大混乱が始まった。
「このままじゃ死ぬぞ!」
「いい的じゃねえか、俺たち!」
「逃げるぞ!」
そこで、僕は叫んだ。
「ダメだ! 囮をやめて帰ったら、味方に殺される!」
逃げ帰ったら、命がない。
ヨファの脅しを、僕はよく覚えていた。
非難の声が、あちこちから聞こえる。
「どうすんだよ」
「何かいい手あんのか」
僕は少し考えた。
相手から見て、僕たちが手強く見えるためには、どうしたらいいか。
まずは、うろたえないことだ。
みんなの前を歩き回って、告げる。
「背中を丸めるんだ! 目を伏せろ! 何も見るな!」
心の壁ができたのか、みんな、だんだんと落ち着いてきた。
でも、矢は次々に飛んで来る。
松明を狙っているのか、みんなの身体をかすめていった。
そのうち、かがり火が明るくなったり暗くなったりするようになる。
たぶん、その前を人が行き来するようになったのだ。
僕はみんなに合図した。
「今だ!」
高い土塁の向こうから、松明を掲げた兵士たちが駆け出してくる。
それが見える前にはもう、僕たちは一目散に逃げだしていた。
ケイファドキャの兵士たちの足は、そんなに速くなかった。
いや、僕たちのほうが走りやすかったと言ったほうがいい。
なにしろ、誰ひとりとして、武装らしい武装をしていないのだ。
でも、すっかり恐れをなした新兵たちに、そんなことが分かるはずもない。
「来るよ! 来るよ!」
「追いつかれる!」
「死んじゃうよ!」
そのうち、ひとりが転んだらしい。
松明が、地面に倒れるのが見えた。
僕も、ハシゴを投げ捨てた。
まだ燃えている松明に、手に持っている分を近づける。
火が燃え移ると、再び駆けだした。
「走れ!」
もっとも、僕が叫ぶまでもなかった。
みんな僕を真似て、ハシゴを放り出していたのだ。
僕たちが手にした松明と、ケイファドキャの兵士の間が、また開く。
地面に投げ捨てられた、ハシゴの松明が役にたった。
倒れたジュダイヤの兵士と勘違いされたのだ。
それを押さえ込みにかかったケイファドキャの兵士は、すぐに立ち上がる。
気づいたんだろう、騙されたことに。
でも、そのときにはもう、死に物狂いで逃げるみんなは、随分と先へ進んでいた。
その向こうで、かがり火の明かりが灯る。
僕はみんなに呼びかけた。
「あっちだ!」
それは、ジュダイヤの陣地だった。
でも、いつのまにか、蹄の音が聞こえていた。
みんなが、口々に叫びだした。
「騎兵だ!」
速いわけだ。
もう、僕のすぐ背中で迫ってきている。
覚悟を決めた。
松明を投げ捨てる。
振り向くと、小剣を抜いて、相手をまっすぐ見据えた。
僕の輪の中に、その姿を馬ごと取り込む。
だが、馬はまっしぐらに駆けてきた。
「見る相手を間違えるなって……こういうことか」
動物には、ハッタリが利かないらしい。
でも……人間なら!
僕の頭の上から、槍が繰り出されることはなかった。
騎兵が怯えて、馬の手綱を引いたのだ。
すかさず、僕はは小剣を捨てた。
味方の陣地へとまっしぐらに走る。
そこで、さっきの風を切る音がした。
ジュダイヤの誰かが、矢を放ったのだ。
悲鳴と共に、人が馬から落ちる音がする。
そこで初めて、怯えた馬がいななく音がした。
「……突撃!」
どこかで、ヨファの叫ぶ声がする。
ケイファドキャの騎兵が落馬していく音が聞こえた。
いつのまにか戻ってきていた別動隊が、背後から襲いかかったのだ。
ジュダイヤの陣地から、武装した兵士と騎兵の群れが、一斉に攻撃を仕掛ける。
僕は、新兵たちの姿を探しながら呼びかけた。
「陣地に入ろう! もう、大丈夫だ!」
こうして、夜が明ける前に、ケイファドキャの最前線は蹴散らされた。
生き残った者たちは、流れの速い河を渡って撤退していったらしい。
ヨファたちは、明るくなった頃に戻ってきた。
でも、それは後で聞いた話だ。
実際には、見ていない。
僕は囮になったみんなと、地面にひっくり返って寝ていたからだ。
目が覚めたのは、周りが大騒ぎになっていたときだった。
帰ってきたしたヨファたちを、陣地に残っていた兵士たちが、大喜びで迎えているところだった。
でも、庶民の新兵たちは違った。
「やった!」
「生きてるよ、俺たち!」
みんな、お互いに肩を叩き合って、大騒ぎしていた。
そのうち、誰かが僕にも声をかけた。
「すげえよ、お前! ええと、名前は……」
そこで、他の新兵が声を上げる。
「俺、知ってる! ナレイバウスだろ!」
そこで、ヨファが馬で僕の側までやってきた。
使用人のすることは、決まっている。
白馬の轡を取って、僕はみんなの顔を見渡した。
なんだか、照れ臭い。
ようやく、これだけ答えられた。
「ナレイでいいよ」
するとしばらくの間、みんなは高らかに、僕の名を呼び続けた。
「ナレイ! ナレイ! ナレイ!」
馬の上から、ヨファの不機嫌な声が聞こえた。
「急いでください、天幕へ。私も疲れてるんです」
最初のミッション終了です。
ハッタリで生還しただけじゃなくて、仲間も増えました。
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