槍担ぎという名前で捨て石にされる庶民の若者を励まして、生き残るための戦いに出かけます
ヨファの仕事は早かった。
昼前には、もう、僕は新兵たちのひとりとして、陣地の一角に集められていた。
目の前には、鉄帽子をかぶった偉そうな兵士が面倒臭そうに若者たちを整列させていた。
「早くしろ。すぐ終わる」
そう言わなければならないほど、集められた若い新兵たちは雑然とたむろしていた。
中には、平然と口答えする者もいた。
「そんなこと言って、何にも始まってねえだろうがよ」
すぐさま、鉄帽子の兵士の平手打ちが飛ぶ。
「口よりも足動かせ、足」
先に手が出るのを見て初めて、新兵たちは動きだした。
兵士は、更に吐き捨てた。
「寄せ集めの槍担ぎが」
そこで掴みかかろうとする者もいたが、他の新兵に遮られた。
「やめとけ。さっさと聞こうぜ、面倒くせえ」
槍担ぎ、というのは聞いたことがある。
お金で下働きとして雇われる、庶民の若者だ。
でも、本当はそうじゃない。
だから、初めての戦いを迎えた貴族なんかと一緒になるはずもない。
鉄帽子の兵士は、合図とともに集合するように告げただけで、解散を命じた。
「何だったんだよ」
ボヤキの声があちこちで聞こえたが、僕は黙っていた。
別に、この戦いで死んだところで、どうということはないのが「槍担ぎ」だ。
あちこちに散らばっていく庶民の新兵たちから離れて、僕は天幕の間へと歩いていった。
そして。
すっかり日が落ちると、僕はヨファのテーブルで、葡萄酒と骨付きの炙り肉を振る舞われた。
「ありがとうございます」
丁寧なお礼の言葉なんか知らないので、それだけしか言えなかった。
いや、言うこともない。
死ぬ前に振る舞われる、最後の豪華な夕食なんだろう。
静かに味わっていると、ヨファが僕を見下ろして尋ねた。
「昼の間、何か拾って歩いていたようだけど……何だったんですか? あれは」
「たいしたもんじゃありませんけど」
僕は食事の手を止めて、ヨファを見上げた。
結構、真面目な頼み事だった。
「松明を、人数の3倍だけ用意してください」
それだけ言って、骨付き肉にかぶりつく。
ヨファはきょとんとしていたけど、やがて天幕から顔を出すと、手近な兵士に命令を伝えたようだった。
その意味は、すぐに分かった。
集合は、深夜にかかった。
昼間に拾い集めたものを組み合わせていた僕は、急いでその場に駆け付けた。
叩き起こされた新兵たちは、寝ぼけ眼をこすりこすり、それでも殴られないように整列する。
その目を覚ましたのは、現れた鉄帽子の命令だった。
すぐに、新兵たちの罵詈雑言が飛び交う。
「何だそりゃ!」
「できるわけねえだろ!」
「帰るぞ俺たちゃ!」
そうなっても、当たり前だった。
庶民の新兵たちは、口々に喚きながら散らばろうとする。
それを、他の若い新兵たちが包囲した。
貴族たちの子弟だった。
「そっちは金で雇われてるんだ、そのくらい当然じゃないかな」
「こっちは、義務で来てるんだけどな……貴族としての」
そう言いながら、手にした槍やクロスボウをつきつける。
庶民の新兵たちは腰を抜かした。
ただひとり、立っていたのは僕だけだった。
貴族の若者たちはざわめいたけど、それは、僕が怯まなかったからじゃない。
その後ろから、ヨファが現れたのだった。
武器を下ろした貴族の新兵たちは、その姿を尊敬の目で見つめている。
「事前に話しておいてよかった。君だけは信じていたよ、ナレイバウス君」
僕も、ヨファに目を向けた。
ふたりだけを囲む輪を思い浮かべながら。
立ち止まったヨファは、たじろいだように見えた。
目をそらさないで、強気に出る。
「槍担ぎに雇われた人に、もっと危ないことをさせるんです。それなりのものは下さいますね?」
ヨファは、肩をすくめてみせると、笑った。
「信じてますよ、生きて帰ってくれると」
そう告げると、貴族の新兵たちを見渡す。
若者たちは、武器を収めて解した。
シャハロの婚約者ということで、よほど信用があるんだろう。
ヨファも庶民の新兵たちに背中を向けたけど、ふと、僕に振り向いて言った。
「松明は揃えておきましたよ」
残された庶民の若者たちは、その場にうずくまったまま、動こうとしなかった。
僕は、辺り全体を囲む輪を思い浮かべる。
そして、目に入る全員に、きっぱりと言い放った。
「恐れなければ、生きて帰れる」
自分でもびっくりするほど、堂々とした声だった。
どこか、ハマさんに似ている。
若者たちは、何かに打たれたように背筋を伸ばした。
でも、すぐにまた、不貞腐れて勝手なことを言いだす。
「お前、城の使用人だろ」
「あの若様の馬の口取って、へいこらしてるだけじゃねえか」
「城の中でぬくぬく育った連中に何が分かる」
言われても仕方のないことだった。
ヨファにへいこらしているつもりはないけど、命の借りはある。
僕は目を伏せて、自分の周りの輪を思い描いた。
ひどい悪態はまだ続いていたけど、そのうち、だんだん数が尽きていく。
辺りが静まり返るのを待って、僕はひとりひとりを見つめて言った。
「そうだ。僕は城の中で、偉い人たちに頭を下げて育ってきた」
庶民の兵士のひとりが、僕を睨み返す。
でも、気にはしないで話し続ける。
「君たちに、家族はいるか? 僕にはいない。話し相手になってくれるおっさんと……」
そこで言葉に詰まったけど、正直に言う。
「好きな人が、ひとり」
もちろん、シャハロのことだ。
口笛を吹いたヤツがいた。
腹は立たなかった。
むしろ、言葉は自然に出た。
「その人たちのために、生きて帰りたい」
庶民の新兵たちを見渡した。
若者たちが、ひとり、またひとりと立ち上がる。
「分かったよ」
「城の中のヤツに説教されたかあねえからな」
「だけど、怖いもんは怖いぜ」
そこで僕は、昼の間に作った仕掛けを配った。
ハシゴみたいな形をしていて、背中に背負えるようになっている。
今までの戦いで折れたらしい、棒や槍の切れはしを組み合わせて作ったものだ。
使い方を説明していると、ヨファが戻ってきた。
「見送りに来ましたよ……そうそう、あの晩、深夜に騒ぎを起こした連中が4~5人、死刑になったそうです」
それは、逆らえば命がないという脅しでもあっただろう。
ジュダイヤ王国にも、格差はあります。
それは、同じ身分の中にも潜んでいます。
ナレイ君のハッタリは、それを乗り越えました。
さあ、反撃です。
国の内と外に潜む敵への。