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闇夜がやってくる前に、オッサンの特訓でハッタリで相手を追い払う方法をマスターします

 こんなわけで、次の夜から、「サイレアの伝説の勇者」になりすますための特訓が始まった。

 僕は真夜中に起き出すと、小屋の裏でハマさんを待った。

 毛布で隠された、壁の大きな穴の前だ。

 近くを通る人は、誰もいない。

 たぶん、壁を壊して大穴を開けたハマさんに関わり合うのが恐ろしいのだろう。

 ましてや、夜中に特訓を覗き見る人なんか、いるはずもない。

 そのうち、ハマさんがやってきた。

 どこからか持ち出してきた、1本の長い棒を手にしている。

 もしかすると、どこかの小屋の物干し竿を勝手に持ってきたのかもしれない。

 バレたとしても、文句を言う人は誰もいないはずだ。

 さて、特訓を始める前に、ハマさんが僕に告げたことがあった。


「お前は、自分を鈍臭くて根性なしでバカだと思ってる」

「はい」


 正直に答えた。

 実際、そうだからだ。

 でも、ハマさんは、大真面目な顔で言った。


「そいつはな、目の前のものや出来事にこだわってるからだ」 


 いきなり、難しい話になった。

 僕は、目をしばたたかせるしかない。


「よく分かりません」


 怒られるかと思ったけど、さらにハマさんは続けた。


「いつ! どこ! だれ! なに! この四つにとらわれてるから、お前はお前でしかねえんだ」


 説明抜きに、言いたいことだけをいう。

 とにかく、話が終わるのを待つしかなかった。

 僕が返事をしないので、ハマさんはすこし分かりやすい言葉を使いはじめた。


「四つのどれかをずらせば、お前はすばしっこくて、勇ましくて、アタマのいい男に見える」


 話はちょっとだけわかったけど、何か答えられるほどじゃない。

 するとハマさんは、物干し竿を両手に構えてみせた。


「ここは昼間の戦場だ。俺は敵の兵隊で、手に持ってるのは槍だ……だったら、どうする?」


 そう言うなり、しゅっと息を吐いた。

 僕に向けられた竿の先が、消えた。

 あっと思ったとき、身体が勝手に動いていた。

 ハマさんの手も止まる。

 そこで、やっと返事ができた。


「……これは?」


 物干し竿は、僕の耳もとすれすれにあった。

 でも、ハマさんは理屈抜きのひと言で答えるだけだ。


「そういうことだ」


 そのまま、すたすたと帰っていく。

 ひとりになってから、気が付いた。

 竿の先は、戦場の槍に見立てられていた。

 僕はそれを、気が付かないうちに、紙一重の差でかわしていたのだった。


 さらに、次の夜だった。

 小屋の裏で待っていた僕は有無を言わさず、ハマさんの前で膝を折って座らされた。

 ハマさんのほうは、その前にあぐらをかいて座る。

 機能と似たようなことを、おもむろに言った。


「ここは朝の奴隷小屋の中だ。俺はシャハロだ」


 いくらなんでも、それはムチャクチャだと思った。

でも、黙って話を聞くしかない。


「手に持ってるのは、甘い棗の実だ……どうする」


 そう言われても、することはひとつしかない。

 シャハロが棗の実を持っているんなら。

 答える前に、ハマさんの拳が目の前に飛んできた。


「え……?」


 思わず身体をすくめる。

 気が付くと、僕の手はシャハロではなく、ハマさんの拳を捕まえていた。

 ハマさんは、シャハロとは似ても似つかない顔で、にやりと笑った。


「本当はな、お前にゃそれだけの力があるんだ……多少のことにはびくともしねえだけのな」


 そのまた次の夜。

 ハマさんは、小屋の裏で言った。


「ここは14年前のお城だ。俺は……3歳の時のお前だ。手には……何も持ってない」


 いくらなんでも、こんなオッサンをそんな子どもだとは思えない。

 それでも、僕はちょっとの間、動けなかった。

 この城で初めてシャハロに会った時のことが、なんとなく思い出される。

 使用人だった父さんと母さんにしつこく言われて仕方なくひざまずくと、僕の手を、シャハロが掴んだのだ。

 そのままどこかへ引きずられていったような気がするけど、そこから先は覚えていない。

 いつの間にか、目から涙が流れて、止まらなくなっていた。

 四角いハマさんの身体を、まるで壊れ物でも扱うかのように、おそるおそる抱きしめる。


「僕は……」


 それ以上は、言葉にならなっかった。

 ただ、子どものようにしゃくり上げる。

 ハマさんは半ば呆れたように、しかし笑いながら、僕をたしなめた。


「それは、賢いんじゃねえ……優しいんだ」


 そんなわけで。

 僕の小屋にも王様からの使いがやってきて、新月の夜までに戦支度をしろと言ってきた。

 できるのは荷物をまとめるくらいのことだったが、そうなると、ハマさんの特訓には、ますます力が入った。


「自分を勇者に見せかけようと思ったら、何があっても落ち着いてることだ」


 そのためには、どうしたらいいか。

 心の持ちようについて、ハマさんが教えてくれた。

 それが、「三つの輪」だ。


「自分を中心にした輪を思い描け。で、この世のあらゆるものを、その内側に閉じ込めるんだ」


 まず、相手をを取り込む輪。

 さらには、世界を取り込む輪。

 それらから心を守るため、自分の周りだけの輪。

 そこで、ハマさんが釘を刺したことがある。


「見る相手を間違えると、ハッタリが利かなくなる」


 始まったのは、実戦の練習だった。

 僕たちは、初めて、長い棒を持って向かい合った。

 もっとも、実際に打ち合うわけじゃない。

 練習したのは、睨みあいだった。

 戦わないで、相手を引かせる方法だ。

 早い話、ハマさんから目をそらさなければいい。

 でも。


「目をそらすんじゃねえ!」


 竿を構えて僕を見つめるハマさんは、めちゃくちゃ怖かった。

 目を合わせただけで、足がすくみそうになる。

 そんな僕に、ハマさんは言った。


「相手を自分の中に取り込むんだ。お前がしっかり目え見てれば、相手は動けねえ」


 それがなんとかできるようになると、ハマさんはまた難しいことを言いだした。


「世界を取り込め。目に入った奴の向こうを見ろ」


 要するに、相手はひとりとは限らないということだ。

 どうしてそうしなくちゃいけないかというと、こうだった。


「お前は周りから注目されるが、向き合った人数分、強く見える」


 もっとも、目の前にいるのはハマさんひとりだ。

 心構えを教わるだけで、実際には試せない。

 そこで、奥の手が伝えられた。 


「それでもダメなら、お前の鼻先に目え落とせ。心に壁ができて、何にも怖くなくなる」


 これは、なんとかできた。

 自分がどのくらい怯えているか、他人の目で見られるようになった気がした。

 ハマさんは、こう教えてくれた。


「それが、心を守るための、自分の周りだけの輪だ」


 特訓を重ねるたびに、月はどんどん欠けていく。

 そして、月のない夜がやってきた。

 いきなり夜中に叩き起こされた僕は、小屋を出た。

 いつでも出られるようにまとめてあった荷物を持って。

 ハマさんには、挨拶もできなかった。

 代わりに、小さくつぶやく。


「ありがとうございました……必ず生きて帰ります、シャハロのために」


 ジュダイヤの精鋭部隊が、城の門を出るのだった

 それを率いるのは、国王の末娘シャハローミの婚約者、ヨフアハンだ。

 凱旋後には、親衛隊長の座を約束されているらしい。

 その白馬の轡を取る僕に、ヨファはまた言った。


「逃げたって、誰も責めはしませんでしたよ。私が許せば、国王も許してくださったでしょう」


 そんなつもりは、最初からない。

 身にまとうのは、簡単な鎧。

 腰に提げているのは、小剣。

 もっとも、どちらもヨファが下げ渡してくれたものだ。

 馬の上から、恩着せがましい声が掛かる。


「君の命を軽んじているわけではありませんので、悪しからず。これより頑丈で大きなものを持つと、動けなくなるんです。君では」

「地獄耳の処刑人」ナハマンの特訓が終わりました。

戦場で、ハッタリ術はどんな効果を発揮するのでしょうか。

興味のある方は、どうぞ応援してください。

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